緑の茶会
明けましておめでとうございます。
昨年一年も書いてこられたのは、私の作品を読んでくださる皆様のおかげでございます。
本年もどうかよろしくお願いいたします。
脱衣所にはこれから入浴しようとしている人がいたり、零より早く出て服を着ようとしている人などがいた。
しかしながら、その中で誰かと話すようなことはなかった。分家の中には、かつての鷺森露と同じように先代当主の実子であっても男であるが故に「当主の伴侶」となった人もいるが、零はそれを知らないし、相手も零がどういう存在なのかわからないから互いに人見知りしていたと言えるだろう。
零は早いところ寝巻きを着てしまってから備え付けのドライヤーで髪を乾かし、すぐに脱衣所を後にした。
帰りは倉敷の案内がない。いってしまえば「来た道を戻れば良い」というだけなので案内はいらない。来た道を思い出しながら寒い廊下を歩いていく。
途中、他の分家ともすれ違い、会釈だけをするが娘はもう零という存在に慣れたのか「おやすみなさい」と言ってくれたので、零も笑顔で挨拶を返して自室へと戻った。
夕食と入浴を済ませれば流石に亜梨沙からの返信はあった。亜梨沙には本家に着いてからの様子を送ったりしたのだが、古戸家のような普通の家からすれば鷺守家のような由緒正しい家に一定の憧れがあるようだった。よくわからないうちに巻き込まれている零からすれば、この状況は煩わしいことこの上ないのだが。
とはいえ、亜梨沙に対してそんな野暮ったいことを返したりはしない。夕飯や大浴場についてはまだ送っていないので、そういった物珍しい部分だけを送っておく。
「…………」
文字を打って送信した後、ベッドの上で仰向けになった零はスマホを横に置いて、代わりにピンク色の携帯電話を取り出した。
これは今や通信機能を失った情報機器ではあるが、零が能力を使う上で必要不可欠なものだ。最早周りでこのガラケーを知る者などいないが、充電が必要だという意味では今のスマホと変わらない。これも不思議な力で動いてくれれば良いものだが、残念ながらそうはいかなかった。
零は取り敢えず、ピンク色の携帯電話を先に充電することにした。スマホも充電が切れては困るが、そちらはまだバッテリーが保つ。一方、ピンク色の携帯電話はあまりバッテリーの質が良くない。これはこれで充電が切れると困るのだ。
ピンク色の携帯電話を眺め、零は母親のことを考える。
思えば零は両親を失う前までは年末年始を父方の実家で過ごしたり、鷺森家で過ごしたりでその年によって異なっていた。どちらにせよ祖父母の家に行けるのは楽しみだったのであまり気にしていなかったが、確かに年始は母がいなかった。それはずっと「仕事だから」で済ましていたが、間違いなく昔日の母は年始にここへ来ていたのだ。
しかし、父を伴っていた記憶はない。ともすれば母は一人でここへ来ていたということになる。それはそれで目立ちそうなものではあるが、どうだったのだろうか。
それはきっと、母の残留思念に聞けばわかることだろう。しかし、この能力をコントロール出来る頃には「敢えて」母に会うということはしなかった。他人であれば、目の前に映っているのは「場所の記憶」であって本人ではないと分別できるが、両親となれば異なる。残留思念を見て通話をすれば、辛くなるかもしれないし、もしくは失ってしまった現実から逃れるように通話し続けるかもしれない。
いずれにせよ、それは弱くなるということだ。零は零として世の中を助けられる存在でなければならない。そういった零の強がりとも言えるポリシーが、両親との通話を許さなかった。
今も心の中で迷っている。ここで母の残留思念と会話することで近況報告をしたつもりになりたい気はしている。だが、先述のようなことになり得る可能性もある。軽い気持ちで行えることではない。
そうこう考え込んでいるうちに、部屋の扉を3回叩く音が聞こえた。
「……? はーい」
祖父母のどちらかだと思って扉を開ける。しかし、零はそこにいた人を見て思わず息を呑んだ。
「こんばんは、零さん。入ってもよろしいでしょうか?」
「え、ああ、はい」
本家の当主である梓だった。彼女もまた入浴を済ませた後のようで寝巻きに上着を羽織った姿でやってきたが、先ほどの正装とはまた違った印象……色気を出していた。
思わず零は返事をして梓を中に入れてしまった。やましいことを考えているわけではないが、少しばかり「しまった」と思った。
梓は中へ入ると、手に持った缶を零に見せた。どうやらそれは緑茶の粉末が入った缶のようだ。
