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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
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意外な助言

「ふーん」



 全てを話し終え、沙菜から出てきた反応はそれだけだった。普通の人なら「何言ってんの」と言わんばかりの冷たい視線を浴びせられるような話なので沙菜の反応は零にとってかなり意外だった。


 休憩時間の終わりを告げているかのように女剣士達は稽古へと戻っていく。それに合わせて沙菜も立ち上がった。



「あんた、その話。本当にあるって本気で思ってる?」


「勿論だよ。そうじゃなきゃ寝不足にもならないし、こんな話だってしないよ」


「それもそうだ。……その昔、敵によって無惨な最期を迎えた集落があったらしいわ」


「え?」



 沙菜の言葉に零の脳が追い付かない。いきなりなんの話をされたのか理解できなかった。



「続きはまた後で。今は稽古に集中して」


「う、うん」



 そう言った沙菜には零の悩みに対する答えの見当がついていた。何故なら彼女もまた、零が抱えている案件に関連する問題を抱えていたからだ。


 とはいえ、彼女は真面目な性格故に自分の抱える悩みと稽古をしっかり分別して取り組んでいた。零とは違い、稽古に影響が出ないようちゃんと調整していたのだ。


 ただ彼女にとっても意外だったのは、零という存在が自分に近しい存在だったということだ。自分の家について誰かに話したことなどなかったので奈月が知っていて組ませたとは考えにくい。妙な偶然があったものだと沙菜は心の中で呆れていた。


 相変わらず零に稽古をつける沙菜だったが、ここところは零に対してあまり悪い印象を持っていない。要領はあまり良く無いが、教えたことはちゃんとやるし、少しずつではあるがそれも身に付いている。


 皆が帰った後、奈月に厳しく稽古をつけてもらっているのは沙菜も含め、ここにいる皆がこっそり知っていることだ。それでも零や奈月が危惧していたような文句が出てこないのは、稽古の内容があまりにハード過ぎて誰も巻き込まれたくないと思っているからだった。


 少しずつではあるがちゃんと強くなっている。皆と一緒に稽古出来るのもそんなに遠い話ではないだろうと沙菜は思っているので、最初よりも心持ちは軽かった。


 稽古の合間を見て、休憩時に話の続きをする。零がタオルで顔の汗を拭っている横で沙菜が話し出す。



「さっきの話しの続きだけど」


「う、うん」


「その昔、ある武将が治る領土の中にあった集落が敵によって襲われた。襲撃の報せを聞いたとある侍がすぐに集落へと向かって迎え討とうとしたんだけど、一人では限界があったんだろうね。負けてしまって集落の住民は全て無惨な最期を迎えた。その無念が地に残り、今や誰も近付かない場所となった」


「そこに御神鏡があるってこと?」



 沙菜は頷く。



「無念や怨念は強く大きくなり、やがて周りへと影響を与える。怪奇現象を恐れた周囲の人々は高名な除霊師に助けを乞うて御神鏡により怨念を封じた。そうしてこの辺りは平和になった……って、有名な怪談話があるんだ」


「怪談話? 有名ってことは誰もが知ってる?」


「そうね。夏の風物詩ってところだけど、何かおかしいとは思わない?」


「え、何が?」



 沙菜は深く溜め息を吐いた。



「少しは考えなさいよ。この怪談話の上手いところは具体的な場所を言ってないの。所詮は噂話のようなものでしかないから公的な記録もない。何ペディアとか図書館で調べたところで出てくるのは統治していた武将のことくらいだから、信憑性もない」


