亜梨沙からの依頼
「えっ?」
全く想定外の言葉を聞いて零は思わず固まってしまった。とはいえ、これならわざわざ鷺森家に来てまで零の能力について聞いてきた意味がわかるというものだ。
亜梨沙のパッチリとした目で真っ直ぐ見られる零。少しばかり固まってしまったが、程なくして脳が思考を再開した。
「えっと、誰をかな?」
「私の師匠、マジカル☆リリカ」
「…………」
刑事である長瀬からマジカル☆リリカ……つまり、小泉梨々香についてはある程度聞いている。しかし、まさか行方知らずになっているとは零も思わなかった。
そして、亜梨沙は零が梨々香について説明する必要があると感じており、どう説明するか考えていた。
「───小泉梨々香さんでいいんだよね?」
「えっ」
今度は亜梨沙が驚かされる番だった。亜梨沙自身、実は梨々香の本名を知らないのにも関わらず、零がそれを知っているようだったからだ。
「鷺森君、師匠のことを知っているの?」
「いや。直接会ったことはないし、彼女の残留思念を見たわけでもないから姿は知らないけど、君のことを調査するよう依頼してきた刑事にある程度のことは聞いたんだ」
「じゃあ、居場所も……?」
亜梨沙の表情からは芽生えた小さな希望が感じ取られる。しかし、零は首を横に振った。
「残念ながら。その刑事も今の小泉さんについては知らないようだった。彼女の生活圏内を所轄している警察署に問い合わせてみないとわからないって言ってたけど……」
亜梨沙の顔には小さな希望がもう無くなっていた。そして彼女も首を横に振る。
「捜索願はずっと前から出ているよ……。だけど、事件性が見られないから捜索は進んでいないみたいで……」
「成る程」
あり得ない話ではない。そもそも梨々香が失踪した理由もよくわからないので、少しばかり事情を知っているだけでは怪事件にしか思えない。
逆を言えば、何も事情がわからない以上、数ある失踪の1つにしか思えないということでもある。これでは警察を当てに出来ないだろう。
「事情はわかった。それで僕に依頼してきたというわけだね?」
「そう、鷺森君の能力があれば見つけられるかもしれないと思って」
「うん。ちなみに、亜梨沙さんはこの件をどう見てる?」
「どうって……?」
「例えば、何者かに恨まれた事件に巻き込まれたとか。或いは彼女を誘拐しそうな人物に心当たりがあるとか」
「うーん……でも『奇跡』を使っているから恨みを買うことはないはず……あ」
亜梨沙はそれを言っているうちに気付いた。この能力には力の強大さ故に相応の代償があるということに……。
「もしかして代償が関係しているのかな」
「代償……。詳しく聞かせてもらえるかな?」
「う、うん。『奇跡』によって起こした結果の大きさに応じて代償は支払われるんだ。具体的には寿命」
「寿命……!?」
零は目を丸くした。そこまで過酷で重い代償を初めて聞いたからだ。
「ちょっと待って欲しい! 確か、彼女は重度の中二病患者達を長らく無力化してきた人のはずだ。普通ならとっくに寿命は尽きているはずでは……?」
───となれば、同じ能力を使っている亜梨沙も危ない。零の背中に冷たい汗が流れる。
魔法少女は魔法少女のままでいなくてはならない。それは永遠に少女でいるということでは決してなく、少女でいられる短く輝かしい時間を寿命とし、その灯火を激しく燃え上がらせるということ。
それが『奇跡』における絶対的な代償だった。
「師匠は何か御守りのようなものを持っていたから平気だって聞いてる。私は持ってないけど……」
「じゃあ、君も……」
「私はいいの。魔法少女でありたいと願った以上、魔法少女として散りたい」
「…………」
亜梨沙の揺るがない瞳と意志に零は何も言えなくなっていた。だがそれは、共感や納得をしたというわけではない。それでも命を大切にして欲しいのが零の思いだ。
しかしそれを今は言うことが出来ない。
「───もし仮に代償が関係しているのであれば、最悪小泉さんはもう……ってことだよね?」
「うん……。師匠が最期に過ごした場所を知るだけでもいい。だから協力して欲しい……」
亜梨沙の本気を感じる。本来なら二つ返事で協力していたところだが、今回の場合は1つだけ懸念されることがある。
それは「場合によっては死者を追う」ということだ。零の祖母である霰がいつも言うように、死者への共感は死に引っ張られるリスクがある。
とはいえそれを、亜梨沙に伝えることはとても出来ない。
「協力するにしても、どうやって探すつもりなのかな? 彼女がいた場所がわからなければ、僕の能力も役に立たない」
