忌み子の説
梓と焔の準備には少し時間が掛かる。わざわざ近くにいなくても、零は梓と連絡先を交換しているので準備が整い次第、梓の方から連絡することができるだろうと考え、一度祖母と合流することにした。
祖父母がいる部屋の前に来た零は扉をノックする。すると、すぐに祖父が顔を出した。
「おお、誰かと思えば零か。どうした?」
「うん。一度、今の状況を婆ちゃんに話しておこうと思って。婆ちゃんはいる?」
「ああ。中に入れ」
零は祖父に誘われて部屋の中に入っていく。祖母は座椅子に座り、老眼鏡を掛けて何やら書物を読んでいたが、孫の姿を確認して読書を中断した。
「おお、零。大体のことは楔からも聞いてる。犯人がわかったそうだな」
「うん。ただ、焔ちゃんも操られて事件を起こした可能性が高いと見てる。どうやら忌み子の祠に近付いたから、操られたらしい。これから梓さん、弓美さん、焔ちゃんと一緒に祠へ向かい、この世ならざるものとなった忌み子を祓おうってことになった」
「ふむ……」
霰は険しい顔で零の話を最後まで聞いた後、老眼鏡を外して机の上に置いた。
「忌み子の祠……か。次期当主ともあろう者があのような場所に近付くとはな」
「僕にはあまり理解できないけど、焔ちゃんは梓さんを崇拝している一方、実の妹である弓美さんを煙たく思ってるようだ」
「まあ、双子の片割れは忌み子だからな。今もなお、風習が根付いている家ほど良く思わないだろう」
「だけどさ、婆ちゃん。双子の妹が忌み子ってどういうこと?」
「んー……」
零に質問を受けた霰は少し唸った。彼女の中にある知識を披露するだけなら造作もないことではあるが、霰も直接見たことがあるわけではないので「それを真実」として伝えるか迷ってしまったのだ。
結果、隠しても仕方のないことだと思い切り、零に話をした。
「双子……というのは、一卵性と二卵性がある。それは知ってるな?」
「うん」
「梓と弓美の場合は見ての通りに二卵性だ。いくら風習だといえども、殺害してしまうのは法律にも触れるということもあり、現在まで生かされている」
「二卵性であることと、違法になるからってこと?」
「そうだ。かつては二卵性でも忌み子と言われていたが、それは先代である母から栄養と共に貰い受ける霊力の才が分けられてしまうからだと考えられていたからだ。無論、それが一卵性となればより弊害となるだろう」
「ん? でもそれって、生まれたら結局は一緒だよね? わざわざ生まれた後に殺してしまう必要あったのかな?」
「ふふ、零はなかなかに残酷な質問の仕方をするな。今でこそ、それが勝手な解釈だと思えるが、母から譲り受ける霊力の才は、片割れの命が失われた時、本来あるべきだった場所に移ると考えられていた。まあ、魂の行き先と似たようなもんだな」
「…………」
零は思わず言葉を失ってしまった。
今まで、様々な人の死に際を残留思念で見てきた。それはどれも残酷なものではあったが、忌み子の話はあまりにもいい加減な残酷さだったので背筋が冷えてきてしまった。
どうやらそれは霰も察したらしい。フォローになるかは微妙なところではあるが、自嘲気味に言葉を付け足した。
「ま、私はそんなの見たことないがな。そういった意味では、本当に双子の片割れを殺める風習があったのかさえ確実ではない」
「でも祠があるということは」
「ああ、あったんだろうな。私もあそこには近付いたことがない。存在は知っていたがな。ただあそこは本家が分家を関わらせようとしなかった程、やばい場所であることは間違いない」
そんな場所に孫が行こうというのだ。普通の祖母であれば、猛烈に反対するところだろう。実際、祖父は零の話を聞いて小声で「正気か」と呟いていた。
しかし、祖母の霰は険しい顔をしているけれども反対しそうな気配はない。ただ頷いただけだ。
「梓が一緒なら安心だ。お前はあまり矢面に立たず、援護に回るくらいでいいだろう」
