風化した敷地
廃屋を超え、道を進もうと歩みを進める。しかし、沙菜が明らかに今までとは異なる反応をした。
「え?」
沙菜の反応に零が驚く。
「えっ、何?」
「道が手入れされてる」
沙菜は訝しげな表情を浮かべて前を見る。零は特に違和感を覚えなかったが、元々草が生い茂っていた土地に人一人が通れる幅だけ草が刈られていた。その道はある一箇所に向かって伸びている。
「一応聞くけど、この先に目的地以外は何かある?」
「かなり古い空き家があったような気がするけど、誰かが管理するような家じゃない。ずっと昔に管理する人もいなくなって朽ちていくだけなはず」
「わかった。じゃあ、一応視てみるよ」
「…………」
零が目を凝らす。いくらか動物の姿も見えるが、鏡を持った老婆がこの道を歩いて去っていくのが見えた。更に過去を遡っていくと、草を刈って道を切り拓く老婆の姿が見えた。
「………?」
しかし、零は疑問に感じた。行きも帰り、どちらも同じ老婆であり、その正体は長谷川咲枝だ。同じなのだが、その表情は明らかに異なっていた。草を刈って道を切り開く長谷川咲枝の姿は普通のお婆ちゃんだった。
兎にも角にも、ここを通った人間の正体はわかったので一度意識を現代に戻す。すると、沙菜が覗き込むようにじっと見ていた。
「わっ!」
「本当に過去を見ているって感じねぇ」
正直なところ、沙菜は零が残留思念を見始めた時からずっと覗き込むように見ていた。微かに流れ出る霊力と、どこか別の場所を見ているような雰囲気を改めて感じ、零の残留思念を視る力が「ある種の本物」だと悟った。
「それで? 何が視えた?」
「老婆の姿だよ。帰りに御神鏡を持っていくのが見えたけど、行きと帰りで老婆の雰囲気が違うんだ。……何故だろう?」
「そんなの、本人から感じなかった? 残留思念を読み取るってことは思考も読み取ったんじゃ?」
「…………」
零は沙菜の疑問はもっともだと思った。行動そのものもある意味では意思の表れではあるが、本人の狙いや考えていることの本質はピンクの携帯電話を使わなくては聞くことができない。そこもちゃんと説明しなければならないのだろうが、ピンクの携帯電話に関することは霊能力ではなく、重度の中二病による能力なので、重度の中二病に関わらない沙菜を相手に全てを説明するのは困難に思える。
「僕は、道具なしだと行動を見ることしかできないんだ」
「は? 聲は聞こえないってこと?」
「うん。ある道具を使えば可能なんだけど」
「ふーん、そっか」
思っていたより追求がなかったので零は少しばかり肩透かしをくらった。しかし、同時に安心もしている。
とはいえ、沙菜自身も違和感を覚えていた。沙菜の周りには残留思念を読み取る力を持った者はいない。故に彼女は残留思念を読み取る力はとても偉大な力なのだと認識している。
その一方で、零から感じ取れる霊力は微力なものだ。微力な霊力だけで残留思念を読み取れる方がよほど驚くべきことなので、零の霊力と能力の限界に納得したのだ。
「ともあれ、道が拓けているのなら都合が良い。このまま進むよ」
「うん」
零は頷いて沙菜の後に続く。冬だというのに、草が高くまで伸びている道をしばらく歩き続けていると、やがて沙菜の言っていた通り、ほぼ原型を失った朽ちた廃屋がいくつか見えてきた。
「意外と、この辺にも人が住んでいたんだね」
零がぼそっと感想を述べると、それを聞き逃さなかった沙菜は鼻で笑った。
「といっても、いつまで人が住んでたのかわからんけど。ここら一帯が限界集落ってわけでもなかったろうし、悪霊騒ぎが出てきてから放置されたんじゃないかな」
それはあくまでも、沙菜の予想にしか過ぎない。北見家には「近隣住民が住んでいられなくなるほどの悪霊騒ぎだった」という印象しか伝わっておらず、細かい状況までは伝わっていない。そしてそれは沙菜にとっては「どうでもいいこと」でもあった。
その辺りの歴史についても、零が残留思念に目を向ければわかることではあるが、今回の時間において調べる必要があるかどうかと問われれば「ない」ので雑談程度で済ませる。
草を刈られていることによって道が出来ていると気付いてから20分程歩き続け、長い坂道に疲れてきた頃、ようやく殆ど朽ちている塀の一部分が見えてきた。
「鷺森、ようやく見えてきた」
「ん、ああ、あれか……」
どういうわけか、目的地となっている場所は殆ど自然へと戻ってきているにも関わらず、道中のように草が生い茂っていない。純粋に人工物が風化して消滅してきているというだけに留まっているのだ。
そして場所の雰囲気もガラッと変わり、道中で見てきた廃屋よりも、もっと「この世ならざるもの」が集まる雰囲気となっていた。
「沙菜さん、これは」
「うん、思っていたよりもやばい……かもね」
沙菜も零と同様に、この場所から悪しき霊力が伝わってきていた。最早、御神鏡に何かあったのだと疑わざるを得なくなった。
全ては「その場所」に行けばわかることだ。
「取り敢えずは、あんたの要望通りに御神鏡を見に行く」
「うん」
沙菜と零は塀で囲まれていたであろう敷地へと入っていき、御神鏡が祀られてある場所へと向かった。