「一緒に戦いましょう」
明けましておめでとうございます。本年も変わらぬ御愛顧をよろしくお願いいたします。
「今度は炎が……!」
先程と違う零の攻撃に恋悟は目を丸くした。だが、驚きこそすれど恋悟の表情には余裕がある。
それでも零は少しばかり怒り気味の表情を浮かべて攻撃を続行した。
「…………」
「おっと!」
刀身から噴き出る炎が恋悟を捉えたと思いきや、やはり揺らいで消えてしまう。しかし、学習しない零ではなかった。
「それは……さっきも見た」
単純な横薙ぎから派生させ、バットを振るように刀を振った。そのまま横方向に回転させ、炎の円を作り上げた。
「───っ!」
恋悟も零がある程度の対策はしてくるだろうと想定していたが、それを超えた攻撃だった為に無傷ではいられなかった。
───と言っても、避けきれなかった分、指先が火傷した程度だが。
そうしてようやく、恋悟の表情から余裕を消し去ることが出来た。
「何なんですかね、その能力。さっきは氷かと思ったら今度は炎。そして持続力と攻撃範囲。能力そのものは厄介ですね、認めます」
もし、使い手が零よりも戦闘向の人間だったら恋悟を圧倒していたことだろう。だが、先程の攻撃といい、戦っていくには零の速度が遅過ぎる。
この先、零が鍛錬を積み、戦っていけるだけの技量を身に付けたのであれば恋悟にとって脅威になる。恋悟の中で零へのリスク評価が上がった。
「これから成る『恋愛』の為にも貴方を始末する必要が出てきましたね。覚悟して下さいね」
戦闘の実績が少ない零でさえ、恋悟が本気になったのがわかった。零にとって驚くべきことは、恋悟が本気になったことよりも「今まで恋悟が手加減していた」ということである。
それでも零は動じず、剣先を恋悟に向けて闘志を見せる。
だがそれは勇敢とは言えない。単なる無謀だ。
相手との力量差を測れない愚者の無謀。死に急いでいるようなものだ。ただし───
「1人なら」という話だが。
詩穂もすっかり復帰し、戦闘に参加する。零と肩を並べて静かにはっきりと現実を語る。
「鷺森君」
「うん?」
「個々で立ち向かっても恋悟には勝てない。鷺森君1人では言うまでもないし、私1人でも殆ど不可能に近い」
「……だから?」
零は珍しく冷静さを欠いて横目で詩穂を見る。今更撤退など、相手が許さないだろうし、自分も許せない。
戦略的撤退であっても、零は応じないつもりでいた。だが、続く詩穂の言葉は零にとってかなり想定外だった。
「───だから、一緒に戦いましょう」
「……え?」
思わず耳を疑った。しかし、詩穂の表情にはまだ闘志が宿っているし、僅かに口角が上がっている。
それは今までにない、勇ましい彼女の姿だった。
「わかった。僕と君で、一緒にあいつを倒そう!」
「ええ……!」
2人の士気が上がる。とはいえ、戦い慣れていない零は「実際にどう共闘するか」がわかっていない。
「でも、どうやって? 僕には君を援護できるだけの技量はないよ」
「援護は私が。鷺森君は先程のように……いえ、先程以上の猛攻をお願い」
「わかった」
相談が終わったところで恋悟は彼等に問う。
「そろそろいいですかね?」
「わざわざ待ってくれるだなんて律儀なのね」
「本気を出すのですからね。すぐに終わってしまっては結果的には意味がなくなってしまいますからね」
「……そう」
どうやら本気で恋悟は待っていてくれたようだ。それは強者の余裕そのものだが、そんな挑発に乗るような詩穂ではなかった。
零は横目で詩穂を再度見て問う。
「いいかい、いくよ?」
「いつでも」
詩穂は即答した。直後、零は刀を構えて恋悟に向かって突進し、攻撃を仕掛ける。
「次は何ですかね?」
「これだ!」
仕掛けたのは単純な袈裟斬り。その程度であれば、恋悟にとっても能力を使うまでもない。軽々と躱すが、零は返す刃で切り上げ空を斬った。
……と思いきや、後方にステップして避けた恋悟の胸に斬られた跡が発生した。直後、姿は揺らぎ消え去る。
「ふっ!」
刀身が伸びて先程のように自身の周囲を横薙ぐ。流石に恋悟もそれを読んでおり、しゃがんで回避している。
対処しようにも動作が間に合わない。そこで詩穂の影から漆黒の帯が飛び出て、恋悟を襲う。
しかし、それも幻影。2人とも次の出現場所をいち早く把握しようと視野を広くするが、そこには信じられない光景があった。
なんと、恋悟が2人いるのである。まるで分裂したみたいに。
「《恋は盲目》。さあ、本気の始まりですかね」
「……!」
