メリハリ
「単純な話。鷺森君が沙希さんの御自宅でお祖父さんの残留思念と話せばいいだけよ」
詩穂の提案は零にとって「目から鱗」だった。むしろ何故、それを思いつかなかったのか、零は自分の視野が狭くなっていたことに気付かされて悔しく思った。
しかし、今はそんな悔しさに打ちのめされている場合ではない。
「た、確かに黒山さんの言う通りだ。でもそれって地嶋家に行くってことだよ? 僕達みたいな高校生には難しいんじゃ……」
「いいえ。沙希さんを通じてお願いすれば可能よ。実際に私も何度かお邪魔したことがあるわ」
「えっ」
それは素直に驚きだ。彼女は容姿端麗・文武両道でそして、同級生達からは見えない一面として、地嶋グループのトップと深い関わりがあることが追加された。
人付き合いが下手くそな部分以外に欠点がない。つくづく恐ろしい女子生徒だと零は思った。
得意げな顔をしても仕方がない人脈だ。しかし、詩穂は少し複雑そうな顔をしていた。
「普通の人から凄いことだと思うけど、黒山さんは何か複雑そうだね?」
「ええ、まあ。実際は父が築いた人脈だもの。沙希さんのお父さん……越郎さんは父のことを気に入っているから……」
「……そうなんだ」
沙希の父、越郎は出来ることなら透夜を地嶋家に迎え入れたいと思っている。それはつまり、沙希と結婚させたいということだ。今のところそれが実現されないというだけであって、詩織との間に生まれた子である詩穂にとって複雑な状況だった。
しかし、そんな細かいことまで零に話す気はない。零もこの事情に深入りすることなく流すことにした。
「ともあれ、詩穂さんの方には私から報告・交渉してみるわ。父も近くにいるのだから話は早いでしょう」
「うん、よろしく頼むよ」
零は柔和な笑顔で詩穂にそう言ったが、一方で詩穂は鼻で笑うかのように
「協力をお願いしてるのはこちら側だというのに」
───とだけ言い返して、そのまま二人は解散した。
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程なくして詩穂から「アポが取れた」という連絡を受けた。とはいえ、だからといってすぐにでも地嶋家にお邪魔できるというわけではない。週末を狙ってお邪魔することとなった。
だが、それはそれとして零には今やらなくてはならないことがある。
とある喫茶店。目の前には亜梨沙がケーキを食べながらスマートフォンを弄っていた。
「クリスマスはここと、ここに行って……」
「うん」
「こことここも……零君はどこか行きたい場所とかある?」
「うん」
「さっきから、うんってばっかり。ちゃんと私の話を聞いてる?」
「ん? うん、ちゃんと聞いてるよ」
零は自分が頼んだブレンドコーヒーを一口飲んで誤魔化した。実際は話半分で聞いていて、あまり理解していない。
亜梨沙はジトっとした目で零を見ていたが、すぐに不安そうな表情へと変わった。
「……今回の案件、まだ解決してないんでしょ?」
「……うん。もう少しで犯人を特定できそうなんだけど、なかなか苦戦気味だよ」
「クリスマスまでに解決できそう?」
「え?」
零には亜梨沙の質問がどのような意図を持ってされたものなのか理解できなかった。解決できるかどうかは地嶋家で得られる情報がどれだけ有益かで変わるが、日程を意識していなかったという意味では、解決がクリスマス後になっても問題はないだろうと零は認識していた。
しかし、亜梨沙は違ったようだ。
「だって、この件を抱えたままじゃ楽しめないじゃん。さっきから上の空なのも解決してないからでしょ?」
「いやまあ……うん。そうなのかもしれないね」
確かに零は地嶋家で残留思念と会話することを考えていた。いくら詩穂の伝手があったり、沙希がいるとはいえ何回も訪れることができる場所ではない。
となれば、この一回でどこまで探れるかが勝負だ。質問する内容、会話のパターン……色んなことを考えておきたかった。
