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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
魔法少女の娣子
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詩穂の事情

 零の質問を聞いて、長瀬は思い出したように「ああ、そうだ」と言った。しかし、雰囲気からして思ったより情報は得られなかったように見える。



「現在については全くわからないが、15年程前には代表者として活躍していたみたいだね」


「代表者……?」



 零は聞き慣れない単語が出てきたので首を傾げた。それに対し、詩穂が補足をする。



「神田川君のような役割を持った人達の前身とも言える人のこと。今は重度の中二病患者に対して即治療が基本だけど、以前は敢えて残しておくことで他の患者無力化に役立てていた。各学校から重度の中二病患者と戦う代表者を出して地域毎で代表者を集めて協力し合っていたそうね」


「えっと? 各学校には重度の中二病患者が何人かいて、その中で代表者を出し合って各学校と協力し合ってたってこと?」


「大まかに言えば、そうね。ところでもう1人の魔法少女って何かしら?」



 亜梨沙の師とされているもう1人の魔法少女について詩穂は知らされていない。というのも、長瀬としては確かな情報を得られるまでは伏せておき、亜梨沙に集中して欲しかったという狙いがあった。


 詩穂の質問に対し、今度は零が答える。



「ああ。古戸亜梨沙さんには魔法少女の師匠がいるらしい。彼女の残留思念がそう話してくれたんだ。確か、魔法少女ミラクル☆リリカだったかな?」


「え……」



 零の話を聞いた詩穂の表情は一瞬で変わった。驚いたように目を見開き、唇が微かに震えていた。


 異変に気付いた零が声を掛ける。



「えっと、黒山さん? 大丈夫?」


「あっ、ええ……。長瀬さん、もしかして小泉梨々香さんのことではありませんか?」



 詩穂の顔はいつも通りの冷静な真顔に戻った。しかし、その声色はどこか焦っているようにも聞こえる。


 驚きつつも楽しそうに長瀬は答えた。



「おっ、流石は伝説を残した黒山の娘だね。その通りだよ。彼女も『奇跡』という能力を使って重度の中二病患者を無力化していた。その活動は大学時代まで活発だったようだけど、いつの間にか活動しなくなっていたみたいだよ。そういえば、黒山さんのお父上も代表者だったんだってね?」


「…………」



 詩穂が少し俯く。それは照れるような雰囲気ではない。まるで彼女にとって、父の存在はあまり誇れるものではないと言いたいようだった。


 零が詩穂の方を見ると、少し困ったような表情をしているのがわかった。どういう事情があってのものかを零は知らないが、あまり触れてはいけない話題であることは察することが出来た。



「話を戻しましょう。というわけで、今の小泉さんについては何もわからなかったということでいいんですか?」


「そういうことだね。ただ気になるのは、彼女の消息がわからないことだ。それに対してどうなっているかまでは、それこそ詳しく調べてみないとわからないことだけど」


「そうですか。まあ、亜梨沙さんと今何も関係していないというのであれば、僕達が気にすることでもなさそうですね。取り敢えず、亜梨沙さんの今後について方向性が決まったら教えてください」


「了解だ。黒山さんは……大丈夫?」


「ええ、大丈夫です……」



 明らかに大丈夫そうではなかったが、ここで長瀬が深入りしても逆効果になるだけだろう。そう感じた長瀬は零にアイコンタクトで「頼む」と伝えてから、珍しく1番先に校長室を後にした。


 校長が心配そうな顔で詩穂を見て優しく問い掛ける。



「もし落ち着かないなら、もう少しここでゆっくりするといい。どうする?」


「……いえ、失礼します。ありがとうございました」


「そうか、無理しないように」


「……はい」



 詩穂と零はほぼ同時に立ち上がって校長室を後にした。去っていく若者2人を見送ってから、校長は窓の外を眺めて呟く。



「黒山透夜……か」



 重度の中二病という奇病を知り、関わる者なら必ず聞く名前。彼は詩穂の父であり、15年前に起きた誘拐事件を解決に導いた功労者。


 詩穂はそんな黒山透夜と被害者の1人である梶谷(かじたに)詩織(しおり)の間に生まれた娘。


 冷静沈着な黒山透夜が何故、高校生の身でありながら同級生だった詩織を妊娠させたのか。


 それは誰にもわからないことだが、それ故に詩穂は父親と一緒にいられない身となってしまった。重度の中二病関係において父が偉大だったとしても、あまり父と関わりを持てない詩穂にとっては重荷にしかならない。


 事情をよく知っている校長としては、詩穂のことが心配でならなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 零と詩穂の2人は廊下をゆっくり歩いていた。テスト期間ということでどの部活も活動が禁止されており、そのお陰で校内はいつになく静寂に包まれている。


 零は気軽に「大丈夫?」と声を掛けられなかった。何故なら、そう質問したところで答えは決まっている。何かしら声を掛けるべきだとは思っているが、言葉が出てこない。


 そうこう悩んでいるうちに、詩穂の方が口を開いた。



「小泉さんとは小さい頃に会ったことがある。その、父の知り合いだったようで遊びに来てくれたことがあったわ」


「……意外な繋がりがあるんだね。世間は意外と狭い」


「そうね。それ以来、小泉さんの行方はわからない。ただ、すごく優しくしてもらったことだけは憶えてる」


「そうなんだ……」



 もし、本気で梨々香の行方を探すなら詩穂の父である黒山透夜に聞けばわかるかもしれない。だが、そうしないのは何かしら事情があるからなのだと思った零はそれを口にしなかった。


