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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
狼狽する鷺の家
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本家の意思統一

 零は一人っ子なので完璧な同情はできなかったが、身内が狙われた怒りなら共感することができる。よって、普段は澄ました顔をしている梓が怒りを表してきても驚きがなかった。


 真顔でじっと見られていることに気が付いた梓は「はっ」となった。



「ごめんなさい……見苦しいところをお見せしました……」


「いや、見苦しくなんてないよ。自分の身内が……ましてや、弓美さんみたいに優しい女の子が狙われたとあれば僕でもそうなる」


「あら、弓美のことをご存知ですの?」


「うん、まあ。さっき会議をやってる間、中庭で少し話をしたんだ。少し人見知りする感じはあるなって思ったけど、内面の優しさがすごく伝わってきたよ」


「……ええ。あの子はとても優しい。私なんかよりも可憐な女の子です」



 遠い目をしながら梓はそう言った。根拠となる思い出が一瞬のうちに思い出され、梓の胸は熱くなる。



「取り乱してしまいましたが、弓美を助けてくれたことに感謝申し上げます。……犯人が見つかったわけではないので安心は出来ませんが」


「…………」



 零はうんともすんとも言えなかった。弓美を助けることが出来たとはいえ、弓美を呪った犯人が見つかったわけではない。それはつまり、これからも狙われる危険性があるということなのだが、これから帰る予定となっている零にはあれこれ言う資格などなかった。



「ちなみにですが、零さんは犯人に心当たりがあったりしますか?」


「え? いやだって、僕が弓美さんと関わったのは中庭でだけだよ。その間に狙われていたわけではないだろうし、僕にはわからないよ」


「では、時間さえあれば犯人を糾弾することができますね?」


「……僕は別に探偵ってわけじゃないんだけど」


「ですが、警察に協力してあらゆる難事件を解決に導いてますよね?」


「えっ!」



 零は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、一方で梓は笑顔で指摘していた。その笑顔は分家達に見せる本家当主の笑顔ではない。奥底に隠していた黒い部分を少しばかり表面に出した恐るべき笑みだ。寒さのせいでもあるが、梓の恐ろしい笑みを前にして零の身体は震えた。



「私が何も知らないと思って? 詳しい話まではわからないにしても、零さんが何かしら特別な力を使って警察に協力していることは既知のことです」



 零が警察に協力しているのは、本当に限られた人間しか知らないことだ。例え純粋な推理力による解決だったとしても零の存在に妬む者達は「見えないところ」で零を誹謗中傷するだろう。ましてや、重度の中二病は15年前よりかは世間に知られているが、完全に浸透しているわけではない。むしろ浸透してしまったら、何も能力を持たない人達からすれば、その存在は恐怖そのものとなる。

 従って、零の貢献は殆ど(おおやけ)にしていない。


 本家となると、朝食の時に聞いた祖母の話を考えればこのくらい調べることは容易だろう。しかし、零の貢献に合わせて重度の中二病という存在までは調べられなかったのだとすると、その存在を教えてしまったのは零の失態だと言えるだろう。


 ともあれ、ここまで知られてしまっては首を縦に振るしかない。



「……確かに、時間があれば犯人を見つけることはできる。でも糾弾できるだけの証拠を見つけられるかどうかは別の問題だよ。重度の中二病による犯行は形ある証拠を残し難い」


「いえいえ、犯人がわかればそれで良いのです。何も警察に突き出そうというわけではないのです。それに先程、零さんは治療法があると仰っていましたね? 犯人には治療を受けてもらうことにします。絶対に」



 それは確固たる意志がある本家当主の顔だった。犯人を見つけ出した後の考えが梓にはある。最早、零には協力する以外の道はない、が……。



「でも僕、この後帰らないとだよね? 他の分家だって帰るだろうし、とても犯人探しする時間はないと思うけど」


「一泊程度であれば、足止めが出来ると思います。今も分家の皆様には大広間で待っていただいておりますし……。本日の日暮れまでが、タイムリミットといったところでしょうね」


