濃密な残留思念
タツの案内によって探し人を追う。どうやらタツは能力を使用していると、自分がどれだけ移動しているのかを気にすることが出来なくなるらしい。零と亜梨沙の2人は同行者を気遣うことなく歩き続けるタツを追うのにかなり苦労した。
しかし、そんなタツが急にピタリと止まる。
「タツさん、どうかしましたか?」
「いや。どうやら乗り物を使って移動した方が良さそうだと思って。交通費に関して何も話をしてないから……」
そもそもタツは自分の意志でここにいない。言ってしまえば仕事で来ているようなものだ。移動にお金が掛かるなら、それは経費で落とすべきだと主張したいのである。
詩穂に一度確認するべきか零が悩んでいると、亜梨沙が何食わぬ顔で言い放つ。
「タツさんの分は私が持つ。鷺森君は……」
「ああ、大丈夫。僕は自分でどうにか出来るよ」
亜梨沙は少し申し訳なさそうな顔をしたが、零は微笑みながら手を軽く上げて「気にしないで」と伝える。その後、3人は近くのバス停でバスに乗って移動した。
「タツさん、どれくらい近付いてますか?」
車内で零がタツに問う。しかし彼は能力による直感で動いており、GPSのように目的地をマーキングしているわけではないのでうまく答えられない。
「うーん、少しずつって感じかなー。あっちも何気に移動しているっぽいからさ……」
「成る程」
「でも、バスに乗ることで徒歩よりは距離を詰めてる……気がする」
「降りるバス停は指定出来そうですか?」
「近くなったら押すから安心してくれ」
タツは同性である零が相手なら問題なく意思疎通が出来る。これが亜梨沙なら上手く言葉が出なくて意思疎通は難しいだろう。それは亜梨沙にも何となくわかっていたので敢えて口を出さない。
無言でバスに揺られ皆がそれぞれ外に目を向けていると、やがてタツは何かを思い出したかのように停車ボタンを押した。
車線と車通りが多い。その分だけ通りには店が立ち並ぶその中で、3人はバスを降りた。
「えっ、ここ?」
「…………」
零と亜梨沙の脳内には疑問しか浮かばなかった。普通に考えて、こんな人通りの多い場所に失踪者がいるわけがない。人が多ければ目撃情報は多くなり、とっくに発見されているはずだ。
そんなことを考えることこともないタツはただ歩き続ける。バスに乗る前とは異なり、何かに引っ張られるかのように彼は歩いた。人混みを掻き分けて歩いて行った先に脇道があり、そこへ入って行った直後、タツはまた止まった。
「タツさん、今度はどうしたんですか?」
「あ……あっ、わ、悪いけど、俺……これ以上は」
「え?」
タツの様子が明らかにおかしい。何かに怯えているような雰囲気に、零と亜梨沙は不安を感じた。
「この先、何かあるんですか?」
「な、なんつーか、ヤバいのがいるんだよ! これは本気でヤベぇ! 諦めて帰った方が……」
「───行きます!」
不安を断ち切るように亜梨沙がはっきりとそう返した。しかし、それでもタツはこれ以上進もうとしない。
「か、勝手にしろ! どうなっても俺は知らない……! 俺は知らない俺は知らない……」
タツは零に肩をぶつけて逃げるように引き返した。彼の姿が見えなくなった瞬間、零のスマホが振動した。
画面を見ると、詩穂からの着信だったのですぐに出る。
「黒山さん!」
『わかってるわ。タツは私が回収する。───本当は2人に何かあっても対応できるようにしたいけど……義務だから……』
「わかった。ここを調べたら、また連絡するよ」
必要最低限のやり取りをして通話を切る。いくらこの場だけ人通りがないからと言っても、大通りから聞こえる喧騒によって電話の声が外に漏れることはない。しかし、零が名前を出したことで亜梨沙は電話の内容が気になったようだ。
「黒山さん? 近くにいるの?」
「正確には、いた、だね。タツさんは黒山さんに呼んで貰った助っ人だから、タツさんを見張ってたんだけど、そっちはどうにかしてくれるそうだよ」
「うん? よくわからないんだけど」
亜梨沙は詩穂とは違った形で単独行動をしている。誰かの援助はなく、また組織に所属しているわけでもないのでタツがどういった存在なのかを理解出来なかった。
しかし、それを説明してる時間も聞いている時間もない。2人は脇道を進み、その先で見えた廃屋の前で止まった。太陽の光が差し込み比較的明るくはあるが、その分だけ窓越しに見える廃屋の中が暗く見える。
近くには何かの看板があったような形跡があるものの、かなり古く雨風に晒されてきたからなのか文字が全く見えずに殆ど真っ白になっている。
「さて、どうしようか。入っていけば普通に不法侵入になっちゃうけど」
零は常識的な意見を口にした。見るからして人が住んでいるような雰囲気はないし、誰が所有している建物なのかもわからない。とはいえ、周囲を見回しても怪しい場所はなく、むしろこの廃屋だけが異彩を放っているとさえ言える。
ここしかあり得ない。───それは2人が共通で持っていた予感だった。
