「敵は……何?」
「師匠……!」
項垂れた女性が梨々香だとすぐにわかった亜梨沙は驚くような、また安心したような弾む声で名を呼んだ。
項垂れた梨々香に走って寄ろうとする亜梨沙。しかし、零は右手で亜梨沙の左腕を掴んで止めた。
「いたっ……鷺森君、何すんの!?」
「待って。何か様子がおかしい」
とは言うものの、零にも様子がおかしい理由そのものはわからない。ただ、今まで追って見てきた残留思念で見た梨々香よりも、遥かに弱々しくやつれて見えた。
そしてこの廃墟にいるということ。少年の残留思念が言った「あいつら」という複数形。つまり、梨々香の他に「何か」がいるということだ。
「…………」
零は項垂れた梨々香を注視しつつ、ピンク色のガラケーを取り出して『現』を発動。ピンク色のガラケーは真っ白な刀へと姿を変えた。
「えっ?」
初めて見る能力の形態に亜梨沙は驚く。重度の中二病による能力には「武装型」という戦闘向けに変わる形態を亜梨沙は知っていたが、零にもそれが使えることに驚いたのだ。
「ちょっと、それでどうするつもり?」
「予感……でしかないんだけど、この場所には人でない何かがいると思う。僕の剣はそういった存在に有効なんだ」
「え……っと?」
亜梨沙は上手く要領を得ていないようだ。
それも無理はない。残留思念という存在でさえ疑わしく思っていた彼女に「この世ならざるもの」が世の理に反して存在するということを説明したところで理解出来るわけがない。
一方、零が目を凝らし続けることで梨々香の近くに「この世ならざるもの」がいたことに気が付いた。とはいえ、零には霊感が満足にあるわけではないので「人の形をした真っ黒い何か」がいることしかわからない。
その「真っ黒い何か」は零を指差して何か言っているように見えるが、言葉は聞こえない。ピンク色のガラケーを『現』として利用し、構えているからだ。
「亜梨沙さん、梨々香さんを頼む。僕は近くにいるヤバそうなのを相手するよ」
「えっ? ああ、了解……?」
要領は得られないままだが、やるべきことはわかっている。零が刀を構えたまま走り出したのを見て、亜梨沙は梨々香に駆け寄った。
「師匠!」
「…………」
梨々香は辛うじて反応できるだけの意識は保っているらしく、目だけが亜梨沙の方を見た。
しかし、反応はそれだけであり、亜梨沙を受け入れることも無ければ拒むことはない。視線以外は全てが無反応なのだ。
明らかに様子がおかしい。
亜梨沙は『奇跡』を使おうと思ったが、その前に零を見る。何かと対峙している零がどうなるかをまず見ておくことにした。
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零が切り掛かると、相手はそのまま腕でガードをした。
「なっ!?」
切り込みは確かに入っている。だが、いつもなら切れ味抜群に切り捨てられるはずが、今回はそれ以上進まない。
一度引き抜き、距離を取る。相手は何か笑っているようでそれがかなり不快だった。
今度は相手の方から仕掛けてくる。攻撃は単純なパンチだが、今度こそそれを切り捨てようと躱しつつ刀を振るった。先程よりは深く刺さっているが、両断することができない。
そして相手は左手で零の額に手を当てた。
「………!?」
『これで聞こえてくるだろう?』
声が聞こえ、相手の顔を見る。すると、今まで真っ黒で何もわからなかった姿が徐々に若い成人男性の姿へと変わっていった。
どこかで見たような雰囲気。不思議な感覚が零を襲っていた。
次の瞬間、男は零の目を丸くするような発言をする。
『お前、鷺森の人間だろう?』
「え……?」
『驚くのも無理はない。俺は鷺森露。───お前の先祖に当たる』
「先祖……? 何を言っているんですか? この世ならざるものと戦ってきた……とされてる先祖がこんな悪き存在になることなんてあるわけが」
『あるだろう。鷺森の当主はずっと女が務めてきた。俺はそんな家計に生まれた、力もない男だからな』
「…………」
『お前もそうだろう? 当主になれず、力も与えられないから、そうやって紛い物しか使えない。いやむしろ、それだけでも俺にとっては大したものだと思うが』
「僕には僕の役割があります。ばあちゃんのように出来なかったとしても、この力でやれるだけのことはやるつもりです!」
『その意気だけは認めよう。故に俺は、お前に霊感を与えた』
「は……?」
『お前には霊感がないから俺の姿を正しく認識することが出来なかったのだろう? これも何かの縁だ、子孫であるお前と話しておく必要があると思った』
