心霊スポット
沙菜が先導し、零がそれについていくという状態だが、零は少し不満げに思ったことを述べた。
「なんで、こんな、道なの?」
駅を出てしばらく歩いていくと、次第に民家がなくなっていった。ほぼ山道となっており、昼間の明るさが「秘境」のような雰囲気を出していた。
車も殆ど通らないのか道があまり整備されていない。それでも辛うじて人が倒れるような幅だけは雑草などが刈られている。
長い上り坂が続いているからか、零は息を切らして文句を言いたくなったのだ。
「言ったでしょ? かつて亡霊騒ぎで人々が困ったって話」
「それって怪談話じゃなかった?」
「今となってはね。だけど出来事は本当のはず。その証拠に目的地へ近付くにつれて店は勿論のこと、民家すらない」
「確かに……。でも、人が往来してる形跡はあるよね?」
「墓地があるから」
歩きながら沙菜が指差す先を零も見る。零は霊園のような姿を想像したが、現実はそうでもない。広大な土地にポツポツと墓があった。
しかしながらその墓達も歴史を感じさせるほど汚れている。中には新しい花が添えられている墓もあるが、殆どはあまり手入れがされていない。
「ここの墓を守ってきた人達はもうお年寄りばかりになってきちゃったから。身体が衰えてここまで来れるだけの元気もない。せめて車で来れるように整備してあげたらいいのにね」
沙菜が寂しそうにそう呟く。
だがそれは現実的に考えて無理な話だろう。この道が何かしら交通の面で期待される要素があれば良いのだろうが、生憎とこの先には曰く付きの場所しかない。交通整備に投資したところで利用者が限られてしまうので費用対効果は薄い。
そこで零はふと疑問に思ったことを口にした。
「あの怪談話って、具体的に場所を指していなかったよね? この辺は民家もなく、その理由が怪談話の中身だとすると誰もがこの先に現場があるんだって思いつくんじゃない?」
「確かに、あんたの言う通り。だけどこの先にあるのは別の怪談」
「別の怪談?」
零は沙菜の言ったことが理解できなくて聞き返す。だが、いちいち説明するのが面倒臭く思った沙菜は零の疑問に答えることもなく黙って歩き続けた。
道中、御墓参りに来ていたと思しき老人達とすれ違う。どういうわけか、老人達は沙菜のことを知っていた(厳密には北見の娘として知ってる)ので零は心底驚いたのだが、沙菜はそれについても零にいちいち説明をしない。
ちなみにだが、ここで零はもう一つ驚いたことがあった。それは沙菜の愛想が道場では見られないくらいに明るく柔らかでお淑やかであったことだ。(無論、それは口にできない)
現地へ近付くに連れて零の疑問は増えていく。何故、ここへ御墓参りに来ていた老人達は沙菜のことをよく知っていて懇意にするのか。そして二人の向かっている先が褒められるどころかむしろ引き止められるような場所なのに止められないのか。
しかしその疑問に沙菜が答えることはない。ただ、詩穂のように「隠している」というわけではなく、単純に説明を面倒臭がっているというのが雰囲気でわかるので零も質問をしにくかった。
そうこうしているうちに、そこまで酷く老朽は進んでいないが、面積の割には寂れた建物のある場所に辿り着いた。何やら横文字の看板が色々と見られるが、零にはこれが何なのかわからなかった。
「ここに何かお店とかあったってことかな?」
「いや、大人のホテルがあったというだけ」
「大人のホテル?」
「ラブホ」
沙菜は恥じることなく淡々と答える。一方で零はわかりやすく動揺してしまった。彼には猥談をする経験が皆無なので耐性がない。
そんな零を見て沙菜は少し呆れた。
「何、キョドってるの? 廃ラブホなんて別に珍しくないでしょ」
「いや、まあ、あの、存在は知っていたけど、いざこう、目の前にすると……」
「今は廃業してるって言ったでしょ。あたし達が生まれる前のことだから想像できないけど、さっきまで通ってきた道も車道として使われていたんだって」
