強力なこの世ならざるもの
すみません、久々の更新となります!
『ああ、やっぱり見えてるんだ?』
「!?」
弓美にとって意外なことに『はつ』の方から話しかけてきた。少女のようなその姿の裏にはいくつものこの世ならざるものを取り込んできた証として、弓美も命の危機を感じるほどに悪き霊力で溢れていた。
『鷺森の関係者なんでしょ? 見えないわけないよね』
「あの、えっと……。黒山さん」
「何かしら?」
「黒山さんには、彼女が見えているの……?」
「彼女? ああ、姉さんのこと? もちろん」
「ね、姉さん!?」
弓美は詩穂の事情を何も知らない。『はつ』と詩穂は似ていないが姉妹であり、お互いに離れられない精神状態なのかと推測した。
聞き返した声色から弓美が勘違いしているのだと詩穂は悟ったので訂正した。
「姉さんといっても実の……というわけではないわ。私が生まれた時から一緒にいてくれる存在で」
そこまで言って詩穂はふと思った。弓美は重度の中二病について知っているのか。超能力についても同様だ。特に『はつ』は超能力の使い方を教えてくれた存在なので、超能力の存在について理解がなければ話ができない。
結局、詩穂は濁すことにした。
「───私に色々教えてくれた存在よ」
「そう……なんだ」
詩穂は純粋に『はつ』を慕っている。話を聞く限りは何も害がないように思えるが、弓美は知っている。どんなに善良に見えたとしても、所詮はこの世ならざるもの。何か企みがあって詩穂に優しくしているのだと。
『お家柄、私の存在が放っておけないのはわかるよ。でも安心しな、私は詩穂に危害を加えたりしないからさ』
「……何が狙いなんですか? この世ならざるものである以上、現世で生きる人間が妬ましいはず」
『大体はそうなんだろうね。でも私は違う。私がここに居続ける理由は憎しみなのさ』
「憎しみ……?」
『そう、憎しみ。───異能という才能を理解せず、排斥しようとする輩への、ね』
弓美には『はつ』と戦う気はない。そもそも弓美には戦うだけの力がないからだ。そして『はつ』の思わぬ本音は少しハッとさせられる話だった。弓美もまた、能力を見てもらえずに忌み子というだけで排斥を望まれた存在だ。
今の弓美にはこれ以上何も言えない。時計を確認した詩穂の「急がないと授業に遅れるわ」という一言でようやく足を動かすことができた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
零が教室に戻ると、席に座っていた潤がジッと戻ってきた零を見ていた。その視線に気付いた零が潤の方へ寄ると、潤は困ったように笑った。
「随分と、混沌した状況になったな」
「うん、まあね」
「それで、黒山達の気は静まったのか?」
潤にも亜梨沙と同様に冬休み中に起こったことを教えてある。そして昼休みに行われた会合においても「行ってこい」と零に言っていた。
「黒山さんはいつも通りだけど、亜梨沙さんも何とか落ち着いてくれたかな。まさか、弓美さんが黒山さんと同じクラスになるとは思っていなかったけど」
「黒山と同じクラスということは、学力がかなり高いんだな。流石は本家、といったところか?」
「そうだね。うちとは違ってかなり厳しそうだったし……」
「どうあれ、今後もやはりお前の行動次第だと俺は思うぞ? まさか、家のために本家の娘を嫁に迎えるつもりはないよな?」
「弓美さんのことが嫌だってわけじゃないけど、僕だって家の都合で結婚相手が決められるなんて嫌だよ」
「だよな。それならいい。ただ、お前を育てた祖父母に報いたいという思いがあるならそれも理解は出来る。中途半端な真似だけはするなよ?」
「うん」
零本人が自覚しているところではないが、零の目前には3つの道がある。
一つは、詩穂の相棒となって重度の中二病患者と戦うこと。しかし潤はそれに反対している。
二つ目は、亜梨沙と付き合って普通の学生として生きていくこと。
三つ目は、本家の意向を受け入れて弓美と結婚すること。それには当然、現時点でも弓美以外の女子と付き合うことは許されない。
選ぶなら一つの道。二兎を追ってしまえば幸せになれない。だから潤は「中途半端な真似をするな」と言ったのだ。
零にも今は何となくわかっている。しかし、自分がどう行動すべきなのかはあまりはっきりとしていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
零は先に家へ帰ったが、弓美は後になって帰ってきた。少し性格がキツイところもあるが、友達付き合いは良いらしい。夕食時に聞いた話では、京都からの転入生というステータスに興味を持ったクラスメイトが「歓迎会をする!」と言い出し、ボウリングやらゲームセンターやらに引っ張られたらしい。
しかし弓美は全く嫌ではないようで、零にとっては意外なことに「楽しかった」と言っていた。入学当時よりクラスに在籍していた詩穂よりもよっぽどクラスに馴染んでいた。
