「また、学校で」
その後、食事を運んでくれたりと詩穂は零に世話を焼いた。1人にされると心細いのは確かなのだが、ここまで世話を焼いてもらうと、それはそれで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
零にとって意外なことに詩穂は殆どの時間を零と一緒にいた。実は単純にやることがないだけで、詩穂にとっても零と一緒にいるのは単純に退屈しのぎとしては悪くないものだった。
「ところで……」
「ん?」
詩穂は他愛無い会話の途中で気になったことがあったのか、少し改まって零に質問をした。
「鷺森君の武装型ってどうなっているのかしら? 刀という形以外にもあるの?」
「あー……」
零は左手で後頭部を軽く掻きながら、どこから話したものか困りつつ質問に答える。
「妖刀の方はどちらかというと、重度の中二病とは別って感じなのかな。本来、携帯電話を通じて残留思念と話せる能力の武装型は『呼び出し』にあるんだ」
「呼び出し……?」
「うん。妖刀で切った相手の能力を吸い取って自分の力にする……けど、一回使うと消えちゃうから使い所が大事なんだよね」
「私の超能力と『漆黒』が混ぜ合わさって力を使えるように、鷺森君も霊能力と重度の中二病が混ぜ合わさって複雑な使い方が出来るということかしら?」
「ん? うーん、まあ、そんな感じ……じゃないかな。というか、黒山さんは超能力者だったんだ?」
「ええ。───言ってなかったかしら?」
「初耳だと思う。……じゃあ、物を浮かしたり出来るのかな?」
「勿論」
詩穂は零が使っていたコップを指差すと、そのコップが浮かび上がった。中の水が揺れているだけでコップそのものは垂直に持ち上がった。
「おお、すごい! 超能力者って本当にいたんだね!」
「私からすれば、鷺森君のような能力も驚きなのだけれど……」
超能力の披露で喜んで貰えたことが照れ臭かったのか、詩穂は照れ隠しでそんな返し方をした。とはいえ事実、詩穂は零の能力に驚いていた。
零はチラッと時計を見て時間を確認する。時刻は午後11時を過ぎている。この部屋には零と詩穂の2人しかいないが、その状況が逆に不健全な気がしてきてしまった。
「黒山さん、そろそろ遅いから休まない? 黒山さんだって今日は頑張ったんだから疲れたでしょ?」
詩穂も時計を確認する。思っていたより時間が進んでいて少しばかり驚いていた。
「ええ、そうね。それではおやすみなさい、鷺森君」
「うん、おやすみ。黒山さん」
詩穂は部屋を後にしてすぐ隣の部屋へと入った音が聞こえた。壁1つを隔てているとはいえ、何だかソワソワしてしまう程には零も健全だった。
その直後、フラッシュバックするように1人の女子が脳裏に浮かぶ。考えてみれば、女子の近くで休むことだなんて初めてのことではない。
かつて一緒に戦った相棒。彼女の勝気な笑顔を思い出しながら、零は眠りについた。
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慣れない場所だったからか、零はいつもより早く目が覚めた。夏だということもあって午前5時でも僅かに外は明るくなり始めている。
起き上がると昨日よりかは痛みが比較的マシになっていた。とはいえ、腕や足の筋肉痛はひどく、動く度に痛みを感じる。
「っつー……! うう、トイレトイレ……」
廊下に出てトイレへ向かう。昨日はトイレの前まで詩穂に支えられながら行ったが、ちゃんと場所は覚えていたし1人でも行くことが出来た。
その後、取り敢えず部屋に戻る。今日は月曜日なので学校の支度をしなければならない。
「あ、何も持ってきてないんだった……」
零がどうしようか悩んでいると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。「どうぞー」と答えると、私服姿の詩穂が入ってきた。
「おはよう、鷺森君。ちゃんと休めたかしら?」
「ああ、おはよう。うん、お陰様で休めたよ」
