超能力者と魔法少女
「えっと……魔法少女に話し掛けるだなんて、何か困り事?」
困ったように尋ねる魔法少女ミラクル☆アリサ。そんな彼女の言葉を聞いて、零は彼女の行動が依頼によるものなのではないかと感じた。
しかし、零が口を開くよりも早く詩穂が彼女に問う。
「貴女は1年3組の古戸亜梨沙さんでしょう?」
「えっ」
そう驚きの声を上げたのは零だった。いきなり正体を確かめるなど、相手の流儀を無視しているように感じたからだ。
「く、黒山さん……。流石にいきなり本名を尋ねるのは……」
「何か問題でも?」
どうやら詩穂には関係ないらしい。重度の中二病患者による攻撃を弾くだけの能力を有しているだけあって、魔法少女の流儀も一切無視するつもりらしい。
だが、魔法少女も決して挫けない。
「古戸亜梨沙……? 誰のことかわからないけど、私の名前は魔法少女ミラクル☆アリサよ!」
「───ところで古戸さん。貴女はどうして、重度の中二病患者を無力化して回っているのかしら? 何か狙いでも?」
「古戸さんじゃなくて、魔法少女ミラクル☆アリサ! ……私は皆が悪人となってしまわないよう、出来れば悪事を働く前に止めようとしているだけ。勿論、悪人となってしまった人もこれ以上罪を重ねないように止めるのも私の役目」
「どうやってそういった人を見つけているの? 誰かからの依頼?」
「助けを呼ぶ声が聞こえる時もあるけれど、怪しい人は見逃さないようにしてる」
詩穂は顎に手を当てて考えた。誰かの依頼である可能性も考えていたが、それはないようだ。その代わりに別の疑問が浮かぶ。
「つまり貴女は、日々パトロールのようなことを行なっているということ?」
「そうだと言えばそうかな。でもね、悪いことしようとしている人は、心が泣いているからわかる」
「…………」
ミラクル☆アリサがどういう風に重度の中二病患者を見つけているのかはいまいちよくわからないが、取り敢えずのところは、見回りをしていると解釈しておくことにした。
ミラクル☆アリサの言っていることを理解しようとしているうちに、彼女はそろそろこの場から離れようと動き始めていた。
「もういいかな? これにて私は失礼───」
「まだよ、待ちなさい」
ミラクル☆アリサは詩穂の言うことを聞くこともなく、空に向かって飛び上がっていた。
しかし、そのまま逃す詩穂でもない。彼女も追うために漆黒の帯を利用して飛び上がった。
「あ……。置いてかれた」
完全に置いてけぼりとなった零はそこでしばらく呆けてから、帰宅しようと家に向かって歩き出した。
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「げぇっ! ちょっ……!」
ミラクル☆アリサは後ろから詩穂が追いかけて来ていることに目を丸くした。彼女は『奇跡』の力で飛ぶことが可能だが、どんな重度の中二病患者でも飛ぶことはそうそうできない。
ところが、黒山詩穂という学年でもかなり有名な女子は実際に飛んでいる。正確には漆黒の帯が詩穂を飛ばしていると言うべきだろう。
こうなったら詩穂には悪いが、能力を無効化させて貰うしかない。
「ミラクリウムチャージ……!」
「…………」
ミラクル☆アリサはフルーレの剣先に黄色の光を集める。その溜めを詩穂は見逃さなかった。
放射の瞬間を警戒して構える。そしてミラクル☆アリサは空中に浮かんだまま詩穂に黄色の光線を放った。
「スーパーミラクル☆アリサマジック!」
「……!」
詩穂はミラクル☆アリサによる攻撃に合わせて両手を前に出し、『漆黒』のオーラを黄色の光線にぶつけるように放った。
「なっ!」
ミラクル☆アリサは心底驚いた。自分の必殺技が禍々しさすら感じるオーラによって押し返されているのだから。
「やっ!」
ミラクル☆アリサは詩穂による『漆黒』の跳ね返しを躱し、そのまま接近戦に持ち込んだ。フルーレを思いっきり詩穂に向けて突き刺す。
しかし、すかさず漆黒の帯がフルーレの剣先から詩穂を守った。布のように柔らかく動くくせに、防御時である今は全く別の、もっと硬質な物かと思えてしまうほどにビクともしなかった。
お返しと言わんばかりに今度は、何本もある漆黒の帯がミラクル☆アリサへ襲いかかる。彼女はヒラリと舞って躱しながらも、フルーレを器用に操って、弾くのではなく逸らして受け流した。
「……!」
生半可な戦い方では詩穂に敗れてしまう。ミラクル☆アリサはせめて詩穂から逃げられるように隙を作ろうと、少しだけ本気を出した。
空中で素早く詩穂に向かって突進をする。そしてフルーレの剣先を突き出すと、分身するように増えて機関銃のような連続突きを放った。
対して詩穂は少しずつ距離を取りながら漆黒の帯で防御する。とはいえ、1枚ずつそれぞれ動かすのではとても防御が追いつかないし、だからといって無数に漆黒の帯を出せるというわけではない。出せるだけ出して自分を包み込むように広範囲の防御を心掛けた。
その所為で詩穂はミラクル☆アリサを目視することが出来なくなっていた。
(今だ!)
