原初の忌み子
使用人が迎えに来るということはない。目的地は外庭の一角にある。ただ単純に玄関へ集合するよう梓から指示があったのでそこへ向かうだけのことである。
いつもなら零も正装を纏うところではあるが、生憎と持ってきていない。そもそも、鷺森家に課せられた役割を今は零が担っていることは秘密にしなければならないので持ってきたとしても着るわけにはいかなかっただろう。
零が玄関に辿り着くと、梓、弓美、焔は既に待機していた。梓の正装は既に見ているが、焔の正装はまるで炎をイメージしたような柄であった。燃え盛る下品な炎ではなく、全てを清める美しい炎だ。
一方、弓美も装いが異なっていた。梓や焔のような派手さはないが、巫女服に近い装いだ。鷺守の一族に伝わる服装というよりかは、祖父の実家でもあり、沙菜の家でもある北見家の正装に近い。
そんな三人に零は思わず見惚れてしまった。
「わぁ……」
思わず出てしまった感嘆の声を梓は聞き逃すことなく「くすくす」と笑った。
「零さん、そんなに見られると弓美が恥ずかしがってしまいますよ」
「ね、姉さん……!」
零は梓にそう言われて「はっ」としたが、どうやら彼女の言うことは正しかったらしい。弓美は梓を目で責めながら、零に対して恥ずかしがって横を向いていた。
「さて、そろそろ行くとしましょうか。焔さんを戦闘に歩き、次に私。零さんは弓美と後ろからついてきてください」
「わかっ……承知しました」
思わずタメ口で答えそうになった零だが、焔の視線が気になって言葉を直した。焔は梓のことになると反応が過激になってしまうが、零のことは嫌っていない。むしろ好感に思っているくらいではあるので、梓に対して言葉遣いを直した零を見て満足そうに頷いた。
零もすぐに外履きへと履き替えて外に出る。流石にまだ年を明けたばかりとなるとかなり冷え込む。梓と焔の正装はいくつか着物を着込んでいるものなので、比較的軽量化されているとはいえ、寒さにはそこそこ強い。
一方、弓美はそこまで着込んでいるというわけではないので身を震わせた。
「───弓美さん、到着まではこれを羽織って」
零はそう言って自分のコートを弓美に羽織らせた。弓美は困惑しながらも上目遣いで零に問う。
「え、いいの?」
「うん。弓美さん、寒そうだったし」
「それは零も一緒でしょ?」
「僕は……寒さに慣れているから平気だよ。少し前に比べたらまだまだ温かい方だから」
「…………?」
零は少しだけ忘れかけていた『代償』のことを思い出していた。亜梨沙に出会う前までは、ピンク色の携帯電話を通じた能力を使用すると、その代償として零の体感温度は急激に下がる。夏でもコートを羽織ってようやく耐えられるくらいだったので、それに比べたら今の寒さは易しいものである。
無論、弓美には零が何を言っているのか理解できなかった。しかし今はジトっとした目を向けるよりも、好意に甘えるのが吉だと判断した。
「……ありがとう」
「うん」
零が笑顔を向けると、弓美は照れ隠しに顔を背けた。
そのやり取りを聞いていた梓がまたしても「ふふ」と笑う。
「2人とも、知らないうちにとても仲良しになっていますね」
「ね、姉さん!」
弓美は咄嗟に「そんなことない!」と言おうとした。しかし、他の親戚との仲を考えたら確かに零は良い方……どころか、唯一仲の良いといっても過言ではない程だ。それを考えれば否定できない。
そしてそれは梓としてもとても嬉しいことだった。
三人がそんなほのぼのとしたやりとりをしているが、進んでいる先は明かりが殆どない。今はスマホのライト機能を使って正面を照らしているので見てているが、竹藪に囲まれているということもあって、お世辞にも雰囲気が良いとは言えない。
そんな中でもほのぼのとした空気を出しているのだから、三人はまともな神経を持ち合わせていないと言えるだろう。
