警告、再び───
新幹線の中での祖父母はとても静かだった。時折、零のことを気にしてチラリと見たが、特にこれと言って話しかけることもなく、すぐに外の景色へと目線を戻す。
せっかくグリーン車だというのに車内販売サービスを一切利用しない。まだ高校生である零にはその感覚があまりよくわからなかったが、少なくとも旅行しているような雰囲気ではなかった。どちらかといえば「仕事で」行っている出張のようであった。
そんな様子なので車内が暖かく、シートの座り心地が良かったために零はついぞ眠くなってしまい、眠気を自覚する前に落ちてしまった。
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新幹線に乗っている。隣に座っているはずの祖母を見ると、そこにいたのは祖母ではなかった。
「なっ! えっ!?」
零は他の乗客への気遣いも忘れて大声で驚いてしまう。そこにいたのは祖母ではない。祖母ではなく、自分の記憶よりも若い母の姿だった。
『ふふ、驚きましたか?』
「…………」
声を発した瞬間、それが母ではないと零は直感した。母にそっくりな女性の格好は鷺森家の正装だった。刀は携えていないが、ただならぬ霊力を持っているのは何となく察した。
しかし、それも零にとっては違和感のあることだ。目の前にいる人間が持っている霊力など零は感じることができない。現に祖母である霰や呪符を使って戦う沙菜の霊力がどれだけのものか感じることが出来ないからだ。
『おや、私のことを思い出せないようですね? いいでしょう、私の名前は鷺森雫。貴方の祖母の叔母に当たります』
「婆ちゃんの叔母……? ってことは、鷺森露の……」
『そうです。露は私の兄です。貴方が私の霊力を感じるのは、貴方の霊力が元は兄のものだからでしょう』
「ああ、なるほど……ってそうじゃなくて。あれ、確か僕は爺ちゃんと婆ちゃんと一緒に京都へ向かってたと思うんだけど」
『はい。今もその最中ですが、寝不足である零が眠ってしまったので夢に入らせてもらいました』
「あっ、そうか! 僕、雫さんとは夢で会ったことがありましたよね?」
『ええ。黒零について警告した時ですね。私の警告をちゃんと守ってくれて安心しましたが、流石に地下からは門前払いを喰らってましたね』
「地下……ああ、あの時の……」
鷺森家には地下があり、そこは鷺森家の代々当主が修行に使っていた場所である。零はそこへ実際に行ったことはないが、夢の中で行ったことがある。そこでは夢であったはずなのに、とてつもなく怖い女性に怒られて追い出された。
『私は当主が女性であることに拘る必要はないと思いますが、残念ながら始祖はそうでないようですね』
「始祖? あの怖い人ですか?」
零が思ったことを素直に言ったので、雫はまた小さく笑った。
『ふふ、失礼ですよ。始祖は偉大ですから気をつけなさい。ですが、思い浮かべている方で間違いないでしょう。私は先程、当主が女性であることに拘る必要はないと言いましたが、始祖のお考えが間違っているとも思ってはいません』
「ん?」
零は雫が何を言いたいのかよくわからなかった。しきたりを否定しながらも肯定している。それは単なる矛盾であり、矛盾であるならばわざわざ言葉にすべきではないだろう。それは相手を混乱させるだけだ。
しかし、雫はそれも承知で話をしているのだ。
『生きているうちにはわからなかったことも、死後になって全てを知れば背景がわかります。しきたりだけを残して経緯を残さないのだから、我が鷺森家は何度も破滅しかけるのかもしれません。零、私がこれから言うことをよく聞きなさい』
「…………」
柔和な声色だったのが、急に引き締まった。どうやら雫はいつかと同じように警告しに来たらしい。零は雫のほうを見て静かに耳を傾けた。
「良い傾聴の姿勢です。いいですか? 貴方がこれから向かうのは本家であり、そこには他の分家も集まります。言ってしまえば遠い親戚の集まりではありますが、親戚だと言っても仲間ではありません』
