魔法少女が起こした『奇跡』
新章です。
「どうしたい、零?」
帰宅後、夕食の時になって顔を合わせると、零は祖母からそう問われた。
どうやら詩穂と別れた後に見えた異形の存在によるショックが顔に出てしまっているらしい。零は感じた恐怖を今も引きずっていた。
「いや、何でもないよ」
零はそう答えるしかなかった。あの存在を口にすることすら良くない気がしてくる。故に祖母にすら話すことが出来なかった。
しかし、今の零が何故そうなっているのか。祖母は何となくその理由に気付いていた。
「……零」
「うん?」
「勝てない相手から逃げることは間違いじゃない。むしろ、無謀に命を落としたら意味がないからな。ここから強くなって祓えられればいいのさ」
「え……あ、うん」
零は祖母に「この世ならざるもの」と戦えるだけの力があると思っていない。実際のところ、確かに今の祖母にそんな力はない。
だからいきなりそんな話をされて驚きを隠さなかった。
しかし、それでも祖母が言うようにいつかはあの存在を倒せるとは思えない。この先挑んだとしても、それは無謀となってしまうだろう。
「零、自信を持ちなさい。大丈夫、お前は鷺森の血を色濃く継いでいる」
「うん……」
鷺森の血を色濃く継いでいるから何だというのか。今の零には意味がわからなかった。
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10年程前───。
当時5歳だった古戸亜梨沙は目の前で奇跡を見た。
それは、ある誘拐未遂事件と関係している。公園で友達とかくれんぼして遊んでいた亜梨沙は知らない男に連れ去られそうになったのだ。
親の目が届かないうちに、遠ざかっていく。恐怖で悲鳴をあげようとするが、男がそれを許さない。
亜梨沙の目に涙が溢れた。もうダメだと諦めかけた時、女性の声が聞こえた。
「待ちなさい」
大学生くらいの女性が男性の行先を阻むように立った。男は動揺する様子を見せずに応対する。
「……何か?」
「その子を連れ去ろうとしているでしょう」
「この子は俺の娘だが?」
「いいえ、この子のお父さんが誰なのかは知らないけれど、少なくともお母さんはあそこにいる」
目を向けた先にはベンチに座る母の姿。他のお母さん達と話すことで夢中になってしまい、まだこちらには気付いていない。
「もし、本当に父親なら彼女と一緒に帰るのでは?」
「ちっ……!」
男はついに力づくでこの場を去ろうとした。大学生くらいの女性1人が相手ならタックルするなりして転ばせれば黙らせることは出来る。
その後に大声を出されても逃げればいい。男はそう思った。
「リリカ☆チェンジ」
女性の一言で信じられない現象が目の前で起きた。カジュアルな格好をしていたはずの女性が一瞬で魔法少女のようなフリフリの格好に変わったのだ。手にはステッキが握られている。
魔法少女ミラクル☆リリカはステッキを一振りして男の心に『奇跡』を起こさせた。
男は涙を流しながら亜梨沙を離す。そして、何処かへと去っていった。
「さあ、お母さんの元へ」
「ま、まほうしょうじょ……」
ミラクル☆リリカは亜梨沙に微笑み掛けて変身を解いた。そして亜梨沙が母親の方へ行ったのを見届けてからその場を去った。
以来、亜梨沙は魔法少女という存在に憧れた。
約10年後、亜梨沙は当時のことを母親に聞いたところ、男は自首して誘拐未遂犯として罪を償ったという。
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零が祖母と話をしてから翌日。
「やあ、鷺森君。いつもすまないね」
「長瀬さん……」
零はまたも校長室に呼ばれていた。そこには刑事の長瀬がいて、そして詩穂もいた。
例の案件についてはもう終わりだったはずだ。なのに詩穂がいることに零は首を傾げたかった。───実際には出来ないので、心の中ですることにした。
「…………」
取り敢えず、零は定位置に座った。どうやらそうすると詩穂の隣に座ることは避けられないようだが、それは仕方ない。
ただ、昨日見たあの存在が近くにいないことに一先ず安心した。
「おや? 鷺森君、何か不信感のような気配を感じるけど?」
「あ、いえ。何でもないですよ、大丈夫」
「うん。では話を始めようか。前回の一件で2人が協力すれば厄介者とされていた恋悟でさえ捕まえられるということがわかった。ということで、以前から少し問題……というか、よくわからないということで話題になっていることの解明をお願いしたくてね」
零は今度こそ本気で首を傾げたくなった。今まで扱ってきた案件から外れ過ぎている。
「話を切るようで申し訳ないんですけど、長瀬さん。恋悟の案件は自殺者がいたからです。重度の中二病患者が関わっているというだけのものなら、僕の専門外ですよ」
「そうかな? そうでもないと思うよ」
「何故です?」
