猶予と我儘
すみません、ちょっと短めです……。
冬休みを明けて1週間程度は何となく新年・新学期を迎えて長き休みに恋焦がれる日々が続くが、普通に土日の休みに戻ってしまえばそのような感覚も薄まる。
同じように零と弓美の奇妙な一つ屋根の下生活も少しずつ慣れてきてはいるものの、やはり同い年の女子と同居するというのは落ち着かない部分もある。特に入浴以降なんかはそうなのだが、零にとって奇妙なのはもう一つある。
それは、この世ならざるものを祓いに行く時、弓美も一緒だということだ。考えてみれば、弓美には戦う力がない。鷺森家の当主になったとて、歴代の当主はおろか、零のように戦うことすら出来ないだろう。
しかし、戦う力は無くとも支援する力は右に出る者がいない。そもそも、こういったことを生業としている人達は同業者に対して支援する力を持つことなどほとんど無駄だと言えるので競争相手がいない。そのお陰で、零の仕事が今までよりも格段に楽なのは間違いないだろう。
零は弓美の支援能力の高さに舌を巻いていたが、それは弓美も同じようだった。
「零。男子なのにこれだけやれるのすごいね」
「えっ……まあ、一族で男子なのに戦う人はいないだろうし。それに僕のこれは所詮模倣だから、本物には敵わない。僕としてはむしろ、弓美さんのサポートがありがたいよ」
弓美の支援能力にはそこまでの派手さがない。ただ零の後ろで祈っているだけのものではあるが、攻撃に付与される霊力が段違いなのである。今までは何かと技を使って連続攻撃を入れないといけなかったものが、一刀両断で呆気なく終わってしまうのだ。
零の模倣と弓美の祈りで歴代当主にようやく並べたと言っても過言ではないだろう。
「でも、零の力は分家に受け入れられないかも。姉さんはあまり掟とかしきたりに拘らない人だけど、むしろそういうのは分家の方が厳しいから、零の力を知ったら怒りだす……と思う」
「…………」
実際に零の力を見たのは、本家姉妹の他に鷺盛の焔だけだ。焔も正直なところ、戸惑っていたものの責めるようなことは言わなかったし、思ってもいなかった。
「もしかして、私と零の結婚は、二人で一人前を認めさせるためなのかも」
「あ、うん……確かにそうかも」
零は弓美のことが嫌いではないし、異性として見ていないわけでもない。しかし、無自覚にも零のハートを掴んでいるのは亜梨沙だ。弓美との結婚という本家の思惑がチラつく度に、どうしても亜梨沙の顔が零の脳裏に浮かぶのだ。
「だけど、僕は───」
「わかってる、結婚したくないって言いたいんでしょう」
「…………」
零は無言で頷く。前を歩いていた弓美の足が止まり、振り向くと彼女の顔が月明かりで照らされた。彼女はとても真剣な顔をしている。
「零。そんなことを言ってる場合?」
「え?」
「私だって好き好んで結婚するわけじゃない。むしろ、本家に戻ったとしても、別の結婚相手が当てがわれるだけ。それは零も一緒でしょう? 私との結婚を拒んだとしても、鷺森家を正しい形に戻すためには、また別の誰かと結婚しなきゃならない」
「僕は別に、鷺森家を守らなきゃならないなんて思ってない。婆ちゃんだってわかってくれると思ってる」
「確かに霰さんは零の言っていることを聞き入れてくれるかもしれない。でもそれは、今まで育ててきてくれた霰さんに対して裏切りじゃない? 鷺森家に恩返ししたいなら、運命を受け入れて家を守るべき」
零は自身の運命を弓美が勝手に決めているようで少しムッとした。だが、祖父母への恩返しという話になった時、弓美の言っていることが正しいと思ったし、運命を受け入れる弓美の強さに心から尊敬した。
「───でも僕は、やはり受け入れられないよ」
「能力は大したものだけど、心は子供なのね。……どちらにせよ、零にはまだ二年の猶予がある。その間にちゃんと覚悟を決めておいた方がいい」
弓美の発言は単なる零への忠告だというわけではなかった。そこにはまだ二年もの猶予がある零に対する羨ましさと一方で自分にはもう既に猶予が失われていることに対する嘆きが含まれており、かなり複雑なものとなっている。
弓美はそれっきり何も言うことなく家に向かって歩き出した。
零は、この年始で自身の運命が変えられてしまったようで少しばかり矛先のない怒りを感じながら弓美と並ぶように歩いた。
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それから間も無く、ある日の放課後に詩穂は珍しく呼び出しをくらっていた。
呼ばれている場所は校内敷地内でもなければ、どこかの商業施設でもない。重度の中二病患者を追い、無力化することをしている者ならわかる、とある商業エリアの路地裏だ。基本的にそこには進入できないようにバリケードが張られているが、先述したようなタイプの人間であれば、能力を使って易々と飛び越えられるような場所だった。
詩穂がそこに向かうと、腕を組んでいたのは潤だった。詩穂が来たのに気付くと、腕を組むのをやめた。
「───すまないな、急に呼び出して」
「別に構わないけど。神田川君が私を呼び出すなんてとても珍しいわね。てっきり嫌われているのだと思ったのだけれど?」
「その認識は間違いじゃない。だが、そんなことを言っていられる場合では無さそうだ」
「どういうことかしら?」
詩穂が訝しげな表情を浮かべて潤を見る。そんな潤は躊躇うことなく本題に入った。