「…………?」
『少し遠回しでしたね。誤解を恐れず言えば、鷺守の分家は基本こそ本家のものですが、実際の除霊術は独自に研究・発展させたものとなります。彼女らは力を蓄える為、狡猾に他の分家から術を盗もうとするでしょう』
「そうですか。でも、僕の能力は雫さんや婆ちゃんの力とは違います」
『ええ。零の言う通り、貴方から我が家の剣術が盗まれることはないでしょう。しかし、貴方の力が我が家の派生であることもまた事実。ましてや、この長い歴史で霊能力を持つ男の子が生まれていないにも関わらず、我が家では零が持っている。他の分家からしたら、零を取り込む事が出来れば、本来の跡取りである女の子に加え、更に男の子までその資質を持つことが出来る大きな戦力増強の機会となるでしょう』
「えっと? 取り込むってどういうことですか? そんな吸収するみたいな能力を持つ人もいるんですか」
『相手の力を吸収する術を使う家もありますが、そういう意味ではありません。貴方の遺伝子と技法を家に取り入れるということです』
「遺伝子って……。えっ? そういうこと?」
零は急に顔が熱くなるのを感じた。まさかそんな生々しい話が出てくるとは思わなかったからだ。高校一年生の男子には刺激の強い話ではあるが、雫はそんなことを気にしてはいられなかった。
『そろそろ時間が来てしまいます。いいですか、零。霰はまだ貴方に話していないようですが、貴方はいずれ妻を娶って、次期当主代行の伴侶となります。その妻が決まっていない以上、他の分家にとっては乗っ取る機会でもあります。しかし、貴方の能力が知られていない今は、他の分家が貴方を狙うことはありません。大切なのは狡猾に貴方の能力を隠すことです。いいですね?』
「は、はい」
力を隠す。それは祖母からも前もって言われていることだ。理由こそは異なっているが、それほどまでに能力が露見するのはまずいことのようだ。零は肝に銘じておくことにした。
『今回はここまでですね。零、今のうちに聞いておきたいことはありますか?』
そう問われて零は少し考え込む。本家のことは祖母に聞けばいいことだし、特段聞きたいことはない。
だが、今の話に関係ないことで零は聞いてみたいことがあった。
「雫さんは、お母さんの大叔母なんですよね?」
『え? ええ、そう……なりますね』
「どうして、そっくりなんですか? 性格が全然違うので話せば別人だとわかりますが」
『似てますか? 私はそんなに似てないと思いますが……』
息子である零からしても、母である澪の雫はそっくり、瓜二つだ。
しかし、本人達からすればそうは感じないらしい。雫は澪と違っていると思ってる部分は多くあった。
「雫さんはこの世を去ってますが、それは僕のお母さんも一緒のことです。何故、僕に警告してくれるのはお母さんじゃなくて、雫さんなんですか?」
『それは───』
雫が答えようとした瞬間、零の視界が揺らいだ。小さな黒い闇が波紋となって広がりだし、やがて自分を呼ぶ祖母の声が聞こえてきた。
『……この続きはまたいずれ。零、務めを果たしなさい。頼みましたよ』
雫はそう言って柔和な笑みを浮かべて手を振る。すぐさまブラックアウトして、目を開けたら祖母に揺さぶられていたことに気が付いた。
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「零、ようやく起きたか。もう着くから降りる準備をしろ」
「……ああ、うん」
目覚めたばかりのはずなのに寝た気がしない。夢の内容は妙に憶えているし、どちらかといえば気分は悪い方だ。
祖母には準備をするよう言われたが、やるべきことはあまりない。荷物を広げたわけでもないので、せいぜい上に置いた荷物を下におろすくらいだろう。
新幹線が減速し、やがて止まる。それと同時に車内では京都到着のアナウンスが流れ、外国人達に並んで零達も新幹線から降りた。