鷺森零の能力②
「うん。あった」
零が取り出した遺書を見て詩穂が目を丸くする。詩穂自身、色んな能力を目の当たりにしてきたが、零の能力はあまりに特殊過ぎて見ただけでは何が起こっているか理解出来なかった。
「……何が起こっているのか、よくわからないんだけど説明してもらってもいい?」
「えっ」
零は詩穂が能力について関心を抱いたことに驚いた。その驚愕が正直に出てしまった為、それを見た詩穂も少しばかり驚いて後退りした。
「ご、ごめんなさい。一方的に聞くのは、その……マナー違反よね」
「あ、いや。そういうわけじゃないんだ。ちょっと意外だっただけ」
「意外……?」
詩穂がまっすぐ零を見る。純粋に疑問を浮かべている彼女の表情を見て零は恐怖ではなく、どこか気恥ずかしさを感じた。
「その、僕の能力に興味あるのが意外だと思っただけ」
「成る程。でも、答えなくなかったら答えなくていいから」
「いや。別に聞かれて困ることではないからね」
零は風で揺れる葉の音と蝉の鳴き声を聞きながら、少しばかり過去を振り返る。しかし、それはあくまでこれから話すことを考えたついでに出てきた追憶だ。
零にそこまで話すつもりはない。
「僕は……僕の能力は2つある。1つは残留思念を様々な形で視る能力だ。さっきは残留思念を実体化して視てた」
「私はてっきり、幽霊を見てると思ってたのだけど」
「いや、僕が見てるのは残留思念。その場所に残った決意や思い出。色んな人の特別な思いが姿形となって視えるんだ」
「でもそれは……」
詩穂は直感で感じ取っていた。確かに零は重度の中二病患者だが、それは「重度の中二病による能力ではない」。
「それは、重度の中二病とは違う能力なんでしょう?」
「───その通り」
零は驚くこともなく、少しばかり泣きそうな無理した笑顔でそう答えた。下を向いて続きを語る。
「これは僕が元から持っていた能力。霊能力に近い……のかな? 重度の中二病とは違う」
それから零はコートの内ポケットから古い携帯電話を取り出した。沢山傷が付いた、ピンク色の携帯電話だ。
「これを使って、ようやく話すことが出来る。さっきもこれで彼と……彼の残留思念と話をしたんだ。これが僕の重度の中二病による能力。そのお陰で、僕は寒さしか感じられないんだけどね」
肩をすくめ困ったように笑う。そんな彼を憐れむこともなく、詩穂は真顔で頷いた。
「そう。話してくれてありがとう。───その遺書はどうするつもり?」
「え? ああ……一応、僕は読んでおこうと思う」
他人に話させておいて自分は何も語らない。零はそんな詩穂の人格を疑ったが、今はそれどころではない。
No.1の遺書と同様、封筒に入っているようなちゃんとしたものではない。まるで学生が授業中に友人へ回す手紙のような折り畳み方だった。
『No.10 これでようやく終われる。俺は幸せを見つけられなかった。だからこれが、この結果が俺に残された唯一の幸福だ』
零が遺書を見たまま固まって考え込む。この手紙からもまた、残留思念を読み取ることが出来る。
目を瞑る。すると、能力を使って話をした彼が、真っ暗な神社にふらりと現れて賽銭箱に賽銭を投げ込む様子が映し出される。
その後、彼は自身の携帯端末を見た。時刻は深夜1時を超えている。何やら、誰かからのメッセージを見ているようで悲しそうな表情をしていた。
そこで映像が途切れる。
「…………」
「鷺森君。この遺書を見て、何か?」
「うん。なんだか、文面と思念の感情が一致していないような……。そういうものなんだろうけど、ちょっと引っかかるな」
零は別のポケットから携帯端末を取り出した。今度はスマートフォンであり、こちらは普通に連絡する為に持っているようだ。
電話を掛ける相手については、言うまでもなく詩穂も予想が付いていた。
「あ、長瀬さん?」
『やあ、鷺森君。さっそく、見つけてくれたのかな?』
「ええ。No.10の遺書を見つけました」
『わかった、明日また学校へ取りにお邪魔するよ』
「わかりました。───ところで、長瀬さん。他の遺書についてはどうなっていますか?」
『うん。彼の職場から1つ。そして部署が違う女性から1つ出てきたよ』
「成る程。彼の残留思念と話をしましたが、残りは彼の母校に4つ。高校の最寄駅に2つ。そして、彼にとってもう1人大切な人がいて、その人が1つ持っているそうです」
