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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
139/190

個別訓練

先週は勝手におやすみをいただき申し訳ありませんでした。

少し土日が潰れてしまう仕事がありましたもので……。


エタらないよう、少しずつでも完結に向かって歩きたいと思っておりますので今後もよろしくお願いします。

 沙菜が着替えに行ったので零も着替えようと更衣室に向かおうとした。



「あっ、零君は待って」


「え?」



 一歩踏み出したところで零の動きがピタリと止まる。普段の奈月ならその反応に突っ込みを入れるところだが、それどころではなかった。



「零君には少しずつだけど個別指導をするよ」


「えっ? しかしまずは基本をって」


「まあ、そうなんだけどね」



 奈月が自分の竹刀袋から愛刀である竹刀を取り出した。しかし、そこにはまだ輝きはない。



「理由を話せば単純な話で、ボクはそもそも皆に教えている剣術で戦っていなかったんだ。あの時は自己流だったからね。それでも敵を倒すには有効だったよ」


「…………」



 個別指導を受けることに対して反論はないが、それでも着替えている彼女らが出てきてそれを見たら何か思うことは必ずあらはずだ。その特別扱いは不平不満を訴える者も出てくるかもしれない。だから今現在の零は乗り気でなかった。



「皆が帰るまで待ちませんか? 教えているものと異なる剣術を見せれば、彼女らも黙ってないと思います」


「ん? それもそっか」



 奈月はそこまで考えが至っていなかったようだ。少し考える素振りを見せて、零の意見を肯定した。



「僕は少し男子更衣室を掃除してきます。あのままというのもちょっと」


「あ、そう? わかったよ」



 奈月に了承を得たところで零はバケツに水を汲み、雑巾を持って男子更衣室への方へと向かった。

 男子更衣室はしばらく使われていないからかカビ臭く、埃だらけでとても体に良くないような気分にさせるほど汚い。これからどれだけ使っていくのかは零にもわからないが、使う以上は綺麗にしようと思った。


 男子更衣室の掃除する零を横目に着替え終わった女剣士達は道場を去っていく。数々の視線が零にとっては不快だったが、しばらく経ってようやくの視線達が消えていった。



「………」



 黙々と掃除をする。その様子を見ていた沙菜は耐えられず声を掛けた。



「あんた、何やってんの?」


「ん、見ての通り掃除だよ。ここが随分と汚かったから……」


「男子更衣室だからね。もう少し門下生がふえれば、そこも女子更衣室になるかもだけど」


「そうなんだ」


「…………」



 零は掃除に一生懸命で沙菜の方を向こうとしない。汚れた箇所の掃除を自ら率先して行おうとするのは殊勝なことだと思ったが、それでも零と沙菜が会ったのは今日が初めてなのだから為人を知らない。故にこの態度は少し無愛想に感じた。



「鷺森って、なんか無愛想だね」


「え?」



 零は思わず沙菜の方を見た。驚いたような反応が面白かったのか沙菜は笑い出した。



「あはは、気のせいだったわ。あたしは帰るけど、ほどほどにね」


「うん」



 稽古中には気が付かなかったが、沙菜の髪はそこそこ短い。ただ髪のボリュームがすごいようで、手拭いを取った沙菜はかなり印象が異なって剣道をやっているように見えなかった。肌の白さ・綺麗さがより髪型の存在感を際立たせた。


 零は掃除の続きをしようしたが、沙菜が最後だったのか全員帰ったようで、奈月に呼ばれた。



「おーい零君、やるよー!」


「あ、はい!」



 零はすぐにバケツと雑巾を片付け、奈月の前に立つ。



「さて、始めよっか。それじゃあ、零君は能力で刀を出して」


「えっ?」



 奈月の言い出したことが予想もしないことだったので、零は聞き間違いを疑った。実用的な剣術を習うとはいえ、竹刀でやるものだと勝手に認識していたからだ。



「ボクとの練習では竹刀を使わない。ボクも能力を使って零君と対峙するから、どうぞよろしく」


「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」



 そうは言いつつ、奈月は愛刀の竹刀を構える。すると竹刀が淡く輝き出した。その光は敵と対峙する時に比べて威力が抑えられているようで、絶妙な調整加減であることが零にも見てわかった。


 零もピンク色の携帯を取り出して姿を刀へと変化させ、沙菜に教わった通りの構えを取った。



「へえ! 早速練習の成果を見せてるね。これは沙菜も鼻が高いだろうな!」


「あれ、少し待ってください? 僕達、防具を着けてないですよね?」



 零はふと、そんなことを思い出した。奈月のことだから防具なくても大丈夫なように寸止めを可能としているだろうが、防具を着用した方が想定外の攻撃に対しても怪我をしない保険となるだろう。



