忌み子戦前の打ち合わせ
「弓美さんは当主じゃないにしても、僕の霊力を感じれたようにこの世ならざるものの気配も感じれるんだよね?」
「うん」
弓美は霊力を持ち合わせているが、それを攻撃に転用する技術を身につけていない。だから普段は「見えないふり」をして、梓に目撃を報告している。
それは中庭で既にした話だ。零は一応再確認したという形であるが、だからこそ気になった点がある。
「弓美さんはその忌み子の祠って近付いたことあるの? こういっては何だけど、本家の姉妹が今回の元凶に気付いていれば、こんなことになってないのでは?」
「…………」
弓美は静かに首を横へ振った。
「近付いたことはある……けど、夜中はない。そもそも禁止されてるから。私的には、むしろ焔さんが近付いたことが意外」
「そうなんだ。まあ、確かにそれは焔ちゃんにも言えることではあるね」
分家の次期当主を唆すくらいの存在だ。霊力を持つ人間であれば、近づいたとしても気付いて離れることが出来たはずだ。
それにも関わらず、焔はなぜ、自ら近付くような真似をしたのか。
そんなことを少し考えたが、零はすぐに首を横に振って考えるのをやめた。そんなことは考えても仕方がないことだ。
全ては夜になって忌み子の祠へ行けば答えがわかるはず。
自分の中でそう結論付けた直後、零は弓美にじっと見られていることに気付いた。
「うん? どうかした?」
「……零から見えるオーラ、どこかで見たことあるような気がしてずっと考えていたんだけど思い出した」
「ん? オーラ? 霊力と何か違うの?」
「基本的には霊力とオーラってイメージが一致するんだけど、零は霊力がこの世ならざるものに似ているのに、オーラは実力者と似た感じ。それでそれが、澪さんだってことを思い出した」
「え? お母さんと似てる?」
「うん。小さい頃、一度見ただけだからあんまり思い出せなかったけど、他の分家とは違う、凛とした強さのあるオーラだったから印象深い」
「そう、なんだ……」
弓美にそう言われたが、零はそれが自分のオーラだとは思えなかった。それは本当に澪のオーラであり、あの事後の日に残留思念を見ることができる力と一緒に与えられたものだ。
それが事実ではあるものの残念ながら零にそんな記憶は全くない。しかし、考えられるのはそれだけだ。少しだけ複雑そうに頷いた零だった。
死んだ母親の名前を出してしまったことに弓美は申し訳なく思った。きっとそれが不快だったことは想像に難くないが、素直に謝れる性格ではない。
結局、何でもないような学校の話を少しだけした後、弓美は疲れたのか静かになってしまった。無言でスマホを弄っているうちに気付けば夜になっており、梓によって二人は呼ばれた。
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夕食は昨晩のように全員で摂ったわけではないらしい。どうやら手間ではあるが、使用人を通じて各部屋に弁当を届けたようであり、わざわざ他の分家と懇親しながら弁当を食べようという酔狂な者はいなかった。
弓美が襲われたことについて犯人の判明はアナウンスされたものの、それが誰なのかまでは名誉を守るためにアナウンスされていない。未だ分家同士が疑心暗鬼でいる中、犯人を判別するための情報交換を持ち掛けようとする分家も現れたが、めざとく察知した霰がそういった動きを抑制させたことで魔女狩りじみたことが起こらずに済んだ。
さて、そんな中で零はというと、祖父母と合流して夕食を摂らなかった。二人が心配していないというわけではないが、今まで数々の案件を対応してきた孫の実績が信頼へと繋がっている。
零、梓、弓美、焔の四人が応接間で静かに夕食を摂った後、この後に関することを梓が説明しだした。
「食事を終えたことですし、これからの話をします」
梓の発言を遮る者はいない。三人とも、梓の言葉に耳を傾けた。
「おおよその方針は先刻お伝えしました通り、忌み子の祠へ向かい焔さんを唆したこの世ならざるものを祓います」
