黒零
零は二刀流の扱いに慣れていない。それでも左手に短刀を持ったのには理由がある。
先に攻撃を仕掛けてきたのは恋悟の幻影だった。普通に殴る・蹴るしかできない相手ではあるが、その攻撃をまず左手の短刀で受け流し、そして右手の刀で反撃を与える。
この手を使えば確実にダメージを与えられる。しかし、前述した通りに零は二刀流に慣れていない為、十分な威力は与えられない。
───と思いきや、意外にも効果はあった。
恋悟の幻影は恋悟の能力によって生まれたものであり、言ってしまえば「この世ならざる者」である。そんな存在に対して、零の断ち切る力は想定以上に効力を発揮した。零自身に技量が足りていなくても、妖刀自体に強大な力が宿っている為、まるで豆腐を切るかのように幻影も切り裂いた。
だが、先程と同じように幻影は分裂して増えていく。結局のところ幻影が「この世ならざる者」であったとしても本体ではない。零に幻影を切り刻むだけの技量があったとすれば、分裂を阻止できたかもしれないが、それも叶わない。
防戦に徹底するしかないのだと、零はようやく理解した。
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零が幻影の対処で手一杯になっている一方、詩穂は恋悟本体を相手しながらも、少しずつ零の様子も見ていた。零は苦戦しており、元よりあまり戦闘をしていないから限界が来るのもそう遠くはないことをわかっている。
だが、なかなかにこちらも決着が付かない。能力の力比べであれば詩穂が圧倒しているが、どうにも恋悟は攻撃の回避にかなり長けている。攻撃しても当たらなければ意味がない。
恋悟が桃色の腕で攻撃を仕掛けてくる。小爆発を起こすその手に触れるわけにはいかないので、詩穂は左手を前に出して『拒絶』のオーラを放つ。すると恋悟の武装型は解除され、効果の有無を確認せず走り出していた詩穂は『漆黒』の右手で恋悟を攻撃した。
「っと!」
恋悟は慌てることもなく冷静に回避する。その直後、詩穂の影から帯が5本伸びてきて、恋悟に襲い掛かった。
最初の2本は軽やかなフットワークで躱し、残り3本は再び発動させた武装型で迎撃していく。触れた瞬間に小爆発を起こし、その3本は力なく地面に落ちて消えてしまった。
「随分と回避行動に慣れているのね」
「……人の幸せを願って活動しているのに、怨みをぶつけてくる人は少なくないんですよね。中には能力者もいて、それはもう苦労したものですかね。ですが、この程度であればどうということはありませんね。黒山の娘は確かに伊達ではなく強力ですが、速度が足りていませんかね」
「…………」
恋悟が指摘した速度。それはまさに、詩穂自身が伸び悩んでいることだ。詩穂は父の発動速度を見る機会に恵まれなかったが『漆黒』の発動速度1つを取っても、比べ物にならないくらい速かったらしい。
その部分を見破られ指摘され、詩穂は少なくないショックを受けていた。それでも。
「確かにそうなのかもしれない。それでも、私は貴方を倒す!」
「意気込みは十分ですが、少々飽きてきてしまいましたかね」
直後、恋悟は素早く詩穂に接近し、ラッシュをかけた。急いで帯を呼び出して防御するが、1発受ければもう使えなくなってしまう。『拒絶』で武装型を弾こうとしようにも、隙が無ければ行えない。
「…………!」
詩穂は相手の胸に向かって1点の集中をかける。そして『漆黒』とサイキックを混ぜ合わせ、そこに向かって思いっきり放った。
「ぐおっ!?」
予想外の攻撃を受け、恋悟は後方に向かって大きく弾かれた。受け身を取るのに失敗し、後頭部は避けられたものの、背中を地面に強打してしまった。
「ぐっ……。久々にかなり痛みを感じますかね……」
恋悟自身、油断したわけではなかった。そして詩穂にこれだけの攻撃力があるとわかったところで防御の対策も出来ない。つまり、速度で勝てない分、兆候のない高威力の攻撃なら恋悟に有効だということだ。
しかし、まだ恋悟に勝ち目がないわけでもない。
「いいんですかね? お友達はピンチのようですがね」
「…………」
詩穂が横目で零を見る。どうにか善戦しているようだが、腕の動きが鈍ってきている。このままでは、ふとした時に防御が崩れて袋叩きにされるだろう。