「ごめん」
だが、零は素直に謝った。
自分のやっていることが長い目で見れば正しいことでも、今のこの瞬間における態度としては不適切だった。
零は自分を客観的に見てそう思ったから謝ったのだが、一方で亜梨沙はキョトンとしていた。
「えっ? どうして謝るの?」
「いや、亜梨沙さんの話をちゃんと聞いていなかったし」
「やっぱり聞いてなかったんだ」
亜梨沙がきぶって頬を膨らませる。そんな亜梨沙を見て言葉を失い、何を言ったらいいのかわからない零は困った顔で後頭部を軽く掻いた。
そんな零を見て亜梨沙は吹き出す。
「ぷはっ、零君の困った顔、面白い!」
「揶揄わないでくれよ……」
そう言いつつも零の表情も笑顔に変わっていた。案件のことも大事だが、亜梨沙と過ごすクリスマスも大事だ。それを考えると期待に胸が膨らむ。
「あのね、零君」
「ん?」
「前にも言ったけど、困っていたらちゃんと私を頼って。零君が相棒作ったりしないのはわかってるけど……」
「うん、ありがとう」
零にとっても亜梨沙は頼り甲斐のある存在だ。純粋な能力の力比べなら詩穂の『漆黒』に軍配が上がるかもしれない。しかし、亜梨沙の『奇跡』は言ってしまえば「なんでもあり」だ。本当に捜査が停滞してしまったのなら、亜梨沙の能力で犯人を割り出すことも可能だろう。
「ちゃんと頼る。だからそれまでは、楽しい話をしよう」
「うん!」
再び亜梨沙はクリスマスに回る場所のこと話しだす。
「…………」
亜梨沙と過ごせることは零にとっても幸運だ。しかし、どうしても裏切った女の影が見えてしまい、心の底から幸せを噛み締めることなどできなかった。
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週末を迎えた零と詩穂は二人で地嶋家へと向かうことになった。予定では沙希も一緒にいてくれる予定だったが、仕事の関係でそうも言ってられなくなってしまった。
とはいえ、幸いなことに地嶋グループのトップである地嶋越郎は詩穂のことを知っているので門前払いというわけではない。
二人は同じ電車に乗って向かうことになったのだが、ボックス席に座り、窓側を陣取った詩穂はぼんやり外を眺めながら呟いた。
「今に始まったことではないけれど」
「うん?」
「最近、古戸さんと一層親しくしているようね。私の耳にも噂が届いてきたわ」
「噂? また付き合ってるかどうかみたいな?」
「ええ。ただの友達だというには仲が良すぎるもの。喫茶店で楽しそうに話していたり、熱い眼差しで見つめ合ったり……とか色々聞いたわ」
「なんか、皆にはドラマチックに見えているんだね」
「実際はどうなの? 付き合っているのかしら」
零は軽く溜息を吐いて詩穂の質問に答えた。
「付き合っていないよ。恋人同士でなければ、相棒でもない」
「そう? でもクリスマスは一緒に過ごすのでしょう?」
「何でその話を知ってるの?」
零は心の底から恐怖を覚えた。壁に耳あり障子に目ありとはよく言ったもので、零は今、まさしくそれを感じていた。
詩穂が呆れたような口調で答える。
「それも噂よ。喫茶店で偶々二人を見かけた人が偶々聞いてしまったのでしょうね。しかし、それでも付き合ってないのかしら?」
「ないよ」
零は即答したが、実のところ内心では混乱していた。クリスマスに二人で過ごすということだけしか考えていなかったが、よくよく考えてみればそれはデートだ。付き合っているわけではないのにデートをする。その矛盾ではない矛盾に零は混乱した。
デートであることを意識し、零の心拍数も上がる。
「今から緊張してどうするのよ」
「えっ、ああ、うん。そうだよね」
詩穂は零の緊張もお見通しなようだ。しかし、その言い方は優しくツッコミを入れるお姉さんというよりかは、夫の尻を叩く強い女房のようであった。