「それは良かったわ。……さて、今日からまた学校なのだけれど、お互いに一旦家に帰りましょう。休むにせよ支度するせよ、帰らないことにはどうにもならないもの」
「そうだね。……ところで、歩いて帰れる距離?」
「いいえ。だから送りをお願いしたわ。鷺森君さえ良ければ、すぐにも出るけれど?」
「わかった。忘れ物だけ確認して出発しよう」
2人はそう決めて荷物を確認してから部屋を後にした。布団などの片付けが零は気になったが、そこはここの管理人がやってくれるようだ。
「それでは行きましょう」
「うん」
乗り込んだ車は軽自動車だった。運転手を含めて3人だけの移動なのだから、これで十分だ。
そもそも高校生である2人はそんな事気にしてはいないのだが。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「おう」
零が挨拶をして後部座席に乗り込むと、気さくな返事が返ってきた。
送りを担当してくれた人は零にとって知らない中年の男だった。
車内では誰も話をしない。詩穂は元々あまり喋らない性格だし、運転手も気を遣っているのか何も聞こうとしない。
少しばかり居心地が悪い空間をどうにかしようという思いと、純粋な疑問が浮かんできて零はそれを運転手に聞いてみることにした。
「あの、運転を担当してくれる方はどういう基準で決まっているんですか?」
「うーん、近くにいてすぐ対応出来る人だな。詩穂ちゃんは人使いが荒くて困ってる」
中年の男は冗談混じりでそう言って笑った。零が横目で詩穂を見ると、いつも通りの冷たい目線をルームミラーに向けていた。
「仕事なのですから、文句を言わないでください」
「───な? これだもん」
中年の男はまたも笑った。高校1年生の女の子にそんなことを言われる中年が面白くて零も小さく笑った。
「まあ、今回はあの恋悟を捕まえるのに貢献したんだから、確かにこんなことくらいで文句は言えねーよなぁ。俺たちは本当に感謝してるんだぜ、少年?」
「……僕は大して何も出来ませんでしたけど」
「そんなことはねーさ。1人の自殺から恋悟まで辿り着くだなんてそうそう出来るもんじゃーねー。実際、重度の中二病患者を相手してる青少年達にも出来やしねー」
「…………」
高く評価されているのだと、零は感じた。
だが零の能力はそんな彼等と肩を並べられるものではない。恋悟が強敵だったとはいえ、やはり重度の中二病患者と戦うには力が足りていないし、向いていない。
むしろ、無力感を感じることの方が自身の能力に対する正しい評価なのだと零は思っている。
「そういや少年、潤と仲良いんだってな?」
「ああ、はい。潤とは幼馴染でして」
「ほー。あいつと組んだら敵無しなんじゃねーの? どう思う詩穂ちゃん?」
中年の男は興味本位でそう聞いたが、質問をされた詩穂は冷静に答えた。
「確かにそうかもしれない。けど、神田川君がそうしなかったのは何か理由があるのでしょう」
その時、零は心の中で「ギクッ」という音がしたのを聞いた。詩穂の言う通り、潤が零を巻き込まないのには理由があり、それは零のことを思ってなのだということも零は知っている。
「───と、話している間に目的地だ。じゃーな、少年」
「ありがとうございました」
零はそう言って車を降りる。ドアを閉めようとしたら、詩穂がまた意外なことを口にした。
「鷺森君……また、学校で」
「うん、お世話になりました」
零は笑顔で答えて扉を閉める。詩穂は特に手を振るようなこともせず、前だけ向いて車は発進した。
家の方を見ると、既に祖父母は起きているようで灯りが点いていた。
「ただいま!」
そうして零は「何事もなかったかのように」帰宅の挨拶をして、祖父母と朝食を共にした。
読んで下さりありがとうございます! 夏風陽向です。
戦闘シーンはしばらく無いと思いますが、この章はもう2週間くらいは続く気がしてます。
今回は意外と筆が進んだ感じです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!