だが、焔だけは冷静に警戒しながら前を進んでいた。この世ならざるものの気配はどんどん強くなっていく。やがて焔がピタリと足を止めた。
「梓様……そろそろ」
「そうですね」
それは忌み子の祠がすぐそこにあるということである。
「では行きましょう」
梓がそう言った直後、弓美は零にコートを返す。いよいよ戦闘が始まるのだ。
準備が整ってから祠へと向かっていく。慎重に進んでいたが、いよいよ元凶たるこの世ならざるものと遭遇した。
遭遇したこの世ならざるものは髪の長い女性の姿をしていた。四人は霊力を感じ取る力があるので、この暗闇でも相手の姿が僅かに光って見えている。
気配で四人が近付いたのを察したのか、空を見上げていた相手がゆっくりと四人の方を向き、微笑で焔に語り掛ける。
『焔、しくじったか』
「…….はい」
申し訳なさそうな姿を見せることなく、焔は冷静に答える。どうやら相手による精神干渉は受けていないらしい。
『それで、揃いも揃ってここへ来たのは私を滅するためか』
「───お話中、失礼ですが」
普段なら絶対に相手が話し終えるまで待つ梓だが、この世ならざるものが相手なので容赦なく割って入った。相手は鋭い横目で梓を見るだけだが、むしろ急に話したように思えた零の方が驚いてしまった。
「焔さんを使って弓美を狙ったのは、あなたでしょうか?」
『その通りだ、と言ったら?』
「斬ります」
梓はそう言ってすぐに剣を鞘から引き抜いた。その剣は鷺森家の刀とは異なって、草薙剣のような形状をしていた。人を斬るにはあまり向いてなさそうなのでぱっと見は威力がなさそうだが、霊力を把握できる力を持つ者からすれば、その宝剣がどれだけ力を有しているか認識しきれないのがわかるのである。
一方、相手は梓の宝剣を見ても笑っただけだ。彼女は梓が鷺守家の現当主であることを知っている。ここにいるメンバーの焔以外は相手に対して初見だったが、相手は梓と弓美のことをずっと見ていたのだ。
『ちゃんと掟の通りに忌み子を殺してりゃぁウチが化けて出ることも無い。掟を破って生かすことなど、歴代の忌み子が許さんし、原初の忌み子としても許せん』
「そうですか。ならば、滅します」
梓は一瞬で原初の忌み子との距離を詰めると、宝剣を振り下ろした。その剣術は零の知る型とはかなり異なっていたが、鮮やかなものであった。まるで流れ星のような一撃が降り掛かるが、忌み子は霊力のバリアだけでその攻撃を弾き返した。
『…………』
先程までの饒舌さと打って変わり、無言で梓を睨む。それが不気味さと恐ろしさをより強く演出している。
「梓様!」
すかさず焔が『清火の槍』でカバーに入る。目にも止まらぬ速さで何度も突くが、原初の忌み子は容易く弾いてしまう。梓と焔で隙を見せない連続攻撃を食らわせるが、それでもバリアを破ることができない。
「キャッ!」
焔の短い悲鳴が聞こえる。どうやら隙を突かれて攻撃されたらしい。神通力を使って後方に軽く飛ばされていた。
「流石に一筋縄ではいきませんね」
梓の息は上がっていないが、焔は僅かに息が上がっている。攻撃が届かず、おまけに神通力で遠距離攻撃をされるのであれば、無鉄砲に責め続けるわけにもいかない。
『……お前らにはわからんだろな』
原初の忌み子がぼやく。その声は微かなようでもあるが、三人の耳には届いている。(零には姿が見えているが、聲は聞こえていない)
何かしら話をしているのだと零も認識し、ここにきてようやくピンク色の携帯電話で通話を繋げた。
『ウチは別に、最初から忌み子なんて言われとらんかった。ただ、姉よりも力を持っただけでこの扱い……』
それは憎悪というよりも、妬みである。しかしその妬みは力となって大きくなる。殺された忌み子達の無念が増強し、原初の忌み子の力となる。
その霊力は3人を圧倒したが、零だけは別の気配を感じた。妬みと無念が残留思念となって零の目の前に広がっている。