心配の意味
先週は勝手ながらおやすみさせていただきました。
立場上、色々とイベントがあったものでして。
今週から通常運転ですが、来週はまたどうなるやら……。
よろしくお願いします!
真悠の明るさは圧倒されるものだったが、だからこそ零は既視感のようなものを感じていた。会って話したことはないはずだが、一方的に真悠のことを見ていたような、そんな既視感だ。
「ところで詩穂ちゃん。隣の彼はだーれ? もしかして彼氏とか!?」
真悠のノリに反して詩穂は冷静に首を横に振る。しかし、うんざりしたような顔はしておらず、気分の浮き沈みもない。
「違うわ、真悠さん。私にはそういうのよくわからないもの」
「……そっか、そうだね」
詩穂の母である詩織とは大親友なのだから、詩穂の能力について理解があるのだろうと零は思った。ただ一つ違和感があるのだとしたら、真悠の返事は残念そうでも無ければ憐れむようなものでもない。どちらかといえば、安心したかのようなものだった。
「自己紹介が遅れてごめんね! 私は栗川真悠。詩穂ちゃんのお母さんの大親友だよ!」
「あ、こちらこそ……。僕は鷺森零といいます」
「鷺森くん……ね。珍しい苗字だね!」
「そうかもしれませんね」
今まで鷺森という名を聞いてそんな反応した人はあまりいない。たまたま真悠の近くにいないだけなのかもしれないが、珍しいと言われ慣れていない零はそんな反応しかできなかった。
「鷺森くんの方はどうなの? 詩穂ちゃんのこと、好きなの?」
「えっ」
零は思わず唖然としてしまった。まさか初対面でそんなことを聞かれるとは思っていなかったからだ。
異性としてどうなのかと問われれば、別に恋心を抱いている訳ではない。では友人としてどうなのかと問われても、また微妙だ。
友人として接するには、あまりにも彼女の秘密が多すぎる。
だが、それを素直に答えて良いものなのだろうか。詩穂の能力的には否定しても心に傷を負うようなこともないだろう。しかし、そう決めつけた結果、傷付けてしまうのだとしたら良くない。零は答え方にかなり悩んだ。
そして詩穂はじっと零を見る。それがどういう意思を伝えているものなのかを気にする余裕が零にはないが、仮にあったとしても読み取れはしないだろう。
「嫌いではありません、ね」
「んー、はっきりしないなあ」
当たり障りのない回答をしたので、零の中ではこれで良かったと思っている。しかし、一方で真悠の方は不服だった。
とはいえ、それはあくまでも「答えとしてはつまらない」という意味だ。零の回答は限りなく正解に近いものだと、零自身は直後に悟った。
「まっ、いいかー! 詩穂ちゃんに悪い虫がついたら、除去しなきゃいけないもんねー!」
「…………」
明るく返す真悠の両手にはいつのまにやら、大きな刃物が握られていた。大き過ぎるハサミを分解したような形の刃物だった。
この時、零は自分の答えが正しかったのだと悟った。もしも場の空気に流されて、ありもしない詩穂への好意を語ろうものならまた一つ事件が増えたことだろう。
「真悠さん……!」
躊躇なく能力を発動させた真悠を詩穂が咎める。大きなハサミのような刃物は、真悠が重度の中二病患者であることを表していた。
しかし、当の本人は悪びれる様子すら見せない。
「えー? 詩穂ちゃんと一緒にいるってことは、鷺森くんが重度の中二病を知ってるってことでしょー? 詩穂ちゃんのやりたいことを邪魔する気ないけど、ちゃぁんと警告はしておかないとねー?」
真悠の表情は笑顔そのものだ。目が笑っていないというわけでもなく、純粋な笑顔を見せている。それが余計に恐怖だった。
「あの黒山くんでさえ、しーちゃんを裏切ったんだから……。もうあんな悲しいは嫌だもん」
「…………」
真悠は透夜に対して明確な敵意を向けている。そんな真悠を見た零は、今この時になってようやく「真悠の残留思念を瑠璃ヶ丘高校で見た」ということを思い出した。そして、奈月が心配してくれた理由も。
真悠は笑顔で刃物を振り回して話を続ける。