「うん、そうだね」



 零の常識的な指摘に対して奈月は「それが何?」と言わんばかりの顔と声色で答える。



「普通は確かに防具を着けないと危ない。これが剣道ならボクはむしろ防具を着けない相手に怒るよ。でも今、君に教えるのは剣道じゃない。技を磨いて競う競技ではなく、やるかやられるかの……言ってしまえば殺し合いの方法だよ」


「………」


「ボクの攻撃が当たっても零君は死なない。切られた痛みは味わうけど。でも、本番は攻撃を受けたらダメなんだよ? 痛みを受けない為の工夫を身につけなくてはならない」


「はい」


「うん。じゃあ、いくよ」



 奈月が素早い動きで零との距離を詰める。零が奈月の攻撃に対応すべく備えようと集中した瞬間、奈月の剣は既に零の首へと迫っていた。



「なっ……」


「零君、遅いよ。ボクの攻撃に備えるのでは遅過ぎる。ちゃんと考えて先手を打たないと攻撃を受けてしまう」


「は、はい。もう一回お願いします」



 奈月は頷いてまた距離を空ける。奈月が構え直したのが再開の合図だった。再び距離を詰めてくるタイミングを狙って零は面を打つ要領で刀を縦に振った。


 しかし奈月はそれを予想していたかのようにあっさり刀による攻撃を竹刀で横に受け流した。そこから滑るように竹刀は零の首元へと向かった。


 防御が間に合わない。零は咄嗟に後ろへと下がったが、少しバランスを崩した。



「おやおや、沙菜の教えが生かされてないよ? すり足で移動しなくちゃ体制を崩す」



 そう指摘しつつも奈月の竹刀は零の頭上にピタリと止まっていた。奈月は寸止めできるほどにまだまだ余裕だった。


 奈月の指導はほぼ1時間。零の感触としてはあまり上達した感じがしなかった。



「も、もう一本!」


「いやいや、今夜はもう終わりだよ」



 零が負けじと食いつく。奈月としてもそれはそれで魅力のある話だったが、時刻は既に21時になっていたので中断した。



「前にも言ったけど、今回の件について言えばどれだけ上達しても所詮は付け焼き刃だからね。焦らず少しずつ未来に向かって強くなれればいいと思うよ」



 そう言った奈月の笑顔は今までと同じ笑顔だった。どこか能天気なようで、励まされる程に力強く優しい。



「ありがとうございました」


「ううん、こちらこそ。お疲れ様!」



 零と奈月は二度手間となってしまっているものの一緒に掃除をしてから、奈月に車で送っていってもらい帰宅した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 零の強化訓練はほぼ毎日続いた。そうして通っているなかでこの道場に通い詰める女剣士達は紅ヶ原の剣道部員であり、かつて校内にあった道場が老朽により解体され、代わりの道場としてここで励んでいるのだと零は知った。


 沙菜に基礎を教わりながら居残りで奈月に戦術を教わる日々。ようやく少しずつ上達して手加減した奈月の攻撃もある程度対処できるようになってきたある時の休憩中、沙菜がふと気になったことを零に質問した。



「あんた、ちゃんと寝てる?」


「えっ?」



 壁にもたれかけ、水筒の水を飲みながら沙菜が問う。



「少し寝不足気味な顔してるの、鏡見てわかんない?」


「自覚はなかったかな」


「幸い集中力が続いているようだけど、そのうち集中力が続かなくて、稽古の時間を無駄にするよ? あんた寝不足してまで何やってんの?」


「…………」



 実のところ、零は奈月との個別訓練以外にも御神鏡が封じられた場所を探すのも同時並行で行なっている。祖母の霰から教わった通り、鷺森露に植え付けられた霊力を使って探知しようとしているが、どうも見つからない。それによって寝不足を起こしていた。


 とはいえ、こんかことを沙菜に話しても仕方がない。そう思って黙っていると、沙菜は少し頭にきたのか突っかかってきた。



「あんたが寝不足だろうとどうでもいいけど、それによってあたしの時間が無駄になるのが嫌なの! 巻き込んでんだからちゃんと話せっての」


「うん、まあ、それもそうか。そうだね」



 逃げられないと観念した零は「笑わないで聞いて欲しいんだけど」と前置きをしてから、御神鏡の話と祀られていた場所を探しているという話をした。その間、沙菜は笑わずに零の話を聞いていた。

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