「今回、特に誰かが対応したわけでもないのに、自首する形で治療を受ける重度の中二病患者が現れるようになってね。それだけならいいんだけど、皆一様にこう言うんだ」
「───魔法少女が『奇跡』を起こした」
部屋に沈黙が流れる。普通に聞いただけでは何かしら精神的に病んでしまっていたようにしか聞こえない。だが、皆が同じように精神を病むなんてことがあるのだろうか。
長瀬が零の顔を見てにやけている。
「どうだい、鷺森君。実に興味深いと思わないか?」
「どうでしょうね」
「……やけに非協力的だね」
「………」
零はチラリと詩穂を見た。一方、詩穂は真っ直ぐに零を見ている。
「その、魔法少女が本当にいたとして、それを捉えるのは専門外ですがそこまで導くのは、やってもいい……と思っています」
「わかった! それで決まりだ、黒山さんもいいかな?」
「ええ、それで。むしろ、その部分が鷺森君の力がないと困るところですからね」
「では、これを渡しておくよ」
長瀬はこの辺一帯の地図に赤い印が付けられたものを零に渡した。
「それは、治療を受けている人達から得た情報を地図に記したものだ。そこで魔法少女と遭遇した、と」
「……わかりました」
そこの残留思念を読み取れば、魔法少女の姿がわかるかもしれない。そういった期待を込めて渡されたのだと、零はわかっていた。
「進捗は報告します」
「うん、今回もよろしく頼むよ」
期待の眼差しを向けられた零は長瀬と校長に一礼してから、詩穂の前を行くようにして校長室を後にした。
廊下を並んで歩く2人。誘いを断った手前、零は少し気まずいと思っているが、不思議と詩穂はそうでもないようだ。
「鷺森君、地図に記された場所へはいつ行くつもり?」
「えっと、今日から少しずつ見ていくつもりだよ。黒山さんにも進捗状況は共有する。重度の中二病患者に関係しそうなら後は黒山さんにお任せするよ」
「……それなら、結局一緒にやった方が───」
「いや。昨日も言ったけど、それは出来ない。僕は君の足を引っ張る。だから、それぞれ対応すべきなんだ」
詩穂は至って真顔で零を見ている。だが、零は詩穂の顔を見ることが出来なかった。
「………」
そこからは何も会話を交わしていない。気付けば6組の教室に着いていた。チラリとだけ詩穂の方を見るが、彼女も話すことがないのかそのまま何も言わずに教室へと入っていた。
顔を見ることは出来ないのに、何故か去っていく背中だけは見ることが出来る。自分の席に座ったところを見てから、零も1組へと向かって歩き出した。
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零と潤がまともに話をできるのは昼休みだけだ。授業の合間にある休み時間でも話をすることは出来るが、時間が短いので意味のある会話はできない。
「今回はどんな案件だったんだ?」
弁当を広げながら潤が零に問う。潤は零が校長室に呼ばれているのを知っているし、どういう理由で呼ばれているのかも大体わかる。それ故に、クラスメイトからその理由を問われることがあるが、潤はいつも「わからん」と冷たく突っぱねているだけだ。
そんなことを知らない零はいつもの調子で潤の質問に答えた。
「潤なら知っているんじゃない? 魔法少女の話」
「ああ、自首してきた何人かが『奇跡』を起こしたとかなんとか証言しているやつか。魔法少女の正体はわからんが、俺達のように無力化しているだけだから放っておいてもいいだろうと思っていたんだがな」
「長瀬さんはそれが気になるらしい。今まではそんなこと言ってこなかったんだけど、恋悟の件で可能性を感じたみたいだね」
「また、黒山と組むつもりか?」
「いや、昨日も今日もちゃんと断ったよ。……僕には組めるだけの資格はないからね」
「…………」
潤が恐れているのは、零がまた無力感に打ちのめされることだ。零の能力は潤達とは違った意味で必要な能力だ。それを発揮できなくなるのは宝の持ち腐れであり、無力感に打ちのめされた零を見るのはもう嫌だった。
だから、黒山の誘いを断ったと聞いて少し安心したが、今回の件についても危険がないとは言い切れない。先程とは少し違って単純に零の身を案じた。
「いつも言っているが、何かあったらすぐに言え」
「わかっているよ、潤」
2人は微笑みを交わし、そして昼食の弁当を食べ始めた。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
今回の章。娣子という字を使ってます。基本的に男でも女でも弟子と書きますが、女の場合は強調して娣という字を使う場合もあるそうです。
魔女の弟子、という概念は昔からありますが、魔法少女の弟子って少し面白いと思いませんか? 次回以降もお楽しみに!
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!