初詣
「ま、まあ、それで亜梨沙さんのお母さんから色々言われないならいいけど……。そういう亜梨沙さんも初詣を僕と来てよかったの? いつもの友達とは行かないの?」
「んー、皆とはまたお昼近くになったら行くよ?」
「ああ、そうなんだ?」
亜梨沙は「何言ってるの?」と言わんばかりに笑って答えるが、正直なところ零は「それって手間ではないのか」と思ってしまった。恐らく初詣に行く寺社は今の場所とは異なるだろうが、いちいち同じことをしにいくのは二度手間のように思えてならない。
ただ、それを口にするというのは野暮なことである。だから零はそれを口にしなかった。その代わり、他に並んでいる人達を見て一年間があっという間だったと感慨深さで上書きした。
「なんだか……普通に高校生活を送ると思っていたのが随分変わっちゃった気がするなぁ」
「そう? 零君は元から警察に色々協力してる異常な高校生だと思うけど」
「異常って……もっと柔らかい言い方をして欲しいなぁ。でもまあ、確かにそうか、そうだね」
亜梨沙に指摘され、改めて考えてみると確かに普通ではない。零にとってはほぼ日常的なことになってしまっているので、それを込みで普通だと認識してしまっていた。
「でも、そのお陰で私は零君と出会って師匠を救えたわけだし……。だから私は零君の異常に感謝してるよ?」
「そ、そっか、ありがとう」
亜梨沙は恥ずかしがることなく堂々とそんなことを言う。ただでさえ、今日の大人っぽい格好・雰囲気にドキドキしてしまっている零はいよいよ眩暈を感じてしまうほどに照れてしまった。
「で、でも僕の方こそ亜梨沙さんには感謝してるよ。もう一生、夏の暑さを感じないものだと思っていたし、この冬だって今までよりずっと寒くない。色々と協力してもらっている部分もあるし、こちらこそ本当にありがとう」
「う、うん。どういたしまして」
亜梨沙も零にお礼を言われて照れ臭く感じてしまった。それに加えて、自分の力が実際に役立っていると認められていることがとても嬉しかった。その相手が零であれば尚更のことだ。
照れ臭さ故にしばらく無言が続いてしまったが、それも願いごとをしてしまえば終わる。定番といえば定番だが、亜梨沙は零が何を願ったのか気になった。
「零君は何をお願いしたの?」
「言わないよ。言っちゃったら叶わなくなりそうだし……。亜梨沙さんだって聞かれたところで答えないでしょ?」
「まあねー」
二人で笑い合う。それから甘酒があるのに気付いた二人は甘酒をいただき、体も温まったところで初詣を終えることにした。
新年で祝うべき日だとはいえ、まだ暗い中を女の子一人で返すわけにはいかない。亜梨沙の遠慮を聞かず零は送っていくことにした。
その間、お互いが知らない学校での出来事について話しながら歩いていたが、どうしても性格上なのか亜梨沙の方が話は多い。残念ながら零は休み時間や放課後を友達と過ごすということがなく、せいぜい潤と一緒にいるくらいなので話せることもあまりない。しかし、そこで亜梨沙はふと気になったことがあったので質問した。
「そういえば、零君と神田川君は仲良いよね。幼馴染なんだっけ?」
「うん、そう。婆ちゃんの家に引き取られてからすぐ友達になったっけな。潤は強くて冷たい印象があるかもしれないけど、ああ見えてすごく友達思いなんだ」
「へー! 友達になったきっかけとかあるの?」
「ん? うーん、そうやって言われるとこれというのがない気がする。中学以外はずっと同じクラスだったから仲良くなったわけだし、何だかんだ人に話せない秘密とかがお互いにあって、打ち明けてみたら、それが意外と共通してたから数少ない理解者だったって感じかな。僕の勝手な印象かもしれないけど」
「あー、なんかわかる気がする」
「お互いの秘密を打ち明けてからは本当、一緒に行動してたかな。助け合うこともあったし。中学になってからは少し変わったけど……」