ミラクル☆アリサはすぐに急降下してから身を潜める。詩穂が防御を解いて再び目視しようとした時には、すでにミラクル☆アリサの姿は消えていた。
「…………」
どこにいるのかわからないミラクル☆アリサを徒に探しても仕方がない。零と合流しようと携帯電話を取り出し、零からの「先に帰る」というメッセージを見てから詩穂も今回は帰宅することにした。
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ミラクル☆アリサは詩穂の前から姿を消し、追手がいなくなったことを確認してから変身を解いて女子高生の古戸亜梨沙へと戻った。夏の夕暮れだというのにも関わらず、彼女は背中に流れる汗がとても冷たく感じた。
「噂通り、恐ろしいなあ……」
亜梨沙も詩穂の噂は聞いていた。詩穂は潤と並んで重度の中二病界隈では強者だと認識されている。
潤は「一撃必殺」と言わんばかりの圧倒的攻撃力を誇り、そして詩穂は攻防自在と鉄壁の防御力を誇っている。彼女の前ではどんな重度の中二病による能力も弾き返されてしまう。
別に悪いことはしていないとはいえ、亜梨沙としては出会いたくない相手の1人だ。そんな詩穂にマークされているというのは放っておけない。
だがしかし、それで活動をやめてしまっては魔法少女でいる意味がなくなる。
そこまで考えたところで、ふと亜梨沙の思考が止まった。そもそもどうやって、詩穂は自分に辿り着いたのか。
よくよく思い出せば、昼間話しかけてきた零が詩穂と一緒に行動していた。それはつまり、零が昼の段階でミラクル☆アリサの正体に気付いていたということであり、それに加えて追い掛ける手段を有しているということでもある。
(もしかしたら、アイツなら……)
亜梨沙は1つの考えと期待を胸の中に仕舞い込み、今日のところは帰宅することにした。
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詩穂に置いてかれた零は帰宅の途中で公園に寄った。
その公園は詩穂から相棒として行動することを提案された公園である。そして、見ることすら恐ろしい存在と遭遇した場所でもある。
今日は幸いなことにそういったものはいない。しかし、ベンチに向かって歩き出したところで、先客がいることに気が付いた。
(ん?)
先客である男はブラックの缶コーヒーを片手にベンチへ腰掛け、目を細めてまぶしい夕陽を眺めている。
邪魔するわけにもいかないと思って、零は引き返そうとした。
「───君は、休んでいかないのか?」
「え?」
零は急に話しかけられて心底驚いた。男の方を見ると、思っていたより若い。少しばかり高価そうなスーツに身を包み、どこか高貴さを感じさせる。だがその一方で、彼の目はどこか光が足りていない。
零はその目に、何か既視感のようなものを感じた。
「どうした? 座ればいいだろう」
男は自分の座っているベンチから鉢植え1個分離れたベンチをチラリと見て、零に座ることを促した。そして零は変な遠慮をせずに腰掛けた。
「…………」
夕陽がゆっくり沈んでいく。それを2人で眺めているうちに、男は再度話しかけてきた。
「君、何か悩んでいることがあるんじゃないのか?」
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
どうにかいつも通りに更新分が書けました。
今回の章はあまり長くならなさそうだな、と思っています。思ったより壮大にならないかも……。
話は変わりますが、花粉症の時期がやってきました。
辛いです。コロナの関係でずっとマスクをしているというのに辛い。目は痒いし、鼻はムズムズする。
花粉症が無くなればいいのになって毎年思っています。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!