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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
狼狽する鷺の家
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本家の謎

 不思議なことに零の中でもNOという答えはなかった。しかし、ここは京都。遠方からでは支援も何も出来ないだろう。


 零は頷きながらそのことについて質問する。



「わかった。でも、梓さんはここから離れるわけにはいかないよね? 実際、どうやって調べるの?」


「そうですねぇ。そこについて考えはありますが、それは後日にしましょう」



 梓は話し方の丁寧さとは似合わない、弾むように腰をあげた。お茶の缶を持ち、そのまま扉の前まで歩いて部屋を出ようとする。



「え、待って。僕達ってもう明日には帰るんじゃ?」



 零の疑問はもっともなものだ。今回、分家が本家に集まっているのは新年恒例の賀詞交歓会に出席するため。その会が終わった今、あとは翌日に帰るだけなのだ。


 梓が振り返って微笑む。揺れた髪からコンディショナーのいい香りがして、零の心は少しばかりドキッとしてしまった。



「霰さんから聞いていませんか? 賀詞交歓会も十分に大切な行事ではありますが……っと、タメ口の練習でしたね。行事ではあるんだけど、明日はちょっとした会議もあるの……よ」


「そ、そうなんだ。でもそれは梓さんも出る会議なんでしょ?」


「ふふ。まあ、いいでしょう? 明日になれば、また色々わかるわ」


「…………」



 これ以上、零には言えることがなかった。むしろ何か、祖父母を裏切ってしまっているようなことを隠れてやっている背徳感が冷たい汗となって零の背中に流れる。


 そんなこと気にもしない梓は、花に囲まれたような美しい微笑みのままで「おやすみなさい」とだけ告げて、そのまま零の部屋を後にした。


 その後、零はすぐに就寝すべく照明を消してベッドに入ったが、悶々として眠れなかったのは言うまでもない。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そのまま眠れずに朝を迎えることになるだろうと思っていたが、朝方に近くなっていくうちに眠ってしまったらしい。目覚ましのアラームなんかは掛けていなかったが、部屋の扉をノックする音で目が覚めた。


 本音を言えばもう少し寝ていたい。しかし、慣れない部屋のベッドでは微睡に誘われるだけの妖力を持っていない。寝た気がしないというところではあったが、ノックに応じて扉を開けた。


 そこにいたのは祖父だった。



「おはよう、零。朝食を食べに行くから準備をしなさい」


「うん、わかったよ」


「顔はあそこで洗える。だらしない姿のままでいるなよ?」


「うん」



 厳しいことを言う祖父だが、声色と表情はやはり優しかった。それよりも、祖父が指差した先にある水道は、梓が昨晩お茶を淹れる為に使った水道だ。必然的に昨晩のことが連想して思い出され、あの悶々とした気持ちが再び零の心を苦しめた。


 祖父も自分の部屋に戻って準備を進める。零は祖父の言うことに従って、タオルを持って水道へ向かい顔を洗った。冷たい水が少しばかり悶々とした気持ちを冷ましてくれたので、意識をそのままに自室へ戻って着替えを進めた。


 零の準備そのものはあまり時間が掛からない。むしろ、一番準備に時間が掛かるのは祖母だ。歳を重ねても女性は女性であり、本家や他の分家は所詮「一番近い他人」なので油断したようなすっぴんで出ていくわけにはいかなかった。

 その点において、実は祖父が小言を言ったことがある。あまりに女性の心を理解せぬ発言だったが故に、祖父は命を落とすことも覚悟した程、怒られたという。その話を零は祖父から聞いており、怒り狂う祖母の姿を見たくなかった零は祖父の警告と助言を素直に聞いているのだった。


 やがて準備が出来たのか、再びノックして零は呼ばれた。そこには祖父母と案内人の倉敷が待っていた。



「零。準備は出来たか? 行くよ」


「うん」



 祖母に言われて零は自室から出る。そのまま倉敷の案内に従って歩いていくと、案内された先は6畳ばかりの個室だった。そこには机が1つと椅子が3脚。机の上には和食に必要な食器が並べられていた。


 祖父母が自ら席を選んで座ったので、余った席に零も座る。すると倉敷はそこからいなくなり、代わりに女中が汁物を運んできてくれた後に、飯櫃(めしびつ)からご飯をご飯茶碗に盛り、祖母、祖父、零の順番に渡してから個室を後にして扉を閉めた。


 各々「いただきます」と言って朝食を食べ始める。二人が何も言わず、普通に食べているものだから、ついぞ零が口を開いた。



「なんか……本家ってあんまり家って感じがしないよね? どっちかっていうと、旅館みたいな」



 零の感想に祖父母が目を合わせる。祖母はあまり共感できなかったようだが、祖父が「確かにな」と返した。



「俺も正直、最初に来た時は驚いた。使用人がいる家ってこんな感じなんだなっと」


「使用人がいるってことは結構なお金持ちってことだよね? どうやって稼いでるのかな?」



 それは零の素朴な疑問だった。変な話、本家だろうと分家だろうとやっていることに差はないはずなのだ。であるならば、双方とも生活の水準もそんなに変わらないはずである。


 素朴な疑問に笑って答えたのは祖母だった。



「はっはっは、零。そもそもどうして分家があると思う?」


「そりゃ、各地に現れるこの世ならざるものを滅するためでしょ?」


「うーん、半分は正解だな。もう半分の答えは、結界のためだよ」


「結界?」



 祖母の発言は零にとって少し意外だった。何故なら、少なくとも零の知っている限りでは鷺森家にそのような技術はない。霊力を高める正装と代々伝わりし霊刀。そして剣術があるくらいなのである。



「結界と言っても目に見えるようなものではない。何となく感じれる程度のものだ。その結界はこの世とあの世の出入口を閉めるためのものだ。そういう出入口は案外色んなところにある」


「んー? んん?」



 零にとって「この世ならざるもの」とは場所の記憶が突然変異したものである。仮にこの世とあの世のを繋ぐ門があったとして、そこからこの世ならざるものが入ってくるとは思えない。

 そして本家と各分家を含め、この家がやるべきことは「この世ならざるもの」を滅することであって、一般的に言うところの幽霊とは関係がないはずだ。


 実のところ、祖母は零が混乱するのをわかっていてこの話をしていた。



「零は残留思念がこの世ならざるものになってしまうのは知ってるね?」


「ああ、うん。僕も見たことはあるし」


「うん。だけど、どうしてこの世ならざるものになってしまうかは知ってるか? 普通に考えて、所詮は目に見えない場所の記憶が何事もなく人々に危害を加える存在になるとは考えにくいだろう?」


「確かに。僕はてっきり、負の感情や記憶がそうさせるものだと思っていたよ」


「その認識も間違っていない。謂わば、負の感情が引き金であり、門から出る何かが弾丸といったところかな」


「門から出る何か?」


「それは私達にもわからん。だけど、それを最小限に抑えているのが結界で、それは各分家を線で結ぶと結界陣ができるというわけだな。分家は各地に現れるこの世ならざるものを滅しつつ結界陣を守るのが仕事なんだ」


「そんな役割もあったんだね。ところで、それと本家の富豪に何の関係が?」


「結界を維持することによって、人々はいつも通りの生活を営むことができる。範囲は日本全土なんだ。その報酬で本家は裕福なんだよ。ただまあ、そこには触れんでおいた方がいい。この世には知らない方がいいこともあるし、知ってはならないこともある」



 祖母はこれ以上、この件について話すことはなかったので、零も触れないようにした。

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