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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
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寒空の下で作戦会議

 詩穂の反応は零にとって「予想通りそのもの」だった。


 詩穂と潤は特別仲が悪いというわけではない。どちらかといえば「悪い方」ではあるのだが、どちらも別に関心を持ち合ってはいないし、争うつもりもない。


 だが、二人が対立する理由は殆どが「零のこと」だ。だから零は潤の横で困った顔をしているのだが、そんなこともお構いなしに潤も言葉を返す。



「ああ、呼ばれていないな。俺も別に零が女子と昼食を食べることに干渉するつもりはないが、お前が関わってくると話は別だ」


「私が鷺森君と一緒にお昼ご飯を食べて、何か不都合が?」


「どうせまた、重度の中二病に関わることで零を巻き込むつもりだろう? 残留思念を読み取らせるくらいならいいが、戦闘にまで巻き込まれるのは看過できない」


「貴方が鷺森君を心配するのは勝手だけれど、彼の行動を制限するのは過干渉なのでは? 私は鷺森君の意思を尊重するから強制する気はないわ」


「零の意思を尊重したからといって、零の心身が傷付かないわけではない。詳細を話す前に否定するつもりはないが、俺も話に混ざって判断する」


「判断? 何を?」


「零が巻き込まれても大丈夫なのかどうか、だ」


「…………」



 このまま思ったことを口にしても話は平行線だろう。それは両者ともわかっていたので、詩穂はそれ以上の話をしなかったし、潤も畳み掛けるようなことはしなかった。



「と、取り敢えずご飯食べよう」



 詩穂と潤が見えない火花を散らす中、零が恐る恐る提案した。ある意味、どちらも零の味方ではあるので特に反発するようなこともなく、零に習って二人も弁当を広げた。


 取り敢えずは情報を交換しなくては始まらない。少しばかりやりづらさを感じるが、零は何とかそれを振り切って沙菜と一緒に見てきた城跡と、そこで見えた残留思念の話をした。



「───そういうわけで、落武者は思っていたより危ない存在だったよ。御神鏡を手にする前後で雰囲気が異なるあたり、もしかしたら長谷川咲枝は落武者に取り憑かれているのかもしれない」


「つまり、長谷川咲枝から鏡を奪い返し、落武者諸共城跡で封印できれば、この事件は解決すると?」


「うん、そうだと思う」



 説明を終える頃には冒頭の「やりづらさ」はもう忘れてしまっていた。報告を聞いた詩穂は考える姿勢を見せたが、潤は黙って昼食を食べ続けていた。



「今度は私の番ね」



 そう言った詩穂は零に続いて、地嶋グループの社内にあるミーティングルームで大人達と打ち合わせた内容を報告した。零にとって驚きだったのは、この事件を対応し始めた時に見た残留思念……中沼奈美が長谷川咲枝と血縁関係があったということだ。

 零よりもっと能力が高い霊能者であれば、血に刻まれた魂の情報を目視で読み取って気付いていたかもしれないが、零にはそんな能力がない。しかし、状況からみて中沼奈美が関わっているのは間違いないと思った。



「あ、でも。中沼奈美さんには悪意が無かったはず。純粋に被害者達と親しい仲で会っていたというだけで……」


「そうね。だから全ては長谷川咲枝に何かあるはずだわ。被害者を閉じ込める能力と、人を操る能力の両方を持っているだなんて考えにくいけれど……」


「うーん……」



 二つの能力を持っているとは考えにくいがありえないわけではない。その可能性も視野に入れて警戒しなければならない。


 それは詩穂と潤ならわかることだが、零は「そのケース」を知らない。その界隈で有名なところで言えば、透夜と白河現輝がそれに該当するが、事件そのものが有名でも能力の詳細までは広く知られていない。詩穂と潤はそこを失念していた。


 とはいえ、これ以上は先延ばしにすることなどできない。



「だから鷺森君。今日の放課後、私と一緒に中沼奈美さんの帰宅路を辿り、残留思念を読み取って欲しい」


「そうだね。そこで二人の接点や手口がわかれば、解決に繋げられる……か」


「ええ」



 やるべきことは決まっている。あとは放課後にそれを実行するだけだ。昼食を食べてこの会はお開き。詩穂はそう考えていた。



「少し待ってくれ」



 咀嚼を終え、口を開いたのは潤だった。冒頭よりかは少し穏やかではあるが、それでも何かしら意見しようとしているのは詩穂にもわかった。



「何かしら?」


「場合によっては祖母の家まで行くこともある。落武者の存在については俺の意見できるところではないが、祖母が出てきたらどうする? その場合は戦闘になるだろう?」


「ええ、そうね」


「その時、零を巻き込まずにお前だけで処理することができるのか?」



 潤が問い掛けた直後、その場の空気が凍りついた。それは周りの人間が「何言ってんだ、こいつ」と心の中で呟く気まずい瞬間に似ている。


 実際、詩穂はそう思った。零はというと、どちらかといえば「何が言いたいんだろう」という感じであった。



「えっと、ごめん潤。何が言いたいのかな?」


「聞いた限り、祖母の能力に対してお前では対抗出来ないだろう。だが、黒山は違う。もしもお前をそこまで連れて行くのであれば、黒山は自分だけではなくお前も守らなきゃならない。そこまで出来る自信と確証があるのかと、俺は黒山に聞いている」


