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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
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地嶋家で出迎える者

 電車に揺られている時間に対し、詩穂と話す時間は少ない。窓側を取られているものだから外の景色を楽しめるというわけでもないし、零は取り敢えずスマートフォンでSNSを開いてタイムラインを追ったりして時間を潰した。


 そうしているうちに詩穂が急に立ち上がった。いよいよ降りる駅が近付いたのだろう。零も立ち上がって詩穂に続き、扉の前で待機した。


 降りる駅に着くなり、2人はすぐに電車を降りた。降りる人と乗る人の入れ替えが激しく、零は詩穂とはぐれないように一生懸命ついていった。


 詩穂はあくまでもマイペース。零がはぐれてしまっているかを気にすることもなく歩いていく。零の中で物申したい気持ちも無くはなかったが、それを言ったところで詩穂が人に合わせることをしないのはわかりきったことだった。


 改札を出てしばらく歩く。駅周辺は人の往来が激しかったが、いつの間にかすれ違う人が減っていた。どうやら住宅街へと入ったようだが、鷺森家付近に比べて新しく綺麗な家が多かった。



「ここに人が住むようになったのは、最近のことなのかな?」


「……どうして?」


「やけに家が新しく見えるからさ。新築が多いような気がして」


「ここは昔から住宅街よ。ただまあ、普通の稼ぎではここに住めないでしょうけど」


「あー、なるほど」



 幼い頃から地嶋家と交流のあった詩穂が言うのだから間違いないだろう。家が新しく見えるのは、元から家にお金が掛かっているのか、或いはこまめにリフォームできるだけの財力がある人達が住んでいるということだ。


 そんなことは質問しなくても残留思念を視ればわかるかもしれない。だが、歩みを鈍らせずに視れる程便利ではないし、視ただけではそれがいつの時代なのかわからない。



「でも閑散としてるね。もっと子供の声がしていいものだと思うけど」


「いつの時代の話をしているのかしら。最近は家でゲームして過ごしたり、動画を見て過ごすのものよ」


「えっ、そうなの!? 僕は婆ちゃんに、外で遊べって怒られていたけど……。黒山さんはどうだった?」


「……さあ、どうだったかしらね」



 零の価値観は祖母の教育によるものだ。故にゲームを与えられない生活だったが、そういったツールが一番必要な時期……つまり中学時代は重度の中二病患者と戦っていたからそれどころではなかった。


 一方、詩穂も似たようなものだ。幼き頃から能力に目覚め、その扱い方をはつに鍛えてもらっていた毎日。それを話したところでつまらないだろうと思った詩穂はそんな無愛想な反応をしたのだった。

 当然「面倒くさい」というのがまず出てきた本音だが。



「……着いたわ」


「ここが……って、うわ!」



 思わず零は驚いた。うるさいと言いたげな詩穂が零を睨むが、驚くのも無理はない。想像していたよりも大豪邸で、家というより宮殿に近い印象だったからだ。



「これって家……なんだよね?」


「当然でしょう」



 詩穂は厳重な門の横に付けられたインターホンを鳴らす。するとすぐに男性の声が聞こえてきた。



『はい』


「黒山詩穂です。予めお邪魔させていただく旨のご連絡を沙希さんにしていただいているはずですが」



 詩穂はそういって門の少し斜め上を見る。零もそれに続いて同じ点を見ると、そこには防犯カメラがあった。あまり目立たないところに取り付けられており、初見では絶対に気が付かないだろう。


 すると、応対していた男性の声色がすぐに明るく変わった。



『ああ、詩穂ちゃんか! 確かに沙希さんから伺ってるよ。今開けるから』



 どうやら応対した男性と詩穂はよく知った仲らしい。すぐに門が重々しく開いたので、すぐに詩穂は潜って入った。



「何してるの。閉め出されるわよ?」


「えっ、ああ、うん」



 零が惚けてそれを眺めていると、詩穂にビシッと言われてしまったので慌てて詩穂の後を追う。するとすぐに門が閉まり、詩穂の計画は強ち「脅しではない」ということを認識させられ、零の背中に冷たい汗が流れた。


 門を潜って入って行ったのはいいが、すぐに玄関が見えるわけではない。庭がかなり広く、緑が多い。零は物珍しくキョロキョロと辺りを見回しながら歩くが、詩穂は何も言わずにただ真っ直ぐ歩く。


 ようやく玄関が見えてきたと思ったら、そこにはスーツをビシッと着こなした40代くらいの男性が立っていた。顔に少しばかり皺が見られるが、不思議とそれは「老い」よりも「大人」を感じさせた。



