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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
狼狽する鷺の家
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梓弓

 桃は異常な速さで弓美へと向かう。梓と焔は「間を抜かれた」という形となっており、流石に間に合わない。



「弓美!!」



 今までに聞いたことがないほどの大声で梓が名前を呼ぶ。しかし、防衛手段を持たない弓美にはどうすることもできない。

 零はやむを得ず、ピンク色の携帯電話を刀の形に変え、弓美の前に立って桃の攻撃を防いだ。



「ぐっ!」


「……!」



 零が弓美を庇った姿を見て呆けている梓ではない。すぐさま桃に追い付き、一太刀入れた。



『ぐぅっ!』



 桃が少し苦しそうな声をあげる。しかし、流石は原初の忌み子だというだけあって、束ねている負の感情が厚過ぎる。梓の攻撃といえども、あまり効果的な一撃ではなかった。



「流石に一筋縄ではいきませんね。やはり本気を出す必要がありそうです」



 梓は他の三人にも聞こえるようにそう言った。それから少しだけ零を凝視した後、試すように問いかける。



「零さん。焔さんと協力して、少しだけ時間を稼いでいただけますか?」


「わ、わかった!」



 零は焔と肩を並べて桃と相対する。しかし、この時点での桃としては純粋に戦う気はあまりなかった。



『焔、零。二人とも、これでいいの?』


「何が?」



 焔は黙っているので零が聞き返す。すると、桃は鼻で笑って答える。



『焔は忌み子を殺し、自分が本家当主の妹になることを願ってるし、零はそもそもやる気なんてない』



 零にとってその発言は図星だ。確かに桃は原初の忌み子として負の感情を溜め過ぎている。鷺森の役割で考えれば、彼女を葬るべきだろう。

 しかし、現時点に至るきっかけとなった過去を見てしまった以上、ただ葬るだけでは桃が哀れ過ぎる。どうしても零には桃を葬るだけの決心ができなかった。


 一方、焔は桃の発言に対して何も揺らいでいなかった。確かに一度は桃に誑かされて弓美の命を狙ったが、それによって梓が悲しむとあらば、自分の意思に反する。



「勘違いも甚だしいですね。確かに弓美さんは忌み子であり、今も生きているのは掟に反しています。ですが、それによって梓様がお元気でいられるのでしたら、もう掟にこだわる必要もありません」