「師匠が戦った場所はある程度わかってる。まずはそこをしらみ潰しに追っていこうかな……大変だけど」
「……うん」
危険性はある。だが、引き際さえ見極めればどうにかなるかもしれない。零は右手をポケットに入れて、中にあるピンク色の携帯電話を握りしめた。
(母さん、僕は……)
「わかったよ、亜梨沙さん。協力させて貰うね」
「本当!? ありがとう!」
亜梨沙からは歓喜が激しく伝わる。初めて会ってから今までの印象と照らし合わせてみると、意外性を感じられる。
「亜梨沙さん、本当はそういう風に笑うんだね」
「えっ、どういう意味?」
「いや、ツンケンしてるイメージしかないから、今の笑顔が意外に思っただけだよ」
「…………!」
亜梨沙は零をキッと睨んだ。両肩を上げた零は「やれやれ」と言わんばかりに首を振るが、そんな姿を見た亜梨沙の表情はまた明るい笑顔に変わっていた。
それは年相応で当たり前の表情。むしろ、詩穂のように終始真顔で過ごしている方がある意味異常である。彼女の場合、色々と複雑な事情を抱えているので仕方がないのだが、それでも亜梨沙の笑顔を見て零はどこか安心感を感じている。
とはいえ、解決に向けて前進する必要がある。
「亜梨沙さん。具体的にはどうする? 小泉さんが居た場所や戦った場所さえわかれば、彼女の足跡を追えるかもしれない」
「案内するよ。───というか、今から始めちゃっていいの?」
亜梨沙はキョトンとしたような表情で問う。彼女は零の予定を知らずに呼び出しているので、協力の約束が出来た時点で目的は達成出来ている。今日この日、更にその先へ進められるのは嬉しい誤算だった。
「勿論だとも。僕は予定がないから大丈夫だよ、亜梨沙さんは?」
「大丈夫! それじゃあ、行こう!」
零と亜梨沙は奢られ奢る仲ではない。自分の分は自分で会計を済ませ、亜梨沙の案内で歩き出す。案内する亜梨沙の表情は凛々しい。
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一方、その頃。───鷺森家。
鷺森家の玄関前に1台の車が止まる。予め駐車スペースを設けているわけではないが、敷地がそもそも広いので駐車する分には何も問題はない。
霰は玄関先で本家の当主を出迎えた。本家、鷺守家の当主はつい最近変わったばかりだ。
車の後部座席から零と同じくらいに若い女子が降りてくる。彼女こそが鷺守家現当主、鷺守梓だった。
霰の前に立ち、優雅にお辞儀をする。その姿は清楚そのものだった。
「ご無沙汰しております、霰さん」
「こちらこそ。よくぞおいで下さいました、梓殿」
改めてキチンとした挨拶を交わしたので梓はどこか気恥ずかしく感じた。他の人相手ならともかく、霰相手に敬語を使われるとむず痒く感じる。
「霰さん、私に対しての言葉遣いは昔同様で構いませんよ。そもそもそんなにキチッとするのは時代に合いません」
「……しかし」
「本家……と言っても今となっては偉いわけではありませんし」
梓の後ろには前当主だった楔がいる。彼女は梓の母であり、そして厳格な人だ。
彼女の目尻がピクリと動いた。
「梓。本家当主としての振る舞いをなさい。本家と分家では格が違うわ」
「あら、お母様。私としては霰さんとかつてのようにお話しすることで情報交換を円滑に進めようとしていますの。お母様の仰ることはご尤もですが、霰さん相手だけですから」
「……そう」
納得したわけではなさそうだが、これ以上の言い合いは霰に対して見苦しい姿を見せるだけだと判断した楔は引き下がった。
「ではお二人とも、こちらに」
霰は梓と楔の親子を客間に通した。靴を脱いで揃える姿から客間のソファに腰掛けるまでの動きが丁寧な2人の動作は霰を感心させた。
霰自身、こういったことを零や彼の母である澪に教えていない。流石は本家だ、と改めて思わされたのだった。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
今回はそこまで語ることはないのですが……。
そうですね、話の中で語るかどうかわからない情報を1つ。
本家の鷺守家が出てきてますが、霰は楔のことを「生意気」だと思っているようです。
幼い頃をしっているからこそ、当主となってから厳格になった楔をよく思っていない様子。果たして、オトナゲナイ言い合いが起きるのか……!?
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!