「梓さんって本家の当主だからやっぱり強い?」
「あの歳で本家の当主だからな。あの子は才能があり、努力家だ。私とてあの子には敵わん」
梓が聞いたらそれは謙遜だと思ったことだろう。しかし、霰は本当にそう思っているのだ。自身が他の分家よりも優っていた自負はあったが、そんな霰から見ても梓という才能の塊には近い将来に追い抜かれるだろうと思った。
「とはいえ、いつも通りに油断するなよ。今のところはそこまでお前の能力が知れ渡っていないが、男子でありながらそこまで能力を持つのは、本家は無論、分家としても異例のことだからな。あまり人目に触れる使い方をするなよ?」
「ああ、うん」
零は霰からの忠告を聞いて、ふと思い出したことがあった。それは弓美が言っていた一言に由来している。
「そういえば、僕の霊力はこの世ならざるものに近いそうだけど、オーラはお母さんにそっくりだと言われたんだ」
「なんだと? それは誰から言われた?」
「え、弓美さん」
霰は先程とは打って変わって驚愕の顔に変わっていた。霰には霊力を感じる力があってもオーラを感じる力はない。故に弓美が発したというその一言は、言ってしまえば「霰が知らなかったこと」ということになる。弓美の発言が意味する真実は、霰にとってかなり都合の悪いことであるかもしれない。
「零、今の話は絶対に他者にするなよ」
「え?」
「気付いているかもしれないが、もしも澪がお前に力を渡していたのであれば……。それは前代未聞の大事件だ」
本来、当主は代々女性のみ継ぐことができる決まりとなっている。それに合わせて、この世ならざるものと戦うための才覚は女の子のみに与えられていた。
それは現代においても同じだ。澪には才覚が授けられたので霰は澪に力を譲ったが、一方では澪の子供である零には才覚が宿っていなかった。霰も零を引き取った際に残留思念を見る力が発現していて驚いた程である。
しかし、それが澪により譲られた力であり、男子に譲ったが故に中途半端でなおかつ、形が変わってしまったとあれば大問題である。
「うん、わかったよ。婆ちゃん」
「私達の間でもその話は避けるべきだろうな」
微妙な空気になってしまったので、梓からまだ連絡はないが零は祖父母の部屋を後にして自室へと戻って待機することにした。去っていく孫の姿を見届けた祖父は霰の方をじっと見る。
「ん、どうかしたか?」
「零を行かせて良かったのか? 実績は確かにあるが……今回もいつも通りにいくとは……」
祖父は祖父で祠に対して並々ならぬ警戒心を抱いている。可能ならそんなところに次期当主でもない零を行かせたくなかったが、祖母である霰は「愚問」と言わんばかりに鼻で笑った。
「零の力に関する件は置いておくとして、次世代はちゃんと育っている。かつて私達がそうしてもらったように、今は私達があの子達を見守り、無事を祈ろう」
祖父は黙って頷き、扉の方を見た。
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零は自室に戻った後、亜梨沙に対してSNSで返信をした。余裕ができた時だけ返してはいたが、少しだけ時間が開いてしまった。
現在の状況を概要だけ伝えているが、亜梨沙の反応はあまり好感触ではない。むしろ、本家のことであり次期当主でもない零は本件について関わるべきではないというのが亜梨沙の見解だった。
無論、亜梨沙の言うことが正しいと零も思っている。だが、亜梨沙が困っている人のために魔法少女となって戦うのと同じように、零も自身の力は必要な時に発揮してこそ価値があると考えている。今回もその考えに則っただけのことだ。
亜梨沙からもすぐには返信がない。ベッドで仰向けに寝転んで天井を見つめながら、祖母との話について考える。
そうしているうちに睡魔が襲ってきたが、半分寝掛けているうちにスマホが鳴ったので画面を見ると、そこには梓から準備完了の通知が来ていた。