「だから鷺森くん、必要以上にこの子へ近付いたらダメだよー? まだまだ未来があるんだから、命は大切に。人生の選択は慎重に、だよー?」
「……はい」
零の返事を聞いた真悠は能力を解除し、手に持つ刃物を消し去った。そして詩穂の隣に立ち、零に向かって手を振った。
「それじゃ、しーちゃんが待ってるからもう行くねー! 鷺森くん、バイバーイ!」
「鷺森君、また学校で」
「う、うん」
零も小さく手を振りかえす。そして真悠と詩穂は一緒に家の中へと入っていった。
「…………」
かつて《クリフォト》が起こした女子高生誘拐事件を解決に導いたという英雄・黒山透夜。そんな彼だが、娘や妻の大親友から怨まれているのが現実。詩穂の家庭環境や透夜のことを知れば知るほど、そのギャップが不思議でならない。
一方、詩穂は父である透夜を恨んでいる女性・真悠のことを信頼している。沙希や奈月にも友好的な態度を見せていたが、真悠相手だと二人を超える。あの詩穂が敬語を使わず話せる年上の相手なのだから、真悠は親同然のような存在なのだろう。
零は踵を返し、駅に向かって歩き出した。帰宅するためには電車に乗って移動しなければならない。
うっすら見える星を見ながら、零は黒山家の複雑さに頭痛を感じた。
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「ただいま」
零がそう言って帰宅すると、祖母の霰は夕飯を使っていた。少しだけ振り返り、零に「おかえり」と言った。
普段であれば洗面所で手洗いとうがいをして自室に向かうところだが、零はどうしても祖母に聞いておきたいことがあった。
「婆ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「ん? 飯作りながらでいいならいいよ」
「うん、大丈夫。婆ちゃんはさ、神鏡って知ってる?」
「神に鏡と書いて神鏡か。知っておるとも。ここ最近は全く見なくなったが、ご神鏡を見つけたのか?」
「いや。どうもそれを勝手に持ち出して悪用している人がいてね。どうやらそこに封じられていたこの世ならざるものが出てきたんだけど、ちょっと厄介だね」
「……ほう」
祖母の雰囲気が変わる。そこにいたのは夕食を作る祖母ではなく、鷺森家当主・鷺森霰だった。
「それはまた罰当たりなことをした奴がいたもんだ。しかし、ご神鏡が祀られていないとなると、そこには瘴気がかなり濃くあるだろうな」
「瘴気?」
「ああ。ご神鏡が祀られている場所は大概が良くない場所だ。負の感情が集まりやすい場所だとも言える。生者は死者を生み出し、死者を生者を恨む。同じ思いをさせようと死に誘われる場所……そういったところにご神鏡は祀られる」
「うん? ということは、何か一つの存在を封じるものではないってこと?」
「余程強い霊なら必要かもしれんな。除霊できずに封じるという手段としてだがな。しかし、いずれにせよそれならば強い気配がするものだ。私がそれを感じていないということは、近くじゃないんだろうな」
「うーん、僕はそのご神鏡を元に戻さないとなんだけど、元々祀られていた場所がわからないから困っているんだ」
「ふむ、零にはそれが感じられないか」
がっかりしている様子は見せない。霰にとって、零は瘴気を感じられなくても仕方がない存在だ。むしろ、模倣でも鷺森家の役割を果たせるだけでも奇跡だ。
しかし、今の零は鷺森露の霊力を植え付けられて霊感がある状態だ。遠くからはわからずとも、瘴気を感じることは出来るだろうと霰は考えていた。
「零、今のお前なら見つけられるかもしらんぞ。この近くにないというだけであって、ご神鏡が祀られる場所は雰囲気がかなり禍々しい」
「僕でもわかるかな? 不安しかないけど」
「こればかりはやってみんとわからんよ。だが、ご神鏡が置いてあるほどの場所だ、残留思念も濃いだろうよ」
「なるほど、わかった!」
流石に答えを簡単にもらえるほど甘くはない。だが零は、武士にまつわる場所を中心に探してみることにした。