桃なりの警告
桃は何の迷いもなく廊下を進んでいく。遅れないよう零もついていくが、現代の本家でも桃が迷わないことに違和感を覚えた。
しかし、それを口にすることは得策でない。無意味に音や声を立てて怪しまれてしまえば、どんなに嘘を吐いたところで部屋に戻るしかない。モヤモヤする気持ちを抑え、黙って歩き続けた。
やがて桃は本家の自室がある方へと進んでいった。その先は分家当主でも滅多に立ち入ることのない場所であり、梓や弓美の部屋へと続く廊下だ。ここには零も足を踏み入れているので何となく道はわかる。
『………』
桃は廊下の途中で突然止まり、壁を指差した。零には桃が「何を差しているのか」がわからなかったが、示された通りに触れてみると、そこは壁の割にかなり柔らかかった。むしろ、壁に見せかけてそこには布が吊るしてあったという形になる。
絶妙にぴったり垂れているので、零はそこに入れると気付かなかった。桃に促されるまま布を避けて入っていくが、そこはすぐに階段となっており、一段ずつ丁寧に降りていった。
階段こそは暗く殆ど見えなかったが、下は何本かの蝋燭に火が灯してあり、少しばかり明るい。この光景にデジャヴを感じた零は一生懸命考えると、そこはいつか夢で見たことのある鷺森家の地下とかなり似ていた。それはつまり、ここが「当主しか入ることを許されていない場所」である可能性が高いということである。
桃に促されるまま、奥へと進むが、零はこの場所にある「悪臭」を感じて思わず鼻を押さえた。
「なに……この臭い……?」
『この臭いの原因こそ、うちが出てきた理由』
桃の後を追っていくうちに零はあることに気が付いた。
それは床が室内という割にはとても汚れているということだ。悪臭の原因は更に奥からのようではあるが、上の階との大きな差がこの地下をより不気味にしていた。
「───こ、これは!?」
奥地で零が見つけたもの。それは骨である。バラバラであればよく観察しない限りはそれが何の骨かわからないだろうが、ちゃんと『人の形』をして収められているので、一目でそれが人骨だとわかってしまう。
しかもその人骨は一人分だけではない。10体か20体はいるだろう。最早これは事件である。
『これが誰の骨か、わかる?』
「い、いや」
『才覚を持たん親戚たち。零、気をつけんとこうなるよ?』
「そんな……こんなことが……!?」
桃の話が本当なのであれば、鷺守家に連なる分家は「男である」というだけで始末されるということだ。しかし零は知っている。自分の曾祖父。つまり鷺森露は始末されずに天命を全うした。
「ま、待ってください。でも、僕の曾祖父はこんなふうになってません!」
『ああ、長女がいない場合は霊的な才覚を持った嫁を迎え入れることになっとる。ただそれは長男側にも多少なりとも才覚がある場合だけ』
そういった意味では零もそうだろう。性格には澪から無理やり当主の力を受け継いだからなのであるが。
「じゃ、じゃあ僕は関係ないですよね。どうして僕にこれを───」
零が桃に意図を問おうとした瞬間、地下へ降りてくる足跡が聞こえてきた。不規則に聞こえてくるので間違いなく二人以上なのだが、ここに立ち入ってるのを見つかるわけにはいかない。
『見つかったらあかん。隠れえ』
そういって桃が指差したのは雛壇のような場所だ。そこに掛かっている布はお世辞にも綺麗だとは言い難いが、そんなことを気にしている場合ではない。
零は急いでその布をめくって中に入り隠れる。どこかしらから覗けばきっと視線で気付かれてしまうだろう。外が気になるところではあるがグッと堪え、声だけを聞くことにした。
次第に足音が近付くと声も聞こえてくる。どうやらここへやってきたのは梓と楔のようだ。
「残念と言うべきか幸いと言うべきか、零さんはこの世ならざるものに対抗するだけの力を持ってます」