「へ、へえ」
「それでまあ、ここともう少し行った先に少し大きな廃屋があって、どちらも心霊騒ぎがあるから誰も例の怪談との繋がりを導き出さない」
「ん? 心霊騒ぎがあるなら、その大元が怪談だと考えることも出来ると思うんだけど」
「この近くで、その城跡を見つけられれば、ね。でも誰もそこに至れない。それどころか怪談話だなんて言うけれど、あたし達からすれば、そんなのは子供を驚かすだけの怖い話としか認識されないわけ」
「あー、なるほど」
昔から語り継がれており、誰もが昔から知っているからこそ真実を探求しようとは思わない。真実を知る者は少なからず存在しているのだろうが、その場所が本当に危険だと知っているからこそ口を紡ぐのだろう。
「ん? となると何故、沙菜さんはその場所を知っているの?」
「それを知る家の人間だから」
その答えだけで零には何となく意味がわかる。明言していない以上、決めつけてしまうのは悪だが、それは沙菜が除霊に関わった家柄の末裔だということを指している。ただそれは、そこに住んでいた生き残りの末裔だという可能性も無きにしも非ずだ。
そこから再び黙って歩き続けていると、沙菜の言っていた通りに廃屋が見えてきた。門や建物には洋風の趣きがあり、お金持ちが住んでいたのだろうという印象が勝手に出来上がるのだが、それも様々な落書きで台無しにされている。
「ここがさっき言っていた……。成程、心霊スポットとなっているわけか」
「そういうこと。廃ラブホと廃洋館なんて絶対に心霊スポットになるでしょ」
「ちなみに、ここにはどんな噂が?」
「ホテルの方は物音とか気配とかね。こっちは一家心中した住人の幽霊が……ってとこ」
「一家心中……?」
「噂、だけどね。そんな事件が起こった形跡なんてないし」
「なるほど」
零は門の前に立ってじっと玄関を見る。すると次第に景色は変わっていき、懐中電灯を持ってここに訪れる若者や、スプレー缶で落書きする若者の姿。何故かカップルで入っていく人達や、酔っ払いの姿なんかも見える。
そうして場所の記憶を遡及していくうちに、いなくなった住人への郵便物を運ぶ配達員の姿が見え、やがてここに住んでいたであろう一家の姿が見えた。
一家は何やら悲しげな表情を浮かべ、最低限の荷物を車に積んで移動をする。旅行へ行く人のようには見えない。どうやらやむを得ない理由でこの家を手放したようだ。
「ちょっと、何をぼうっとしてんの?」
「おっ……と」
沙菜に声を掛けられて意識が遠のく。そして現在の荒れ果てた姿へと戻って止まった。
「あんたさ、何を視てんの?」
「え?」
沙菜は玄関をじっと見ていた零から僅かに霊力を感じた。それだけで「何かしらを感じ取っている」という予想は容易だった。
零も零で他の人と質問のされ方が違ったので驚いてしまった。そこに何かしら含みのある質問だということは考えるまでもなかった。
「僕はこの場所に残された残留思念を読み取ったんだよ」
「残留思念? ここに住んでいた人が残した想いとかを感じ取れるってこと?」
「あー、僕のは少し違くて。その場所の記憶を読み取っているってだけなんだよ。だから、元々地面だった場所がコンクリートになってしまったり、ダムになってしまっていたりすると読み取れなくなる」
「ふーん。それで、何が視えたの?」
「一家心中なんて事実は無かったってことかな。旅行に行くより多めの荷物を車に積んで、悲しそうにここを離れる姿が視えた」
「夜逃げみたいな感じってわけ? なるほど、それなら納得ね」
「だけど、場所としてはあまり良くなさそうだね。住人が原因ってわけじゃないけど、それなりに集まってきそうだ」
「……まあ、場所が場所だから」
沙菜はそう切り捨てるように冷たく呟いて歩き出す。置いていかれないよう、零も小走りで追いかけた。