声には出さなかったが、零は心底驚いていた。しかしながら、流石は詩穂だろうか。彼女は動じず冷静に次の行動を取った。
「私は貴方の盲目を『拒絶』する」
両手を前に2人の恋悟に向かって『拒絶』のオーラを放つ。そうすることで、恋悟が見せている幻影を消そうとしたのだ。
狙い通り、2人の恋悟に命中した。だが、消し去ることは出来なかった。
「くっ……!」
詩穂は急いで漆黒の帯で恋悟の動きを牽制しつつ、自分に『拒絶』を向けた。そうすることで、ようやく詩穂の視界から恋悟が1人消えた。
つまり、恋悟は幻影を出していたわけではなく、零と詩穂の2人に「幻影が見えるように能力を行使した」と言う方が正しくなる。
しかし、この仕掛けがわかったところで詩穂には障害が無くなるが、零はもう1人の恋悟が見えたままだ。
「鷺森君! 本物の恋悟は私が相手する」
「え? わかった!」
詩穂も恋悟に接近して攻撃を仕掛ける。手だけに武装型を使って『漆黒』に染め、恋悟本人に襲い掛かった。
「流石は黒山の娘ですかね。これは効きませんかね」
「お生憎様ね」
「そうでもありませんがね」
恋悟も同様に自身の手を桃色に染めた。あまりに奇抜で似合わないが、それを突っ込んでいる余裕はない。
詩穂の右ストレートを恋悟が防御する。返す左ストレートを詩穂は防御しようと思った。
「…………」
両者の左手がぶつかり合おうとした瞬間、詩穂は無性に嫌な予感がして距離を取った。
「……何故、躱したんですかね」
「嫌な予感がしたから」
「いい直感ですかね」
まだ見ていない詩穂にはわからないことだが、恋悟の手に接触すれば、そこで小さな爆発が起こる。それが恋悟の武装型だった。
「恋といえばキューピッドだけど、とても連想出来ないわね」
「痛いところを突かれましたね。とはいえ、そう定められている以上は仕方がありませんかね。そもそも、戦闘は目的ではありませんので、どうでもいいんですがね」
今度は恋悟から攻撃を仕掛けた。
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一方、零はといえば。
詩穂と相手している恋悟が本物であっても、幻影からの攻撃が見せかけだけというわけではない。どうやら恋悟のように武装型を使うまでのクオリティはないようだが、通常攻撃を受ければ怪我をするし、痛みを感じる。
零は零なりに武装型を駆使し、恋悟の幻影に対して善戦している。
伸びる刀身で距離を取らせ、離れたら刀身から射出される無数の大きな針で攻撃する。ようやく振った刀身が恋悟の幻影を切り裂いたが、そこから分裂してさらに1人増えた。
「これは……かなりきついな」
相手が武装型を使えないとはいえ、2対1。戦闘慣れしていない零は既に息を切らしており、疲れが出てしまっている。このままではジリ貧だということが、零にもわかった。
そして、ここで自身が負けてしまわないように立ち回ったところで、詩穂が恋悟本人を倒すまではずっと続く。詩穂の力量を疑っているわけではないが、恋悟を倒し切れる保証もない。
それでも彼女を信じて刀を振り続けるしかない。疲れで震える足と腕に喝を入れて、2人相手に戦いを挑む。
更なる呼び出しを行ない、刀をもう一本左手で握った。左手の刀は少し短く、扱いやすくしている。
「さあ、やるぞ」
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
前書きで新年特有のご挨拶をさせていただきましたが、今年は不思議なことに「何がおめでとうなんだ」っていう気持ちがあったりします。
「新しい年を迎えられたことがおめでたいこと」というのはわかっているのですが、今年はなんだかあまり新年を迎えたことに特別感がありません。結局「また嫌になる日々が続くだけじゃん」というのが本音なんですよね。
こんな風に感じてしまっているということが怖くてなりません。「新年、頑張ろう!」って思えないような社会を生きていて、きっとこの先にも新年を迎えることに対してネガティブな感情を抱く人が増えていくのだろう、それってすごく嫌な世界だなって考えています。
心機一転が出来ない世の中。私にある「将来への漠然とした不安」を構成している1つの要因なのかもしれません。
それはそれとして……。
この第一章も大詰です。2人は恋悟を倒す事が出来るのか!? どうぞ、お楽しみにして下さると嬉しいです。
それではまた次回。来週もよろしくお願い致します!