友達の義務
「それって、いつメンのこと?」
「いつメン……そうなんだ?」
零は今まで、亜梨沙は同性の友達2人と一緒にいるところしか見たことがなかったので、女子3人がいつメン……いつもの面子だと思っていた。亜梨沙の口から6人揃っていつメンだと聞いて少し驚いた。
「……確かに零君は男連中3人と会ったことがないもんね。あっちは零君のことを知ってるけど」
「え? どういうこと?」
「どういうことって、そもそも零君は少し前までずっとコートを羽織っていたでしょ? それに加えて私や黒山さんと一緒にいることもあるんだから、沢山の人が零君のことを知ってるよ」
「そ、そうなんだ?」
零にとってその情報はかなり複雑な気持ちを抱くものだった。何故ならそれは栄誉のある有名というより、単なる悪目立ちだからだ。
軽くショックを受けているところではあるが、それを咳払いでこの場の空気から追い払う。
「……ともあれ、亜梨沙さんには一緒に楽しくいられる仲間がいる。クリスマスの約束は僕も楽しみにしているしちゃんと守るから、今は僕のことを放っておいても大丈夫だよ」
「そういうことが言いたいんじゃなくて……」
「君の力が必要な時にはちゃんと頼る。僕は前にもそう言ったはずだよ?」
「それはそうだけど……。ちゃんと頼ってくれてないじゃん」
「今はそうかもしれない。だから、君に頼らなくても大丈夫なうちに君は君の友達と仲良く楽しく過ごすべきだ」
「それはそれ、これはこれでしょ」
「そうかな? 僕はそう思わない。普通の学校生活という面では、亜梨沙さんと僕では住む世界が違う。僕はそう、君達を見てそう思った」
「そんなことは……」
授業の始めを告げる本鈴が鳴る。零は一番近くにあるスピーカーをじっと見つめて、亜梨沙の言葉を待った。
亜梨沙に否定されたとしても、零はその否定を否定する。そのつもりで準備していたが、亜梨沙から否定する言葉は出てこなかった。
「亜梨沙さん。僕に構ってくれるのはとても嬉しく思ってるよ。本当に贅沢だと思えるくらいに。でも、君は僕なんかに構わなくたってこの高校生活を十分に楽しめるだけの仲間がいる。友達と過ごせる時間を大切にすべきだよ」
「………」
亜梨沙は零の意見を否定しようとした。確かにいつメンと過ごす時間は楽しいし大切だ。しかし、零と過ごす時間も亜梨沙にとって大切な時間だ。それはいつメンとは違う意味であり、それを零に伝えるということはある意味で自分の恋心を告白するということである。
今の亜梨沙には、好意を伝えて結果を受け入れるだけの覚悟がなかった。だから何も言えなかったのだ。
「……小言は避けられそうにないけど、今なら授業に入り込める。話は終わりでいいかな?」
「…………」
亜梨沙は俯き、何も答えない。零としてはここで一緒にいてあげるべきなのか、それとも敢えて去ることで一人で考える時間を与えるべきなのか悩んだ。
潤だったらどんな選択をするだろうか。授業を欠席してまでの活動を彼は良しとしない。であるならば、ここは亜梨沙を置いて去るべきなのだろう。
だが、そうしてしまうだけの覚悟が零にはない。はっきりとはしていない曖昧な感情だけれども、零もまた亜梨沙に好意を抱いている。だから彼女を放っておくことが出来ず、俯いたまま何も言わない亜梨沙をじっと見ていることしか出来なかった。
結局、授業が終わるまでこの膠着状態は続き、亜梨沙の友人である女子からの着信があって亜梨沙が去ったことでようやくこの場はお開きとなった。
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「また悪い先輩に唆されて、授業をサボったか?」
教室に戻るや、開口一番に潤からそう言われた。
零は静かに首を振る。
「今回は亜梨沙さんだよ。僕が稽古へ行くことに対して良く思ってないようだ」
「お前、古戸にちゃんと話をしたのか? 稽古に出ること」
「しようと思ったけど出来なかったんだ。いつメンと話していたから、どうも入りにくくて」