『えっ? ああ、ちょっとメモるからもう1回言ってくれるかな?』
「はい」
それから零はもう1回だけ繰り返した後、長瀬から礼を言われて通話を切った。そして詩穂の方を向く。
「ごめん、黒山さん。長瀬さんにさっきのことを報告したんだ」
「ええ、察しは付いてたわ。それで……鷺森君のお仕事はこれで終わり?」
「多分ね。遺書の内容次第かもしれないけど、誰かが自殺を教唆したようには思えないから、これで終わりだと思う」
「そう。今日は鷺森君の能力を観察できて勉強になりました。どうもありがとう」
「えっ、ああ。どういたしまして」
詩穂はそのまま零に背を向けて神社を後にした。特に彼女を追うというわけではないが、神社を出る目的が一緒である為、零も同じ方向に向かって歩き出した。
そして特に別れの挨拶をすることもなく、いつの間にか詩穂と零の歩く道は別れていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
零の家は広い平屋建ての家である。正確には彼の祖母が所有する家だ。
祖父は所謂婿養子であり、この家に刻まれた長い歴史は祖母の方が詳しい。
既に両親が他界している零は母方の祖父母に引き取られ、一緒に暮らしている。
帰宅すると、台所から夕飯の支度をしている音が聞こえた。台所の出入り口に掛けられた暖簾を少しめくり、覗き込むように中を見て声を掛ける。
「婆ちゃん、ただいま」
零の帰宅に気付いた祖母が来ている割烹着で手を拭いながら返事をした。
「おかえり、零。……もしかして、また警察の方から依頼されたのかい?」
「うん、まあね」
実のところ、祖母は零が警察に協力していることをあまりよく思っていなかった。自分の持つ力を誰かの為に役立てたいという思いは尊重しているものの、普通の捜査協力ならともかく、能力を頼られることが祖母にとってよく思えないところだった。
「今回はどんな方なんだい?」
「若い社会人。自殺らしいけど、遺書の遺し方がちょっと特殊だったんだ」
「……零。死者に寄り添うことは、死者に近付くということだ。同情してはいけないよ?」
「……わかってるよ」
祖母がこのような警告をしてくるのには理由がある。
というのも、そもそもこの家が広大な土地と家を有しているのは、先祖から代々伝わる「この世ならざるもの」と相対する能力を使い、この近辺で災いを起こす「この世ならざるもの」を祓って平穏を守ってきた、という歴史があるからだ。
当然、それが本当かどうかはわからないし、そもそも祖母がそういった存在と相対しているところを見たことすらないので零はあまりその話を信じていない。
しかし、だからといってこの警告についてはどうも無碍に出来ず、零は真摯に受け止めて線引きをしていた。
「僕は必要な情報を聞くだけだよ。必要以上に、彼らの心に寄り添ったりはしないから」
零の答えを聞いて、祖母は儚げに笑った。
「うん、わかってるならいい。ご飯が出来たら呼ぶから、部屋で休んでな」
「わかった」
零は笑顔で返事をしてから洗面所で手洗いとうがいを済ませる。そうしてから自室に入るなり仰向けでベッドに横たわって、ピンク色の古い携帯を取り出して眺め、独り言を呟いた。
「お母さん。あの時、なんて言ったの……?」
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
私が「小説家になろう」を知ったきっかけとなったのは長月先生の「リゼロ」という話は長いお付き合いをいただいている方はご存知だと思いますが、ここ最近になってようやくアニメの2期を見出しました。
いやぁ、もう涙が出るわ出るわで。こちらで原作を読ませて頂いていた時も涙ぐんだ記憶がありますが、アニメになると更なる情報量が涙腺を刺激しますね。
「ダンまち」や「マザーズロザリオ」を話題に出した時も同じことを書きましたが。
そう考えてみると、私の作品はまだ薄い。もっと登場人物の心を揺るがすような話がこの先、書けないのであれば、この道を進むことは断念すべきなのだと考えてしまいます。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします。
コロナワクチン2回目、いってきます。
敬礼して職場を去る私の姿を見て、先輩は私を「モデルナ・アーミー」と呼んだ。