「何を?」
『俺の邪魔をするな。お前はその紛い物で切ってきているようだが、それくらいに留めておけ。同じ鷺森の男であるならば、俺の行いに理解を示せるはずだ。手伝えとは言わん。せめて邪魔をするな』
「何を思惑としているか僕にはわからない。ですが、少なくともそこにいる梨々香さんを僕は連れて帰らないといけません。彼女を解放していただきたい」
『無論、それは無理だ。俺の目的に必要不可欠の存在。───邪魔するなら、容赦しない』
露は梨々香の方を見て目を赤く光らせた。その瞬間、梨々香はステッキの形をしたキーホルダーを取り出し、それを通常のステッキへと姿を変えて零に向ける。
「師匠! 何を!」
「…………」
亜梨沙の問いにも答えない。梨々香のステッキには赤黒い血のような色をした光が集まり、それを零に放った。
「させない!」
即座に亜梨沙はフルーレだけを呼び出して、黄色の光を赤黒い光にぶつけ、零を守った。
「鷺森君!」
「ここは撤退しよう。流石に勝ち目がない」
「くっ!」
探し人を前にして亜梨沙はかなり悔しんだが、その一方で零の言っていることが正しいのだとわかる。
撤退に向けて行動すると、幸いなことに露と梨々香は追撃してこなかった。その機を逃さず、警戒しながら零と亜梨沙はこの場を後にした。
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外に出ると必要以上に眩しく光る日光に零と亜梨沙の目が眩んだ。
「どうして! あとちょっとだったのに……!」
「…………」
亜梨沙はかなり悔しそうにしている。一方で零は改めて廃屋を見て一つ納得したことがあった。
というのも、露によって霊感を与えられた今の零には、その廃屋がかなり禍々しく見えている。露がここを隠れ家にしたのは屋内に潜む怨霊の類が人を寄せ付けず、仮に侵入者が現れたとしても自らの手を下すこともなく人間を追い払えるからだろう。
霊感を得たことによって見えた別の角度。露の考えは理に適っていると納得せざるを得ない。
だが、それに納得したところで何の解決にもなっていない。このまま再突入するのはナンセンスだが、いずれにせよ相手に打ち勝つだけの策が無ければ梨々香を救うことが出来ない。
「どうしたら師匠を……」
「───亜梨沙さん、まずは戻って策を練り直そう。黒山さんにも協力してもらえれば、どうにかなるかもしれないし」
「……うん」
亜梨沙は今回の結果に納得していなかった。それは梨々香を目の前に撤退してしまったこと自体もそうだが、重度の中二病という病気の中でも屈指の威力を誇る『奇跡』を使って救おうとしなかったことだ。亜梨沙には露の姿が見えていなかったのだから、戦況が不利になった理由が理解できていない。
2人は大通りに向かって歩き出す。見知らぬ土地なのでどちらに行ったらいいのかよくわからない状態ではあったが、バスで移動中に見た景色を頼りに歩いた。
「鷺森君」
「うん?」
「敵は……何?」
「…………」
零は亜梨沙に敵の正体を隠すつもりはないが、露の存在をどう説明すればいいのか困った。知り過ぎているが故に、どう説明したら素人に伝わるのかわからない。
「悪霊に取り憑かれてる……って言うべきなのかな? 相手は梨々香さんを利用して能力を放ちつつ戦ってくるから、上手く分担して対応しなければならない」
「うん」
「でも僕にはあの悪霊を祓える自信がない。いずれにせよ、僕自身も戦い方を考えないといけないんだ」
「…………」
『黒零』なら露と互角以上に戦えるかもしれない。その可能性も考えたが、それにはどちらにせよ詩穂の力が必須だ。
そう考えていたところで、一台のバンが零と亜梨沙の少し斜め前でハザードを点滅させて止まった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
体調を崩しました。鼻水・喉痛・頭痛の三拍子です。3〜4ヶ月に一度の恒例みたいになってます。
前回は3月末から4月の頭にかけてでした。あれ? 2ヶ月しか経ってないような……。
話は変わりますが、鷺森露については第一章のラストにある追憶を読んでいただければわかります。
先祖とあるが、家系図的にどこへ当たるのか? 次週のお楽しみで!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!
更新できれば……ですが。