焔は結果として唆されたわけだが、本人にその自覚はない。よってこの世ならざるものとはいえ、鷺守家に連なる者なわけなので、祓うことにかなり消極的だった。ただ、梓の意向に背くのは望むところではない。頷くこともなく、ただ無言で話を聞いていただけだ。
一方、戦力ではないはずの弓美が強い使命感を抱いているかのように強く頷いた。
それが零にとっては不思議でならなかった。
「ちょっと待って? 弓美さんは一緒に行くと危険じゃない?」
率直に疑問をした瞬間、焔にきつく睨まれたので思わず背筋に冷たい汗が流れた。一体何が気に入らなかったかと考えるまでもなく、先ほどまで黙っていた焔は食ってかかるように口を開いた。
「零さん! 梓様に対して何て無礼な口を!」
「…………」
二人きりではタメ口を許す梓でも、今この場では零を庇わなかった。本音は「気にしなくていい」と言いたいところではあるが、焔は鷺盛家の次期当主であるし、零も鷺森家次期当主の伴侶とならなくてはならない。この場所でそれを許すのは後々の運営に関わると梓は判断したのだ。
急に指摘されたものだから零も何か言い返すようなことができなかった。少しの間だけ沈黙が続いた後、梓が話を再開させた。
「───話を続けます。零さんは先程、弓美を連れて行くのは危険だと仰いましたが、結論から言うとそんなことはありません。……確かに弓美は単独だと戦う力を有していませんが、私達のような能力者と組めば最高の戦力となります」
これには焔も目を丸くしていた。彼女からすれば、弓美は忌み子であり、何の力も持たない「特別に生かされている弱者」という認識だからだ。
「いくら梓様のご発言でも、俄には信じられません」
これが焔の偽らざる本音である。それを聞いて梓は困ったように微笑を浮かべた。
「まあ、そうでしょうね。弓美の力は私と母しか知りませんから。他の分家当主に話せば揉めること間違いなしですので、この話は他言無用でお願いします」
異議申し立てる者は誰一人としていない。
「話を戻しますね。相手の戦力がどれだけのものなのかが把握出来ていないので油断できないですが、勝てない相手ではないと思っています」
そう言いながら梓は零をじっと見た。零自身はその視線の意図がわからなかったが、梓としては鷺森家周辺に感じる「はつ」の反応を思い出していたのだ。いくら本家当主といえども、あの存在に勝てるという確証は今のところない。
「今から行っても時刻はまだ早いでしょう。私と焔さんは正装に着替えて準備をします」
「しかし梓様。私はまだ当主ではなく正装に袖を通したことはありません」
鷺盛家はまだ焔ではなく母が現役として戦っている。焔は梓がそれを失念しているのではと思ったのだ。
「ご安心ください。確かに、焔さんのご自宅にある正装を纏うことは出来ないですね。しかし、都合の良いことに本家ではまだ分家が派生していく前に使用されていたとされる衣装が残っており、それは緊急時に使用できるよう手入れがされています。焔さんにはそちらを」
「わかりました!」
焔の顔色がわかりやすく明るくなった。それを見た梓が今度は優しく微笑む。
「私と焔さんは準備で忙しくなるので、弓美には手伝いを願います。零さんは時が来るまでお部屋で待機をお願いします。出発のタイミングでご連絡いたします」
零と梓は既に連絡先を交換している。それを使って連絡するだろうと零は察したので、ただ無言で頷く。
「それでは早速準備に入りましょう」
正装を纏う前にまずは身を清める必要がある。ここから先を男が立ち入るわけにはいかないので、零はすぐに立ち上がって応接間を後にした。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
春になりましたね。花粉のせいで余計にストレスを抱える日々です。
さて、この春で私の生活環境が変わり、先週は少し短めの更新となってしまいました。
申し訳ございません。
全く更新しないよりかはマシだと思っていますが、読んでくださる皆様に「物足りない」と思われる場面も多くなるかもしれません。
ご了承いただき、それでもなお、今後も応援くださると幸いです。
よろしくお願いいたします。