夕食を食べて終えた後、零が部屋に戻るとノックする音が聞こえたので顔を出すと、そこには弓美がいた。夕飯時とは打って変わって真剣な表情で零をジッと見る。
「え、どうしたの?」
「零、少し話がある。中に入っていい?」
「ああ、うん」
廊下で立ち話するには寒い。暖房器具がある部屋の中で話すのは何もおかしなことはない。部屋の中に入って弓美は一言「どういうこと?」と零に質問した。
「何が?」
「何が? じゃない。黒山さんに憑いていたこの世ならざるもののこと」
「ああ『はつ』とか言ったかな。弓美さんも見たんだ?」
「やっぱり知ってたのね。どうして放置してたの?」
「弓美さんも見たならわかるだろう? 僕の力ではアレに勝てない」
邪魔をするなと脅迫された日のことを思い出す。零はそれ以外でこの世ならざるものに対して恐れを抱いたことはないが、どうしても『はつ』だけには恐れを抱かずにいられなかった。
「夏に姉さんが言ってた。鷺森が担当している地域には、とてつもなく強いこの世ならざるものの気配がするって」
「夏……?」
「冬は各家がうちに集まるけど、夏は本家が各家にお邪魔するから、そのときに感じたみたい」
「あー、なるほど」
それは鷺森露から梨々香を救い出すために戦った時だ。確かにあの時、霰からは家にいないよう言われていた。そして車で去っていく梓と目が合った。
「姉さんには私から報告する……けど、いくら姉さんでもあの存在には勝てないかもしれない。梓弓があったところで難しい……」
「今のところ『はつ』は何も危害を加えてきていない。無駄に挑んで命を散らしてしまったら元も子もない。今はそっとしておくべきだろうと僕は思う」
「それには同感。でも、何とか対策は立てないといけない」
それだけ話して弓美は零の部屋を後にした。去っていく弓美に対して零は何も言わなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日曜日になると、鷺森家に珍しく客人があった。家のインターホンが鳴ったので零が玄関を開けると、そこには沙菜が立っていた。
「やあ、沙菜さん。迷わずに来れた?」
「当たり前でしょ。鷺森って言ったら、この界隈だと有名な家よ」
「そ、そうなんだ。まあ、上がってよ」
「お邪魔します」
沙菜は礼儀正しく鷺森家に上がり込む。
落武者との戦いを終えた後でも零は変わらずに道場で剣術を磨いている。沙菜も零の家柄を知ってからは、剣術を磨こうとすることに否定的な意見を言うことはなかった。
さて、何故に沙菜が鷺森家に来たかというと、零に用があったわけではなく零の祖父に用があったのだ。沙菜は零が鷺森家の人間だと知り、祖父の弟が鷺森家へ婿入りしたということを知るや「合わせて欲しい」と頼み込んだのだ。
そして今日、それが実現する。沙菜はこの日が楽しみでならなかった。
零の案内で座敷へ向かうと、そこには誰もいなかったがあらかじめストーブが焚いてあり、おかげで部屋は暖かい。奥側へと案内されて座ると、すぐに零は祖父を呼んだ。
祖父が座敷へやってくると、沙菜はすぐに立ち上がって挨拶をする。
「は、初めまして。北見沙菜と申します」
「こんにちは。しばらく見ないうちに大きくなったね」
零の祖父が意外なことを言ってきたので、沙菜は目を丸くして驚いた。
「えっ、お会いしたこと、ありましたっけ?」
「君が1〜2歳の頃だったかな。兄貴に言われて北見家へ少しだけ里帰りしたことがあったんだ。そこて一度会ったんだ。憶えてなくても当然だけど」
「そうだったんですね。あっ、これ、心ばかりのものですが……」
沙菜は礼儀正しくお菓子を持ってきていた。紙袋からお菓子を取り出すと、それを零の祖父に渡した。
「お心遣いありがとうございます。若いのに礼儀正しいね。そんなに気を使わなくても大丈夫だから」
そこには零も同席していたが、祖父はとてもニコニコしていた。兄の孫に会えるということで実は祖父も楽しみにしていたのだ。
ご無沙汰しております。
なかなか書けなくなってしまったうちに8月となりました。
生活環境が変わったということで、以前よりも自由な時間が減ってしまったように思えます。
部屋もみるみる汚くなっていきます。片付けしようにもやる気がおきず、休日になれば起きるのがしんどい。
どうにか今作は書き切りたいと思っていますが、夏風陽向というアマチュア小説家は、書くのをやめようかと思っているところにあります。
嫌になったとかそういうのじゃなくて、この先書けるだけの時間を設けられるかというところにあります。時間を切り詰めてまで書こうとするだけの気概がないだけなのかもしれませんが。
完結できるようにできるだけ更新はしていきたいと思います。
どうか最後までお付き合いいただけますよう、心からお願い申し上げます。