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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
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『忘却』という選択肢

 時刻は既に夕飯時を過ぎようとしている。良識ある大人達としては高校生である零を家に返してあげたかったが、この事件をすぐにでも完結しておきたい警察側の気持ちが強かったので結局は帰さないでいる。


 とはいえ、保護者の許可を得なければ零を拘束するわけにもいかない。警察はダメ元で零の祖母に電話を掛けたが「役目であるならば仕方ない」と少しばかり異常性を感じるくらいに協力的であった。


 それを知る警察内部の関係者は零に対して同情を覚えたが、零はそんな同情に甘んじることのないくらいには精神が成長していた。


 拘束せざるを得なかったというもの、零に対する事情聴取は小一時間で済むものだった。

 というのも、零の証言は現実的に考えて鵜呑みにできる内容ではなかったのだ。



「えっと、つまりは咲枝は幽霊に操られていて被害者達を監禁したと? そしてその監禁していたのが御神鏡だったと?」


「はい」



 聴取室で零と長瀬は向かい合って真面目に話をしている。会話の内容は全て記録しているが、とてもこれを検察へ回すわけにはいかない。重度の中二病による能力で引き起こしたものであれば、まだ事件の証拠として出せるのだが。



「うんまあ、鷺森君の残留思念によって解決してきた事件は多いから疑いはしないけど、流石にこの話は証拠として出せないなぁ」


「そうでしょうね。僕もこの件に感じで長谷川咲枝が罪に問われるとは思っていません」


「いやそれはうーん……困ったな」



 地嶋グループとしては人質が解放されたし、元凶は取り除かれたのだから文句はないだろう。事件も一応は解決となるが、場合によっては「犯人を探すための再捜査」を命じられるだろう。

 報道協定によって事件は世間に知られていないが、情報を掴んでいるマスメディアとしては「拉致監禁事件解決、犯人は正体不明」と大々的に記事を出すだろう。


 警察の見立てでは「咲枝が狙った人を隠す能力がある」という風に思っていたものだから、事実が異なった時点で頭が痛くなる事件へとなってしまった。



「とはいえ、犯人をでっち上げるわけにもいかないしな。せめて咲枝に人を隠すだけの能力があればな……」


「ないものを強請(ねだ)っても仕方がないでしょう」


「はは、そうだね」



 まだ高校生である零に正論を指摘されて長瀬は苦笑いをした。


 仮に大々的に報道されたところで捜査している姿勢だけ見せれば世間もいずれ忘れてくれるだろう。それまでは随分と「無駄な仕事」が増えるだろうが、仕方ないと長瀬は覚悟した。



「長瀬さん」


「ん?」



 零が少し困ったような顔で長瀬を呼ぶ。



「咲枝さんは罪に問われるんですか? 悪意は多少なりともあったかもしれませんが、閉じ込める能力は持っていなかったんでしょう?」


「んー、はっきり言って罪に問う方が難しいかもしれないね。実際のところ咲枝は孫である中沼奈美を操っていただけに過ぎないし」



 そういった意味では実行犯として中沼奈美は間違いなく怪しまれるだろう。とはいえ、拉致監禁を行っている現場を押さえた映像はないわけだし、被害者達も「奈美が犯人」とは言っていないので、せいぜい怪しまれる程度で終わるだろう。



「さて、聞きたい話は聞けたところだし、そろそろ君を解放するよ。送っていくよう手配するから、少し待っていてくれ」


「ああ、はい」



 本当は「お構いなく」と言いたいところではあるが、言ったところで無駄なやり取りとなってしまうのは目に見えていた。


 長瀬は聴取室に零を置いて外に出るが、扉が閉まった直後から動く気配がない。それどころか扉の前で誰かと話したかと思ったらすぐに扉が開き、長瀬は「予定変更」と零に行ってから中に入り直すと、後に続いて意外な人物が入ってきた。



「お疲れ」


「あ、お疲れ様です」



 入ってきたのは黒山透夜だった。言葉こそは淡白なものではあったが、表情は少しばかり柔らかく微笑んでいた。



「透夜君が鷺森君を送っていってくれるってさ。まあ赤の他人ではあるので本来なら預けられないが、黒山透夜というブランドと同級生の親御さんである……となれば何とかなるだろう」