 静寂に包まれた校舎を少し歩いて気分が落ち着いてきたのだろう。詩穂はいつも通りの表情に戻っていた。



「鷺森君」


「うん?」


「取り敢えず、今回の件は長瀬さんの判断待ちなので一旦保留にしましょう。またご協力をお願いします」


「あ、うん。こちらこそ」



 詩穂は何処かにまだ用事があるのだろう。1組の教室へ荷物を取りに行く零とは別の方向に向かって歩き出した。



「黒山さん!」


「…………?」



 零が呼び止め、詩穂が振り返る。真っ直ぐ見つめ合って伝える。



「無理しちゃ駄目だよ」


「……ありがとう」



 詩穂は寂しそうな微笑を浮かべてまた背を向けた。もしかしたら追い掛けるべきなのかもしれないと零は直感で思ったが、敢えて放っておくべきだという冷たい優しさも選択肢に出てきた。


 結局、零はただ詩穂の小さな背を見送るだけ。彼女の寂しそうな微笑が頭から離れず、そうしてようやく引っ掛かっていたことの答えが見えた。



(そうか、公園で出会った人の目……黒山さんと似ているんだ)



 それがわかったところで詩穂に伝えても意味はない。同じような瞳を持つ人なんて他にもいるだろうし、見た目の年齢差からしても他人だろう。


 そう思って零は1組の教室に向かって歩き出した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後、何事もなく期末テストの期間を乗り越えて夏休みがやってきた。


 零と潤は元から成績は良い方だったのでギリギリ赤点を免れる……ということはなかった。お互いに点数を見せ合って競うのがテスト期間における彼等なりの楽しみであった。


 夏休みということであるが、2人は特に遊ぶようなことはしない。特にこういう長期休みこそ、潤は忙しくなるからだ。どこかで予定を合わせて遊びに行くことは考えている。


 特にやることがない中、零は真剣な顔をした祖母に呼ばれて祖母の部屋にいた。


 その部屋は鷺森家当主の部屋。本来であれば零の母である(みお)がいるべき部屋であったが、彼女は継ぐことを拒んで家を出て、事故によりこの世を去った。それ故に当主は祖母である(せん)のままだった。



「どうしたの、婆ちゃん」


「うーん……急な話だが、本家がうちに寄ることになってな」


「本家?」



 零は今まで本家という存在を耳にしたことがなかった。というのも、零が幼い頃も本家と呼ばれる存在は訪れているが、遭遇するのを避けてきたからだ。


 今更ではあるが、霰は零に本家について話すことを余儀なくされてしまったから呼んだのだった。



「鷺森家はずっとここに存在していたが、実は京都にある本家……鷺守家の分家でな」


「えっと……?」



 言葉だけでは上手く伝わらない。そこで霰は予め用意していた古い家系図を広げ、零に見せた。



「あっ、うちは森だけど本家は守るなんだね」


「そうだ。本家は場所が場所なだけに様々な除霊能力者の家系と競い、残ってきた。それ故に掟にかなり厳しくてな。零が能力を持っていることが知れると五月蝿いことを言われると思ってな」


「えぇ……」



 ただでさえ、零は鷺森家が「この世ならざるもの」と戦ってきた歴史にさえ懐疑的なのに、いよいよ本家が来るとあれば頭が痛くなる。



「婆ちゃん。僕は今も鷺森家が戦ってきた話をあんまり信じられないんだけど……。本家の人が僕を見たとして、それだけでわかるものなの?」


「ああ。本家は見ただけで力の継承者を看破出来る。というわけだから、これから外に出てこい」


「えっ? 急に?」


本家(あいつら)はいつも急でな、こっちも困ってる。終わったら連絡するから、携帯を忘れるなよ」


「えぇ……」



 霰の表情はいつになく険しい。そこまで鷺守家は警戒すべき相手だということなのだろう。仕方なく零は霰の言う通りに外出の準備をする為、祖母の部屋を後にした。


 部屋に戻ろうとした途端、家の呼び鈴が鳴る。



「はーい」



 零は先に来客者の相手をしようと玄関に向かうと、そこにいたのは零にとって予想にもしない人物だった。

読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。


実は連載開始からすでに「おかしなこと」になっているのに気が付いた方はいらっしゃるでしょうか?


本作では語り忘れているかもしれませんが、黒山透夜が白河現輝と戦って解決に導いた誘拐事件が起きたのは本作より15年前。

当時、詩穂の両親である透夜と詩織は高校生でした。


本作では30代になっており、子がいてもおかしくはないのですが、詩穂は高校1年生……15か16歳となります。

つまり、透夜と詩織は高校生の時に詩穂を授かったことになります。更には、それが事件の直後くらいになるわけです。


前作の最後では一度離れて過ごすことになった2人ですが、どうしてこうなってしまったのか。実は単純な計算ミスですが、ちゃんと理由も用意してありますので語られるときをお楽しみに!


それではまた次回。来週もよろしくお願いします!

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