「こんにちは。詩穂ちゃん、久しぶりかな?」


「ご無沙汰しております、齋藤さん。以前ほどお邪魔する機会が減りましたもの」


「そうだね。しかし、ぱっと見ではわからなかったよ、綺麗になったね」


「いえ、それ程でも」



 謙遜する詩穂だが、恥じらいがなく淡々としているので可愛げがない。ある意味ではそれも詩穂の魅力かもしれないが、齋藤と呼ばれた男は零の方を見て肩をすくめた。


 意外と愉快な人なのかもしれない。零は率直にそう思った。



「……さて、用件は聞いているから案内するよ。いらないだろうけど」


「私としてはそこまで齋藤さんにお手間をお掛けしたくないのですが……」


「そう言ってくれるのは助かるけど、何せ今回は先代様のお部屋だというからね。いくら詩穂ちゃん相手でも好き勝手されないように見張らなくちゃならないんだ。これも仕事でね」


「そうですか。では、よろしくお願いします」



 詩穂と零は齋藤に続いて地嶋家と入っていく。家の中は不思議と花の匂いがした。市販で売られているようなルームフレグランスではない。まるでメモリアルホールにでも入ったかのような生花の香りだ。


 玄関で靴から来客用のスリッパへ履き替える。靴を揃えようと零がしゃがんだら齋藤が慌てたように声を掛ける。



「あっ、靴はそのままでいいよ。使用人がやるから」


「えっ、しかし……」


「これも地嶋家流のおもてなし……なんだ。つまり仕事だから、そのままにしておいてくれると、こちらが助かる」


「そういうことなら」



 零としては気後れしてしまうくらいのもてなされ方だが「仕事を取るな」と言われてしまえば致し方がない。


 実を言えば、地嶋家の客人には零のようなことをしようとする人が多い。それが礼儀なのだから当たり前だが、そんな人達相手にも「仕事を取られると困ります」と言ってやらせてもらうのが齋藤なりの「任される方法」だった。


 しかし、齋藤には客人を案内する役割がある。靴の整理は客人達が行ってしまってからこっそりと行われるので、そのまま齋藤は二人を先代の部屋へと案内した。


 そんな中でも零にとって意外なのは、階段が多いのにエレベーターがないことだ。歳を取れば車椅子が必要になる場面もある。車椅子で移動するにはエレベーターが必要で、これだけ大きな家を構えられる地嶋家ならエレベーターを設置するくらいどうということはないはずだ。


 とはいえ、そんな疑問を口にするのも失礼に当たるだろう。零は悶々としながらも黙って齋藤についていった。


 そのうちにある扉の前に辿り着く。不思議と、近寄りがたい重々しい雰囲気がそこにはあった。



「ここが先代様の部屋です。昨今の事件に関するかもしれないということで特別に立ち入りが許可されていますが、普段は出来ません」



 齋藤は敬語で二人を案内する。しかし、零は引っ掛かったことがあったのでそのまま口にした。



「故人の部屋ですが、そのまま残しているということですか?」


「うん。部屋数に困っていないということもあるんだろうけど、奥様が保存するよう仰られたからだね。越郎様もそれに対して反対しなかったものだから、清掃だけはしているってところかな」


「なるほど……」



 一応の納得はした。しかし説明を終えたはずの齋藤はじっと零を見つめていた。



「えっと、どうかしました?」


「ああ、いや。客人に対して失礼だとわかってて聞きたいんだけど、霊感があるって本当?」


「そうですね、一応は……といったところですが」


「そうか。じゃあ、見えるかもしれないな」


「何がですか……って質問に意味はなさそうですね」



 霊感ときて見えるとくれば、この部屋に幽霊の目撃情報があるということだ。その幽霊は間違いなく、先代……沙希の祖父なのだろうが、零にとって気になるのは「何が」ではなく「どのように」見えたかが肝心だ。



「どんな目撃情報があるか聞いても?」


「うん。聞いた話で実際に見えたわけではないから少し違っているかもだけど、深刻そうな顔で声を掛けてくるんだそうだ。見たっていう清掃員は怖がってこの担当から外れているんだけど、他にも見たって使用人がいてね。でも信じられるか? 姿が見えるだけならともかく、声が聞こえるだなんて」


「…………」



 零自身も直接声を聞けるわけではない。声や音は空気の振動だ。既に実体を失った存在に空気を振動させるような発声器官があるわけない。そういった意味では確かに齋藤の懐疑も当然だろう。



「いずれにせよ、この目で確かめないとです。本当にいるのであれば、僕にとっては都合がいい」


「……! わかった」



 齋藤は目を丸くして驚いた。幽霊がいるかもしれないことに対し「いたら都合がいい」なんて言える人間がこの世に存在するとは思わなかったからだ。


 零の力を信じ、齋藤はその扉をゆっくりと開けた。


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