「そういうことだ鷺森君。勿論、鷺森君が俺を警戒して首を横に振れば警察に任せるけど」


「……あ、いえ、じゃあお言葉に甘えさせていただこうかな」



 零はほんの少し悩んだ。長瀬の方が圧倒的に付き合いは長いので、ある程度は気を遣わなくていい。一方、透夜に対してはあまり慣れていないので気は休まらない。

 だが、あの「クリフォト拉致・監禁事件」を解決に導いた有名人が自ら送っていくと言ってくれたのだ。これほどまでに光栄なことはないだろう。

 ということを僅か1秒も満たないうちに零は判断した。



「わかった。では鷺森君は俺が送っていく。長瀬さん、事件についてはさっき話したように何とかしてもらっておく」


「すまないね、頼んだよ」



 透夜の表情は娘と同じく無表情であったが、一方で長瀬は心の底から申し訳なさそうだった。零のことよりも事件のことなのだと零は直感的に感じた。


 すぐに透夜と零は警察署を後にした。長瀬は律儀にも出入り口まで送ってくれたが、挨拶そのものは当たり障りのないありふれたものだった。


 車に乗り込んで移動を始める。ある意味では人柄通りではあるが、車内には音楽はおろかラジオすら流れていない。

 零は何か話をしないといけないかと思ったが、透夜の方が先に口を開いた。



「鷺森君。聴取中に何か食事はしたか?」


「いえ、全く」


「だろうな。一緒にどうだ?」


「あー、ぜひ」



 零が断らなかったのは先程と同様の理由だ。透夜は何も考えることなく丼ものが食べられるチェーン店の駐車場に車を駐めた。

 店内に入り、適当なテーブルに座る。一般的な夕食時はとっくに過ぎており、他にいる客といえば友人と食事に来ている若者か、仕事終わりのサラリーマンしかない。



「何、このくらいは奢るから好きなものを頼むといい」


「いいんですか?」


「勿論だ」



 相変わらずの無表情で答えるが、やはりどこか柔らかさもある。人並みに感情を表情に出すのが苦手なだけで心は「ちゃんと優し人」なのだと零は感じた。


 チェーン店だというだけあって、注文したものはすぐにきた。透夜は牛丼を頼み、零はカツ丼を頼んだ。


 カツ丼を一口食べて味を確かめた後、零は「聞こう」と思っていたことをようやく声に出した。



「黒山さん」


「ん?」


「色々聞きたいことがあるんですが、いいです?」


「ああ、答えられることなら」



 透夜の反応は先程までの柔らかさを失っていた。答えられる範囲で答えると言っているように聞こえはするが、実際のところ零は「答えられるかは質問の内容による」と言われているような気がした。

 だからといって怖気付いて質問しないわけにはいかない。答えれない内容であれば、それはその時だと思うことにした。



「さっきの、事件についてとはどういう意味でしょうか」


「ああ、そのことか」



 この質問は地雷でなかったらしい。素直に答えてくれるようではあるが、少しばかり重い空気は纏ったままだった。



「鷺森君。君は世間に事件を忘れてもらうということに対してどう思う?」


「……え?」



 零は透夜の質問がどういう意味なのか理解できなかった。事件に関わらない他人が忘れることはあっても、そこに関係した人が忘れることは絶対にない。それは怨みや恐怖として必ず残っていくからだ。


 透夜自身も突拍子のないことを言った自覚がある。この時点で「零は重度の中二病に関する闇」を知らないのだと透夜は判断したが、質問の内容については簡単に説明した。



「例えばだが、今回のように犯人が目視できないような存在だった場合……いや、存在と言えるほど明確ではないものだった場合、人々の記憶に残り続けては過去に縛られる。だから、初めからそんな曖昧な事件はなかったのだと『忘却』させる。それが長瀬さんとした話であり、君に意見を求めたことだ」


「いや、でもそんなことが」



 そんなことが可能なのか───


 それは問うまでもなく、可能なのだと零は自分で気付いた。何故ならある意味で重度の中二病という能力は限りがない。ましてや黒山親子や潤のような存在は能力を持った様々な人から力を借りることがある。場合によっては『忘却』という能力で人々の記憶から「事件そのもの」を消すこともやるということであり、それに対してどう思うかが零に対しての問いだったのだ。

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