梓の推察
「え?」
今の零はまさに「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な顔をしていることだろう。学年について問われたことを含めれば、質問の二つ目がいきなりそれなのだ。それも先程まで両親のことを考えていたのだから、見透かされたような質問を受けてそんな反応になるのも無理はない。
しかし、梓は零の間抜けヅラを見ても動じることなくじっと零を見ている。すぐに零は「コホン」と軽く咳払いをしてから質問に答えた。
「交通事故だよ。僕と両親は夜、雨の中三人で歩いていて、そこで一台の車が僕達にぶつかってきたんだ。……僕はあの光景を今でも憶えてる」
それは零にとっても辛い記憶ではある。そして同時に初めてピンク色の携帯電話を使って残留思念と会話した瞬間でもある。ただ、そこに生前の母を見た記憶はないが。
それを語る零は誰が見ても「辛そう」と思うだろう。しかし、両親を失ったという話の割には動揺が少ない。「割り切ってしまった」と言ってしまえばそれまでの話だが、梓はどこか違和感を覚えていた。
「澪さんと旦那さんの訃報についてはその時に母から聞いていたので知っていました。交通事故で、というお話も伺っておりますが、その詳細については存じ上げておりませんでした」
今の梓は死因についての思考を優先しており、そのためについ先程課したはずの「タメ口練習」も忘れてしまっている。一方、零も意識が両親の死に向いたしまっていたので、敬語を指摘することもなかった。
「そ、そうなんだ」
「しかし、零さん。私は納得出来ないのです。あの澪さんが交通事故で亡くなられてしまうだなんて」
「……そりゃあ、誰だって近親者が交通事故に遭って死んだら納得できないよ」
「そうですね。ですが、私の申し上げたいことはそういうことではないのです」
「どういうこと?」
零からすれば、梓の言いたいことが全くわからない。わからないからこそ、彼女が何を言いたいのか純粋に気になった。
もし、彼女が何でもない「ただの同い年」であったなら零は不快に思ったかもしれない。しかし、彼女は他でもない本家の当主なのである。齢16にして当主をやっている程なのだから、不快に思わなかった。
むしろ、直後の発言は零の記憶を刺激する一言だった。
「私は、強大なこの世ならざるものの仕業だと考えています」
「……え?」
その推察は零に「事故で母が命を落とした直後、電話越しに何かを言っていた」という記憶を思い出させた。無論、その記憶は普段の中でも思い出されることがある。しかし、他人の発言によってその記憶が想起されたのは初めてのことだった。
一方、梓はその発言が「零にとって要領を得ないもの」だと直後になって気が付いた。
「あっ。零さんは、この世ならざるものと言われても何のことかわかりませんよね。一般的に言うと幽霊……悪霊や怨霊というのが近いと思います」
「あ、ああ……成程。で、でも、あそこはそういうスポットではないと思うんだけど」
「場所に依存するものが殆どではありますが、澪さんに限って言えば……いえ。霰さんの二代前と同様だと考えています……って、その辺の事情はご存知でしたか?」
「い、いや。鷺森家の祖先については知らない。僕は両親が死ぬまでは別の場所に住んでいたし……」
本当は知っていたが、ここでボロを出すわけにはいかない。この世ならざるものを知っているということは、その存在を感知することができるか、当主の話を信じるかである。ただ、零の母である澪は鷺森家に住んでいなかったし、そもそも両親が死ぬ前の苗字は鷺森でなく父方の姓を名乗っていたので、鷺森の責務に関わる全てを知らないはずである。
しかし、零が否定したことに対して梓は疑念を抱いた。というのも、今この時でさえ、零から「この世ならざるものに酷似した霊力」を感じるからだ。
「零さん」
「はい?」
「私、零さんからただならぬ霊力を感じています。そう、それはこの世ならざるものと近い霊力です。いくら高名な霊能力者であっても、この世と異なる場所から生まれし霊力を持つことは出来ません。あなたの身に一体何があったのです?」
「え、あー……」
零にとって想定外であったが、梓は「鷺森露によって植え付けられた霊力」を感じ取っていたのだ。その霊力は微弱であり、霰でさえ集中しなければ感じ取れない程である。そんな霰でもこれを看破されるとは思っていなかった。
「心霊スポットに近付いたから……かな? 幽霊なんて見なかったけど」
───というような具合で零は白を切ることにした。鷺森露との遭遇はこの世ならざるものの存在を知っていることが前提である。それをバラすわけにはいかない。
しかし、梓も食い下がる。
「だとすれば、祓ってあげる必要がありそうですね。そのような状態ではさぞ不運に遭われてしまうことでしょう」
「い、いや? そんなことはないよ、大丈夫」
梓にはその霊力が一種の呪いであるように感じていた。それを祓うことも梓にとっては仕事である。
だが、零はそれを承諾することなく断り、間髪入れずに話の方向性を修正した。
「そんなことより、僕の両親が婆ちゃんの二代前と死因が同じってどういうこと?」
「これは私の推察となりますが」
梓は零への関心より澪の死に関心を持って、すぐに切り替えて前置きをしてから推察を語る。
「霰さんの二代前である雫さんは、とても強大なこの世ならざるものとの戦いで命を落としたと聞き及んでおりますが、雫さんは鷺森家でも類稀なる力の持ち主。そしてそれは澪さんも同じ。澪さんも歴代の鷺森家当主と比較しても上位を争う……いえ、当家や他の分家を含んで比較したとしても上位を争うだけのお力を持っていました。つまり、澪さんは強大なこの世ならざるものに狙われていたのではないでしょうか」
「それが交通事故を誘発させて、僕の両親を?」
「ええ、私はそう考えています」
梓の言うこともあり得なくはないというのが零の率直な感想だ。並大抵のこの世ならざるものではそんなことは不可能だろうが、鷺森露が亜梨沙の師である梨々香を操っていたのを実際に見ている。彼と同等以上の力を持っているのであれば、梓の説だって十分にあり得る。
しかし、実際に交通事故を起こした人がどんな人でどうなったのかを零は知らない。いつか気になって祖母に聞いたこともあったが答えてはくれなかったので梓の説を裏付ける根拠はない。
「だけど、お母さんは鷺森家の当主を継がなかったって婆ちゃんに聞いた。当主でなければ、狙われることもないんじゃないかな?」
「逆の立場になって考えてみれば、自分を倒すかもしれない相手が目の前にいて武器を持っていなければその隙に倒すことを考えるでしょう。むしろ零さんはご自身も巻き込まれてしまった事故について、納得出来ているのですか?」
「納得? 納得はしてないけど……」
少し話し過ぎたと思った梓は零の顔を見ながらお茶を上品に飲む。一方、零も自分のお茶を啜った。やがて梓は湯呑みを机に置くと、先程よりもわずかに興奮したように目を輝かせて少し前屈みになった。
「納得されていないのであれば調べましょう! 無論、解明のためでしたら私はあらゆる手を惜しみなく使って支援いたします。零さん、いかがでしょうか?」
正直なところ、零がどのような答えを返そうが、梓の中で「再調査」というのは確定だった。既に「解明を目的としたあらゆる手」というのを実は既にこの時から使い始めていた。