「日暮れまで、か」



 時刻はちょうど午後になったところだ。本来であればここで解散して各々どこかで昼食を摂って帰るところなので、まだ時間はある。



「だけど、昼食はどうする? 昼食だけじゃなくて夕飯もだ。流石に今からだと準備が間に合わないんじゃ?」


「そこは人脈で何とかできます。この犯人探しの為であれば、母も協力を惜しまないでしょう。私は母に説明した後、分家の皆様に指示を出します。後から私も合流しますが、零さんは調査を始めていてください」


「ちょっと待って。僕は犯行の場所さえ見れれば犯人が誰なのかわかるんだけど、梓さんも知っての通り、僕はここに来て一日と経っていない。流石にどこへ行けばいいのかすらわからないよ」


「成程、それもそうですね。でしたら弓美を一緒に行動させます。むしろ、母といるよりも零さんと一緒にいた方が対処もできますし安心でしょう。案内させることくらいなら、今の弓美にも出来ると思います」


「……わかった。でも弓美さんの体調を最優先するからね? 弓美さんが危なければ、捜査は中断するから」


「承知しました。では行動を開始しましょう」



 今の梓は、本家当主そのものだった。零もなかなか16歳にしては落ち着いている方ではあるが、梓はそれ以上だ。この歳にして本家当主となったのもわかると言える。


 一先ず、梓と零は部屋を後にして再び弓美の部屋へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 以前にも記したが、弓美の部屋は扉ではなく襖だった。つまり、零の部屋のようにノックするということが出来ないのである。

 その際、零はどうしたらいいのかをよく知らなかったが、梓は襖の前で跪くと、中を覗き見れない程度に襖を開けて「お母さん」とだけ言った。


 すると、部屋の中にいる楔は「入りなさい」と零達にも聞こえる声で言った。その言葉に従い梓が入っていくので零も後に続こうとしたが、梓は零を入れることなく襖を閉めた。


 それもそのはず、本家と分家……というわけではないが、純粋に弓美は布団の上で横たわっているのである。そんな身支度も整えていない無防備な状態を見ることなど無神経にも程があるというものである。


 それに気付いた零は、寒いけれども仕方なく廊下で待つことにした。



「それで、梓。犯人は?」


「残念ながら。しかし、霰さんのところの零さんなら犯人を見つけ出すことができるようです」


「……彼が探偵をやると?」


「探偵というわけではありません。が、俗に言う名探偵ばりの実績があるのは確認出来ています」


「成程」


「各分家の方は本日も泊まっていただこうと思っています。それに伴い、差し迫っては昼食の用意と夕食の手配が必要になります」


「わかりました。食事の都合は私の方で何とかしましょう。分家への指示は梓がするということでいいですね?」


「はい。それから、捜査するにしても零さんはこの家に詳しくない。そこで、助手として弓美を付けようと思っております」


「なっ!」



 分家を留めることに対する手筈は納得したが、弓美を動かそうということに楔は納得できなかった。その瞬間、少しばかり怒りに染まる。



「梓! 貴女、言っていることをわかっているのですか!?」


「ええ、勿論。弓美の体には異常がないというのですから問題はないでしょう。それに、いつまた狙われるかわからない状況で、相手の手口もわかっていないのですから、何があっても対処できる零さんの近くにいた方が安心だと私は考えています」


「……一理あります。しかし!」


「お母さん」



 言い返そうとした楔を止めたのは横たわっている弓美だった。彼女の顔色は先程よりもかなり良くなっている。心配する母の手を握って起き上がった。



「私も、誰かが助けてくれるのを待つんじゃなくて自分で行動したい。大丈夫、無理はしないから」


「弓美……わかりました。では、弓美も身なりを整えて零さんと捜査に当たりなさい。必ず犯人を取り押さえましょう」



 本家の意思は固まった。いよいよ本当に犯人探しが始まる瞬間だった。

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