「でも、沙菜さんは信じているんだ?」


「まあね。大体の場所も見当がついている」


「なっ……!」



 零が跳ね起きるように沙菜の方を向く。少し距離が近くなっていることに対し、不愉快に思った沙菜はキッと零を睨んだ。



「あ、ごめん」


「次、稽古の時に近付いたらブッ飛ばすから」


「う、うん。ところで沙菜さん、お願いがあるんだけど」


「連れてけって言うんでしょ? 夜は危険だから稽古が休みの日に連れて行ってあげる」


「やった、ありがとう!」



 零は心底嬉しそうに笑った。怪談の舞台となった場所に案内すると言われて喜ぶだなんて、普通の人からすればかなりイカれているだろう。


 だが、この話をした時点で沙菜には確信があった。零が何かしら除霊に関わることをしているのだと。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 日曜日は稽古が休みなので、沙菜と零は日曜日に現地へ向かう約束をした。


 とはいえ、そもそもこの案件については零一人で対応しているというわけではない。このことは詩穂に共有しておく必要があるだろうと思ったので、直接話そうと零は詩穂がいる教室へと向かった。


 教室にいる詩穂は相変わらず一人で席に座っている。何やら本を読んでいるようだが、零は誰かにお願いすることなく自ら近付いて話しかけた。



「黒山さん」


「あら、鷺森君。何かあった?」


「うん。奈月さんのところで稽古つけて貰ってる間に進展があってね」


「そう。……ここでは少し話しにくいわね。外へ出ましょう」


「あ、うん」



 詩穂は本を閉じ、それを机の引き出しに入れて立ち上がった。そのままスタスタと教室から出て行くので、それに続いて零も教室を後にした。


 詩穂が向かった先は中庭だ。春から秋までは人がいるこの場所も冬は寒さのあたり誰もいない。少し窮屈でも暖かい教室で駄弁ったりしているだろう。それを考えれば短く密談するのにはもってこいの場所だ。



「それで、何かあったのかしら?」


「うん。今、稽古を付けてくれている北見沙菜さんという女子がいて、その子が例の御神鏡があった場所に心当たりがあるみたいなんだ。今度の日曜日、その場所を一緒に見てくる約束をした」


「そう。でもあまりに出来すぎている気がするわね」


「出来すぎている?」



 零は詩穂が放った言葉の意図がわからなかった。故に聞き返すと、詩穂は「だってそうでしょう?」と前置いてからそう思った根拠を述べた。



「鷺森君の力不足を対策するために奈月さんの道場で稽古を始めた。そこで出会った剣道部員がたまたま御神鏡があった場所を知っているだなんて」


「偶然にしては都合が良過ぎる。そういう意味では確かに出来すぎているかもしれない。でも沙菜さんが嘘をついているとは思えないよ」


「別に疑えと言いたいわけではないわ。鷺森君がそう思うのなら、それは鷺森君自身に従うべきね。私が少し疑い過ぎているということもあるでしょうし」


「うーん……」



 零はいつでも素直に自分の考えを述べる沙菜を信頼していた。そういった意味では詩穂の方がよほど信頼できないが、詩穂の言っていることもわかる気がした。



「いずれにしても、これ以上はあまり時間を掛けられないわ。被害者も増えているようだし」


「え?」



 それは零にとって初耳だった。ここ最近は奈月と一対一で話す機会が増えているのに知らされていない。



「奈月さんはそんなこと言っていなかったけど」


「それは奈月さんなりの配慮なのでしょう。でも実際は増えているわ」



 詩穂は奈月から零の稽古に関する進捗状況を聞いている。零自身にはそれが伝えられていないが、奈月の正直な感想は「頑張っているけど、全然ダメ」だ。被害者が増えていることをリアルタイムに知らせれば、きっと零は焦って積み上げてきたものを台無しにしてしまうだろうと奈月は危惧していたのだ。


 とはいえ、それも詩穂によって無駄になってしまった。



「じゃあ、一刻も早く長谷川咲枝を見つけて対処しなくちゃだね。日曜日まで待ってられないか」


「いいえ。ここは確実に慎重にいきましょう。もしも首尾よく落武者を封じる場所がわかれば、落武者を封印しつつ長谷川咲枝の無力化に向けて動き出す」


「うん、わかった」



 零は取り敢えず目の前のことに集中しなければならない。一方、詩穂は今後の展開をある程度描き始めていた。

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