「うん。原初の忌み子ともまともに戦えるだけの戦力、か……。それほどまでの力を男子が持つなんて、未だかつてなかったはず……?」
「そうですね。流石は霰さんのお孫さんであり、澪さんの御子息といったところでしょうね」
「弓美は何と?」
弓美は殆ど零の力の正体を見破っている。それを母と姉に報告しているはずだが、それを考えると心拍数が上がってしまう。
しかし、梓が口にした言葉は意外なものだった。
「弓美にもわからないそうです。弓美がわからないということは、私達が認識している力とは少し異なった力なのかもしれません。───いずれにしても、零さんを結界の礎にするのは勿体無い。もっと別の使い道があります」
「別の使い道?」
「ええ、弓美を嫁に行かせましょう。少々例外的ではありますが、森の家は弓美を当主に二人でこの世ならざるものに対抗する。二人の間に女の子が授かれば森の家も元の形に戻りましょう」
「弓美が当主に……か。うん、それがいいでしょう」
零としてはこの話も十分に心拍数が上がる内容だ。弓美のことは別に嫌いではないが、恋愛対象として見れるわけではない。一方で、亜梨沙との関係がある。まさか結婚まで想定した付き合い方はしていないし、そもそも恋人同士だって言い張れるほどにはっきりした関係ではない。それでもこの話は零にとってかなり困る話だ。
そんな零の事情など露知らず、楔が「そやかて」と話を続ける。
「結界の礎更新問題は解決しとらん。他に候補があればええけど」
「……まだ、差し迫ってではないところが不幸中の幸いでしょうか」
「はぁ。女やないと当主になれんと言っときながら、結局は男も必要。けったいな結界」
今までの話し方からは全く想像できない程に楔の話し方には方言が出ていた。ところが、零はそこに驚く余裕もないほどに本家親子の会話内容が残酷で身勝手だった。
思えば、弓美が倒れた時も警察を呼ばなかったのは無論、鷺守家としての尊厳もあったのだろうが、地下の存在が発覚するのを恐れたのではないか。
零はどうしてもそうとしか思えなかった。
梓と楔は少しの間だけ結界の礎を眺めた後、すぐにこの場を引き返した。足音が遠ざかっていくのを確かめて零は隠れていた場所から出た。
「結界の礎って……?」
『ん』
桃が顎でさすその先にはやはり人骨があった。しかし、他の風化しかけた人骨とは違ってその人骨には装いがされている。まるで神主のような姿をした人骨が結界の礎だと一目でわかった。
「よくみれば大人だけじゃない。僕よりも小さい骨さえある……。これが本家の力の正体……?」
『ここに閉じ込められた者は皆、お前さんが泊まっとった部屋にいた者。才能なければ、あそこに鎮座するのはお前さんだったかもなぁ』
桃は激しく嫌悪感を抱くような顔で結界の礎を見ながら吐き捨てるようにそう言った。そこには何か悔恨のような感情も出ているように感じる。
『ほな、部屋に行こか。ああならんよう、せいぜいおきばりやす』
そう言うと、桃は再び出入り口の方へと進み出したので零も後に続く。辺りを観察してみると、結界に必要な場所というだけでなく、どうやら当主が訓練したり武器を選んだりする場所でもあるようだ。地下はある程度分かれ道があるようであり、様々な形の武器が置いてある場所が少しだけ見えた。
とても好奇心を煽る光景ではあったが、ここに長居するわけにはいかない。零は精一杯警戒して気配を探りながらも、また来た道を辿って部屋に戻った。
部屋に戻ると、桃は何も言うことなく去っていた。結局のところ、本家の闇の部分を桃は伝えたかったのかもしれない。正直なところ、とてもじゃなく梓に対してこれまで通りに接することができる自信がない。
スリッパについた汚れをある程度洗い流した後、零は浅い眠りに意識を持っていかれたのだった。