「ああ、そういうことか」



 潤の言う通り、零では長谷川咲枝の能力に対抗できない。彼女を抑えられるのは間違いなく黒山だけとなるだろう。事態は詩穂&零と咲枝&落武者で混戦となる可能性がある。そういった意味では、想定している対戦相手が入れ替わってしまった瞬間、詩穂と零には勝ち目がないだろう。


 それは状況を聞いただけの潤にもわかる。だから詩穂からの回答は聞くまでもなかった。


 ───しかし。



「ええ。私は鷺森君を守り切るわ。その自信もある」


「嘘だな。気丈に振る舞っているように見せているだけだ」



 潤は詩穂の強さと賢さは評価している。故にこんな無理を見せていることに心の中では驚いていた。



「零、帰宅路に沿って残留思念を読み取るだけなら問題はない。祖母の家に近付く前で撤収だ」


「いや、潤の心配は杞憂だよ」


「何?」



 零が即答してくると思っていなかった潤は、ついうっかり素の反応を返してしまった。本人には「そういうつもり」がなくとも、潤の言い方は威圧的だと捉えられやすい。気を付けていたつもりが出てしまったので「しまった」と思った。


 だが今はそんな反省をしている場合ではない。零が何を根拠にそう言うのか潤は考えなくてはならない。


 しかし、その答えは考えるよりも早く、すぐに零が言った。



「潤の言う通り、僕が長谷川咲枝と相対するのは絶対に避けないといけない。ただ気を付ける……だなんて考えは甘過ぎる。でも完全にそれを避ける方法はある。長谷川咲枝と落武者を離して別々の場所で戦うんだ」


「確かにそれが確実だが、そんなことができるのか? 取り憑いているというのであれば、それを引き剥がさないといけないだろう?」


「うん。何とか手は考えているけど厄介なところだね。そして厄介なことはもう一つある」


「………?」


「そもそもだけど、僕は落武者を倒すことは出来ないと思ってる。だから封印しないといけなくて、その封印は例の城跡でやらなくちゃならない。厄介なところのもう一つは、この世ならざるものが落武者だけじゃなくて、放っておけば近隣の街に影響を及ぼす可能性があるほどの怨念……のようなものを含めて封印する必要があり、それは城跡でないといけないところなんだ」


「…………」


「だけど、長谷川咲枝と落武者はわざわざ城跡に行くことはない。そこには用がないからね」


「尚更、勝ち目がないと思うが? そもそも戦うつもりがないというのなら、確かに俺の杞憂ではあるな」


「そういうわけじゃないよ。ただ、今回の件を解決するには、それこそ『奇跡』が起きない限りは無理だろうね」



 零の言いたいことが何なのか。それは潤と詩穂の二人にはちゃんとわかった。潤としても、彼女の力を借りれるのであれば……零が無茶をするのを止めてくれる人ならば、安心して任せられるとそう思った。


 その後、零は二人に考えている作戦を出来るだけ手短に話した。そこには不明な点はあるものの、二人が反対することはなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この放課後は、はっきり言って零にとって後にも先にも5本の指に入るくらいの大きな勝負となった。放課後のホームルームが他のクラスより早く終わるかは不透明だが、今はとにかく「会えること」を祈るしかない。


 心臓の鼓動が高鳴る。それは大勝負を目前にした緊張なのか、それとも彼女と話をすることに対する緊張なのか今の零にはわからない。


 担任が連絡事項を終えて帰りの挨拶をするため全員が立ち上がる。既に他のクラスからは解放された生徒達の声も聞こえており、零はどんどん焦りを感じた。


 挨拶が終わった直後、零は帰りの支度そっちのけで教室からすぐに出た。廊下を走ってはいけないとわかっていても、いつもは守っていても、今この時だけは無意識で駆け足になっている。



「…………!」



 教室から出てきた彼女の姿を見つけた。ここで彼女を逃すわけにはいかない。零は普段だと絶対に出さない大きな声で彼女の名前を呼んだ。



「亜梨沙さん!」

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