 焔は少しの間だけ梓と同じ時間を過ごすことで諭された。弓美は血の繋がった妹ではあるが、分家の次期当主達も同じように姉妹であるということを。

 妹だと思ってもらえているのであれば、焔の心は満たされる。つまりはもう、焔にとって桃は「葬るべき存在」でしかないということである。



「零さん、やれますか?」


「あ……うん!」



 零は歳下の女の子に鼓舞されたような気がした。情けないとも思いつつ、気持ちが昂ってくる。

 ただ、今の状態では焔の足を引っ張ってしまうだろう。黄零が使えれば一番良いが、亜梨沙がいなければ使えない。となれば、今使える技を使うしかない。


 ストックの中から永久に消えない能力を呼び出す。この世ならざるものが相手でも十分に通用する能力。



「止めよう『青零』」



 そう呟いた瞬間、零の周りで冷たい風が吹き荒れる。刀は氷の軍刀へと姿を変えた。



「ゆくぞ!」


「え、ええ……」



 焔には目の前で何が起きたのかわからなかったので少しばかり固まってしまったが、青零のビシッとした声を聞いてすぐに桃へと集中した。



『この……役立たずどもめ!』



 桃はそう吐き捨てて素早く前進する。血に塗れた長い爪を青零に向かって振り下ろすが、青零は氷の軍刀でそれを受け止める。氷の軍刀に触れた爪はその部分が凍てついた。


 桃が驚くよりも早く、青零は追撃を与える。横に薙いだ軍刀の刃から無数の氷の礫が射出されて桃に当たる。細かい氷の礫を中心に氷は広がり、桃の体が凍てついていく。



『ぐっ!』



 桃が氷を振り解く隙に焔の攻撃が襲う。無数の突きが炎を宿しており、その炎は桃に移る。



『ぐあっ!』




 桃は霊力を放出して炎と氷を弾き飛ばした。お返しと言わんばかりに、闇の鳥が二人に襲い掛かった。


 零と焔はそれを各々処理していく。しかし、闇の鳥達を切るだけでは足りない。その間にも桃本体が襲いかかって来るのだ。



「焔ちゃん」


「はい!」



 焔の足元が盛り上がって氷の台が顔を出す。その勢いを利用して焔は飛び上がり、上から清炎の雨を桃諸共闇の鳥達に向けて放った。


 闇の鳥達は消え失せ、そのまま降下する力を利用して桃に襲い掛かる。当然、桃はそれを回避しようとするが、足元が凍りついてしまっており、反応が遅れた。


 やむを得ず、桃はバリアを頭上に展開して焔を迎え打つ。清火の槍とバリアがぶつかり合い、霊力の火花が散った。



「はあああ!」


『おおおお!』



 桃はバリアの強度を上げる。しかし、焔も槍の炎を強める。その間、青零は下から桃を凍てつかせていく。

 しかし、桃は追い詰められた瞬間に霊力を全開にして青零と焔の攻撃を跳ね返した。その威力は絶大であり、吹き飛ばされた焔は体勢を崩すことなく着地することに精一杯だった。


 すぐさま青零は焔のフォローに入る。桃の追撃を分厚い氷で防ぎ、そこに氷の針を吹き出させたことで桃は距離を取った。



「流石は原初の忌み子。これ程までとは」


「そうですね。ですが───」



 焔がよそ見をしたので、青零もその視線を追う。その先では神々しく輝く梓が弓を構えて桃を狙っていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 焔と青零が桃と戦っている間に梓は本気を出す準備に取り掛かった。



「弓美!」


「はい、姉さん」



 二人はその場で同時に祈り始めた。二人の霊力が混ざり合って形を成す。見た目はなんの変哲もない木で出来た弓が出来上がったが、それは二人の霊力によって作られた『梓弓』だ。


 梓はゆっくりと目を開けて、出来上がった梓弓を掴む。弓を叩いて音を鳴らすことで、鷺守家の初代当主が持っていた力をその身に宿し、絶大な力を得る。


 青零と焔が桃との距離を取ったその瞬間を狙い、梓は梓弓を放った。


 矢はない。弾丸のような圧縮された霊力が放たれ、桃に直撃した。



『ぎゃああああ!』



 今までの攻撃とは比べ物にならないほどの威力を梓弓は発揮した。その一撃だけで桃は断末魔を上げた。


 梓弓の霊力は桃に対してのみ効果があったわけではない。溢れた霊力が青零と焔にも降り注ぎ、力が込み上がってきた。



「行きますよ、零さん」


「ああ」



 焔は一点集中で槍を素早く前に出した。聖なる火が爆発し、桃に対して更なるダメージを与える。

 一方、青零はその能力が解かれて『現』が満月のように光る。それは黄零とも異なる力で、どちらかといえば正装を纏って霊力が増強された時に近い。


 零は何も考えることなく、ただ感じたままに刀を振り下ろした。敵を葬る拒絶的な一撃ではなく、まるでこの世ならざるものという存在を憐れむような一撃。しかしそれが決定打となり、桃は断末魔と一緒に霧散した。



「ふう」



 梓が短く息を吐いて能力を解く。弓美も祈りをやめて立ちあがろうにも上手く力が入らないようでふらついた。

 そうなることくらい、梓には予想が出来ていた。だからすぐに弓美のそばへ寄って彼女を支えた。



「零さん、焔さん。お疲れ様でした。何とか原初の忌み子を鎮めることができました」


「鎮める……? 見た感じだと葬られたように見えたけど」



 零が突っ込むと梓は首を横に振った。祠を見ながら困ったように真相を語る。



「残念ながら、あの程度では葬ることなど出来ません。実のところ、この長い歴史の中で原初の忌み子は何度も暴れては倒されています。まさか私の代でこれが起きるとは思っていませんでしたが」


「そ、そうなんだ」



 原初の忌み子……桃のタフさに零は少しばかり嫌気がさした。しかし、桃は完全に悪いこの世ならざるものというわけではないので、どちらかといえば同情の念が強かった。



「どうあれ、終わったことに変わりはありません。皆さん戻りましょう」



 梓が帰還を宣言したので焔は元気よく「はい!」と言って歩き出す。その後を零もついていこうとするが、梓の一言で零は弓美をおぶって戻ることとなった。

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