「せっかくですから、温かいお茶でも飲んでお話をしましょうか。お茶はお好きですか?」
「好き……ですが、でもどうやって?」
零はこの部屋に来て色々と見てみたわけではない。梓は「あら」と言いながら、ベッドの横にあった棚の一番下にある扉を開き、そこから湯沸かしケトルを取り出して廊下に出ると、すぐに水を汲んで戻ってきてお湯を沸かした。
「お気付きになりませんでした?」
「ごめんなさい。ちゃんと見てなかったもので」
梓はクスクスと小さく可憐に笑った。不思議とそこに馬鹿にされたような嫌悪感は覚えなかった。湯沸かしケトルは徐々に音を大きくし、沸騰する音が聞こえてきた。やがて自動で湯沸かしが止まると、同じ棚から出してきた湯呑みに緑茶の粉末をいれてお湯を注ぎ、出来上がったお茶を棚の上に置き、梓は椅子に座った。
「零さんはベッドの上に座っていただいても?」
「あ、はい。すみません、お茶ありがとうございます」
「このくらい構いませんよ。先程も申し上げましたが、遠路遥々ここまでお越しくださってありがとうございました」
「いえ! こちらこそ、お招きくださりありがとうございました」
梓が深々と頭を下げたので、零も慌てて頭を下げる。零が頭を上げると、梓は少し困ったような顔をした。
「零さん。現在は高校一年生でしたっけ?」
「……? はい」
「つまり、私と同い年ですから、どうか敬語はやめてくださりませんか?」
「えっ?」
零の驚きには二重の意味があった。一つは本家の当主から敬語をやめるように言われたこと。そしてもう一つは、僅か16歳で本家の当主を務め上げる精神年齢の高さである。
「嫌ですか?」
「嫌……というわけではありませんが、本家の当主じゃないですか。それって大丈夫なんですか?」
「まあ、皆さんの前でやられると大丈夫ではありませんね。ですので、二人だけの時はどうか普段の言葉で話してくださいませんか?」
「わかり……わかったよ。でもそれなら、梓さんもタメ口じゃないと」
「ごめんなさい。私はタメ口で話したことがございませんので。これが普段の言葉違いなんです」
「ええ? うーん……」
丁寧な話し方がいつも通りであるならば、タメ口を強制できない。だがこの状況はどうも公平な気がしない。それを果たすためには零も敬語で話すか、或いは───。
「じゃあ、梓さんは僕と話す時に少しずつタメ口を練習してみようよ」
「練習……ですか? それを使えるところはあまり無いと思いますが」
「うん、確かにそうだね。でも僕がタメ口で話す一方、梓さんが敬語というのは心地が悪いよ」
「そうですか……そうですね。では私も零さん相手にはタメ口を心掛けま……るね」
「うん」
会話がひと段落したところでお互いにお茶を一口飲む。梓の口から「ほっ……」という声が聞こえて、零は思わず梓に見惚れてしまった。
しかし幸いなことに梓は見られることに慣れており、零の視線をあまり気にすることはなかった。
零には梓と話したいことはあまりないが、梓の方にはある。梓はお茶を机の上に置いた後、零の目を見返して「あの……」と前置きした。
「今回、零さんをお呼びしたのは貴重な同い年とお近づきになりたいという目的もありました……んだけど、聞きたいこととかあって」
「うん?」
「零さんは、お母様……澪さんが亡くなられた理由について何かご存知で……かな?」
新年ということで、抱負について少し語ろうかと思います。
結局、昨年は一作品もコンクールへ出すことが出来ませんでした。
思えば、執筆するペースも昔に比べて大分落ちてしまいましたね。かつては2作を毎週5000文字で更新していたのが、今は1作を3000文字で更新している実態です。
小説を書こうとした時に比べて立場が変わってしまったり、自由時間が減ってしまっていたりと色んな要因はありますが……。
さて、本年の抱負ではありますが、まずはコンクールへの作品応募。そして本作の完結……でしょうか。
本作書き始め時に書きたい思っていた話が、今回の章を含めて3つあります。今回の章を完結に向けた前編とし、次を中編。そして前作である「隣の転校生は重度の中二病患者でした」を含めた本当の意味での完結編を後編にしたいと考えています。
小説家になろうユーザーが少しずつ離れてしまっているように感じなくもない昨今ではありますが、私はこのサイトが大好きです。書き続けたい気持ちはありますので、今後とも皆様のご支援を賜りたく存じますのでよろしくお願いいたします。