このまま強引に恋悟を倒すまで能力をぶつかる手もある。しかしそれでは、先に零が負けてしまうだろう。
『拒絶』とサイキックを混ぜて恋悟にぶつける。そうしてまたも後方に吹き飛ばした後、詩穂は戦い方を変えることにした。
『漆黒』の帯が零の腹に巻きつき、そして零を持ち上げた。
「わっ!? ちょっ……」
零は恋悟の幻影がやって来ないように妖刀をめちゃくちゃに振るう。そして腹の圧迫感を感じながら、帯に引っ張られて詩穂のすぐ横へ乱雑に降ろされた。
「いてっ……も、もう少し優しく扱ってくれても───」
「鷺森君。決着を付けます」
「え、あ、うん。……え?」
零は詩穂がわざわざそんなことを言ってくる意味がわからなかった。どう足掻いても零には自分を守るくらいしか力を持っていない。それを聞いたところでどうしようもないことくらい、詩穂にもわかるはずだった。
その「ちょっと何言ってるのかわからない」という気持ちが表情に出ていたのだろう。詩穂は「仕方ないな」と言わんばかりの表情でこれから何をやるのか説明し始めた。
「私は恋悟の幻影を打ち消すことが出来るけれど、鷺森君は出来ないでしょう?」
「うん、出来ない」
「私の力を貸すから、恋悟と決着を付けなさい」
「え?」
過程の説明がない。詩穂の力を借りて恋悟と戦うことはわかったが、その具体的な説明が無いばかりにどうすればいいのか零にはわからなかった。
とはいえ、ゆっくり話している時間もない。恋悟は未だに強者の余裕を見せているが、近付けば待った無しに攻撃してくるだろう。
零にしか見えていないが、恋悟の幻影も迫ってきている。
「大丈夫、鷺森君は彼を斬るだけでいい」
「本当かな……」
「本当」
零は取り敢えず、真剣な表情をした詩穂を信じてみることにした。その表情には勝ちを確信している部分も見えるからだ。
妖刀を正面に構える。すると、詩穂の身体全体から『漆黒』のオーラが放たれ、零を包み込んだ。
「うわっ!」
零が驚く。しかし、驚いていられるのもその一瞬だけ。直後、零に明確な変化が現れた。
「うおおお……うおお……」
それは苦しんでいるかのようにも聞こえる。詩穂にとってもこれは「ぶっつけ本番」のような使い方だったが、いつの間にか横に現れていた女性が楽しそうな表情で零を見ていた。
「ちょっと、姉さん……?」
『詩穂ぉ。これはなかなか面白いことをしたね。とんでもないものが生まれるかもしれないよ』
「え……?」
『漆黒』のオーラを零が取り込む。そうして零の中で収まった瞬間、いきなり爆発して強大な力を印象付けさせる突風が四方八方に吹き荒れた。
砂埃が入らないように目を細めて零を見る。すると零は『漆黒』の甲冑を見に纏った姿となり、白かったはずの妖刀も黒光を放っている。
「何が始まったかと思えば、これはこれは……ですかね」
恋悟も関心深そうに零を見ている。すると、零を倒すことしかプログラムされていない恋悟の幻影達が一斉に襲い掛かった。
「うじゃうじゃ、うじゃうじゃ……しつけぇんだよ!」
零は大声で暴言を吐きながら、漆黒の妖刀を横に薙いだ。その瞬間、全ての幻影が切り裂かれ、今度は分裂することなく消え去った。
詩穂は暴言に驚き、恋悟は幻影を一刀両断されたことに驚いた。零は高らかに笑っている。
「あはははははっ! 雑魚がどんだけ集まろうと変わんねぇんだよ! さあ、次はてめぇだ!」
零……改めて『黒零』は恋悟に向かって高速で突進し、妖刀を振り下ろした。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
『黒零』はこんな第一章で出すようなものではないのかもしれないと我ながら感じました。でも、中二病っぽくていいでしょう(苦笑)
もしかしたら「え? 何が起こった?」って思われる方もいらっしゃるかもしれません。それは私の能力不足ですのでごめんなさい。取り敢えず、詩穂の力と零の力を合わせたら、零の人格が変わっちゃったよって認識で間違いありません。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!