零と潤はコンビを組んでいたというわけではない。潤が重度の中二病患者を探すなかで、足取りを追いたい時などは零も残留思念を見たり会話することで潤を助けていた。一方、零の戦闘能力は今よりもずっと低かったので、そこは潤がカバーしてくれた。
中学に上がってからはクラスが異なり、零はとある女子とコンビを組んで活動していたが、潤と家が近いこともあってよく情報交換をしていた。
そんなことまで思い出していたが、中学時代のそれは結果的に言うと悪い思い出となっているので、話さなかった。亜梨沙も空気を読んで詳しいことまで聞くような真似はしなかった。
やがて亜梨沙の家が近くなり、公園が見えた。ここは亜梨沙が梨々香と出会った場所であり、零の能力を試した場所でもある。二人でそこを眺めて懐かしさを感じながら、別れの言葉を告げる。
「じゃあ、僕はここで。また学校でね、今年もよろしく」
「送ってくれてありがとう! 今年もよろしく、また学校でね!」
亜梨沙は大袈裟に手を振ってから去っていく。それを見届けた零は踵を返し、帰宅に向かって歩き出した。
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「ふわあーあ……」
準備はしっかり終えた零だが、やはり出発の時刻となるとまだ眠い。大きな口を開けてあくびをした直後、頭にチョップを受けた。
「いでっ!」
後ろを振り向くと、どうやら手を下したのは祖母の霰だった。霰は微笑みながらも意外と厳しいことを口にした。
「零。今はそれでも構わんが、本家に近付いたらだらしなさを見せるなよ? 他の分家は意外と性格が捻くれた者も少なくない。変に舐められると後々が面倒だぞ?」
「ああ、うん。わかったよ婆ちゃん」
零が素直に警告を受け入れると、霰は優しく笑って頷いた。
鷺森家の旅程としては、ここから祖父が運転する車で新幹線が停車する駅の駐車場まで向かう。無論、最寄りの駅から電車に乗って行くのも一つの手ではあるが、目的地の駅から新幹線に乗り、京都駅に着いてからまた電車を乗り換えなくてはならないので、できるだけ乗り換える手間を減らしたいというのが狙いだった。
一応、その旅程を霰から聞いた零ではあるが、京都に行くという経験は中学の修学旅行以来となるので、旅程の殆どを理解していない。また霰も零がその様子であることを察していたので、零は霰についていくという形になった。
駅のホームで新幹線を待つが、零はふと気になったことが一つあった。
「婆ちゃん」
「ん?」
「結構、外国人が多いんだね」
「ああ」
辺りを見渡してみると、確かに外国人が多かった。零にとってそれは少し意外なことではあったが、実を言うと珍しいことではない。祖父母は別に気にしていないようだが、零は少し気になってしまった。
やがて新幹線がやってきたので動きが止まるのを待つ。やってくる瞬間に写真を撮る人は少なくなく、所謂「撮り鉄」という存在が本当にいるのだと、零は感慨深く思った。
「わあ……」
新幹線の動きが止まって扉が開いたので、鷺森家はすかさず乗り込む。車内の雰囲気や座席の質が普段乗っている電車とは全くの別物だったので、つい零は感嘆してしまった。
「婆ちゃん、新幹線ってこんなに座席が豪華だったっけ?」
「グリーン車だからな。これを他の分家にも配っているというものだから、本家はよほど金があるんだろうよ」
本家の集まりにおいて、いつも送られてくるチケットはグリーン車である。普通に考えれば、指定席だけで十分なものではあるが、それは鷺守家のプライドが許さなかった。この国における「見えぬ存在からの脅威」とは人知れず戦っている我々のお陰で祓われている。その自覚と自尊を常に持たなければならないというのが鷺の家に昔から伝わる教えであった。
故に霰は、本家に対する皮肉を言いながらもグリーン車であることを「当然」だと認識していた。