「了承していないというわけか。それは確かに面白くないだろうな。それによって、一緒に過ごす時間が失われては」
「いつメンがいるのに? 僕に拘らなくてもいいと思うけど」
「……何?」
潤は思わず自分の耳を疑った。あまりに零が亜梨沙のことを理解していない言葉を口にしたからだ。
「だから、亜梨沙さんはいつメンと楽しく過ごせるからそれが一番でしょってことだよ」
「お前……本気でそう思ってるのか?」
「うん」
「それを古戸に言ったのか?」
「うん」
「……お前というやつは」
潤は大きな溜め息を吐いて、大親友の鈍感さに心底呆れた。それと同時に亜梨沙とのやり取りが膠着状態に入った理由を察した。
一方、零には潤の反応が理解できなかった。
「人の前で大きな溜め息を吐くなんて失礼じゃないか? いくら僕が相手だとはいえ」
「お前の方が古戸に対して余程失礼だろう。お前は自分の気持ちを偽っている」
「嘘ついているってこと? そんなことないよ」
「いいや、ある。お前、本当は古戸が友達と楽しく談笑していて不快に思ったんじゃないか?」
「不快?」
零は「何を言っているんだ」と言いたげな返しをするのと同時に、いつメンと談笑する亜梨沙の姿を思い出した。亜梨沙は重度の中二病患者であり、魔法少女の娣子であるが、表に出している姿は青春漫画に出てくる主人公グループに属しているような存在だ。
そんな存在だからこそ、自分に構って薔薇色の青春を不意にしてほしくない。
でも、そんな姿を見るのは酷く面白くない。零は確かに潤の言う通りだと今ここで気付いた。
「お前はその不愉快を古戸に言ったか? 相手だけに本音を言わないでいるだなんて、俺はお前が卑怯だと思う」
「僕が卑怯?」
「ああ卑怯者だ。ちゃんとお前の本音を古戸に伝えろ、この件が終わった後、古戸に謝ってからな」
「え? どうして僕が?」
「本音を言わなかったお前が悪い。古戸との関係を続けたいなら、ちゃんと謝っておけ」
「…………」
圧こそは抑えられているが、潤は本気で忠告していた。それがわかる零だからこそ、2回目は反発することなく受け入れた。
「わ、わかった」
「ならいい。家の都合だからな、ある程度は仕方がないとわかるが、俺は今もお前に普通の高校生活を送って欲しいと思っているからな」
友達が間違った道を歩もうとするのであれば、それを止めて正しい道を示してあげるのが友達。潤は零が普通の高校生活を送っていく上で、亜梨沙の存在は必要だと思っている。彼女に期待しているからこそ、零に厳しく言ったのだった。
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その後も零は亜梨沙を気に掛けたが、ついぞ亜梨沙と話す機会は訪れない。零が見える範囲であっても、亜梨沙は気丈に振る舞っていつも通りを演じていたが、今までのように亜梨沙の方から零に話しかけることはなかった。
そんななかで迎えた週末。零は襲撃を受けても戦えるように動きやすい服装で、沙菜との待ち合わせ場所へ向かった。
零が到着する頃には既に沙菜は到着しており、零が来るのを待っていた。いつまでは想像できないような僅かにおしゃれをした沙菜は自分の方へ向かってくる零の姿を見つけて軽く溜め息を吐いた。
「こんにちは、沙菜さん」
「遅い!」
「えぇ?」
零は沙菜に怒られたのを不服に思い、スマホで時間を見る。約束していた集合時間の10分前であり、時間を沙菜に見せつけた。
「まだ10分前じゃないか。僕は遅れてないよ」
「あたしがそれより早く来て、あんたに待たされたから怒ってんの。今後、あたしに怒られたくなければ、あたしを待たせないことね」
「横暴だな」
零は沙菜が言う無茶に溜め息を吐いた。一方で沙菜は零が溜め息を吐いたことに対して突っかかることはなく、移動を始めた。
「現地へは基本的に歩きだから、覚悟して」
「ん? わかった」
二人は駅から離れて、少しばかり遠くに見える山に向かって歩き出した。