「さっきも言ったけど私は行く! でも、鷺森君も無理はしなくていいから……!」
「……いや、僕も行くよ。不法侵入の方はどうにかなるかもしれないしさ」
零にはそう言えるだけの貢献を警察にしてきた実績がある。むしろ、行方不明者の発見に貢献出来れば咎められることもないだろう。
2人は覚悟を決めて侵入を試みる。引き戸は思っていたよりスムーズに動き、少し音を立てて開いた。
「…………」
中は歴史ある日本家屋という印象ではあるが、ただの民家だったにしては玄関から見える部屋が広過ぎる。古く朽ちかけている家具が置いたままであり、荒らされているような形跡があるのは、恐らく過去にも不法侵入者がいたという証だ。
靴を履いたまま上がるのも少し気が引けるが、この中で戦闘になる可能性も捨てきれない。床も汚れているので2人は土足のまま上がって様子を見る。
「誰もいない……?」
零は訝しげに周囲を見渡すが、人の気配がない。2人はそのまま進んで他の部屋や台所などを見て回るが、特に何もない。それよりも床の軋みが酷すぎて床が抜ける可能性の方が怖くなってきた。
「あ、鷺森君」
「うん?」
亜梨沙に呼ばれて振り向くと、彼女はある方向に向かって指を差していた。釣られて零もその方向を見ると階段があった。内装の印象で2階の存在に意識が向かなかったのだ。
意を決して一段ずつゆっくり上がっていく。上がりきったその先にも部屋があり、やはり古い家具がそのまま置かれている。
「何だか違和感を感じるな……」
「違和感?」
亜梨沙は零が違和感を感じた理由がわからなかった。彼女はそこまで部屋の状態を気にしていなかったからだ。
「何だかまるで急に住人が消えてしまったかのようだ。引っ越すにしても、最後の住人が他界してしまったにしてももう少し片付けられててもいいだろうに」
「うーん、管理に困る空き家なんてそんなもんじゃない?」
「そういうものなんだろうか……」
零には最後の住人がどういった人なのかを追う手段がある。本来の目的は梨々香の捜索ではあるが、濃密に残った思念の残滓と仏間に並んでいた遺影の顔達を思い浮かべてしまうと、その思念を読み取れずにはいられなかった。
「亜梨沙さん。申し訳ないけど、少し待っててもらっていいかな?」
「え、なんで?」
亜梨沙としては一刻も早く梨々香を見つけてこの場を後にしたかった。彼女なりに不気味さを感じていたのだ。
しかし、零は彼女の問いに答えることなく目を凝らし始める。そこには長年代々過ごしてきた住人達の姿が見える。老若男女、様々な人生が狭い2階に溢れる。これ程までに情報量の多い残留思念は初めてだった。
(……ん?)
その中で小さな男の子が零の方をジッと見ている。その子はまるで「ついてこい」と言いたげに背中を見せ、階段の方へ歩いていく。
「あ、ちょっ……!?」
無我夢中で歩き出す零。彼の不可解な行動に困惑しながらも亜梨沙はその後をついて行った。
階段を降りていく。小さな男の子はある部屋の襖を開けて中に入っていったので2人もそれに続く。
畳の上に敷きっぱなしの布団。それももうかなり古くなって汚くなっていたが、零にはそこに仰向けで横になっている老婆の姿が見えた。
老婆の表情は殆ど皺くちゃでわかりにくいが、悔いがある。零はピンク色のガラケーを取り出し、小さな男の子との通話を始めた。
「もしもし」
『お兄ちゃん、オレと話できるんだ?』
少しばかり舌足らずではあるが、普通に会話出来る。見た目よりも実年齢は上なのかもしれない。
「……うん。君は僕に何を伝えたいんだ?」
『お婆ちゃんはここをずっと守りたかったみたい。でも、オレのママや叔父ちゃん達は知らんぷりだった』
「うん」
『オレもこのお家が何かよくわかんないんだけどね、お婆ちゃんにとって大切なお家なんだってわかるんだ。だから……』
「…………」
『───だから、あいつらをやっつけて』
小さな男の子は玄関近くの一番広い部屋の方向を指差す。その先に先程は感じられなかったはずの気配があって、零は鳥肌が立った。
小さな男の子の願いを聞き、通話と残留思念の読み取りを終わりにする。そしてゆっくり玄関の方へ向かって一番広い部屋を見ると、そこには項垂れた女性が立っていた。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
先週、誤字ってました。順を追って→潤を追って
多分、まだ直してないと思いますけどそのうち直します。
零と亜梨沙のパンケーキ回も零の格好は厚着だったのに、別れる時コートになってたり……。
相変わらず、やらかしてるなぁ感があります。
現実では色々と予定変更があって書く時間を設けられました。
来週以降もどうなるかはわかりません。少しだけでも読んでくださる皆様に届けられたらなって思います。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!