伊塚勇に関する情報交換
「すまない、待たせた」
「あ、いえ」
透夜の声が零の集中を途切れさせ、視界から残留思念達が消えた。現代の透夜は15年程前と比べて少しばかり表情が柔らかい。「能力の有無が人を変える」という話は珍しくないが、ここまで顕著なのは零の経験上、無かった。
透夜は自分の車が止めてある場所に向かって歩き出したので、零もそれを追いかける。
「黒山さん」
「ん?」
「黒山さんは既に能力を失われてるんですよね? 後遺症にしては能力が強かった気がします」
「…………」
透夜が振り返ることはない。どう返事するか考えているのは間と空気で何となくわかるが、その表情がどうなのかは見えなかった。
「そうだな。鷺森君にはそう見えたのかもしれない。だけど、かつて能力を使っていた身としては昔ほど使い勝手がよくないと思ってる。相手の攻撃を『拒絶』するのも今日の範囲がやっとだった」
「黒山さんの能力はかなり有名です。そして娘さんの能力も……」
「…………」
透夜はキーのボタンを押して車の鍵を開ける。ピッピッと音が鳴ってからドアを開けて乗り込んだ。
「鷺森君、乗ってくれ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
透夜の車は所謂、SUVと呼ばれる車のタイプだ。車に対して趣味があるとはあまり思えない零だったが、どちらかと言えば車内の無機質さが気になった。車内は殆ど物が置いておらず、ただ少し強めの芳香剤だけが唯一の特徴だった。
車はすぐに発進し、瑠璃ヶ丘高校を後にする。零が匂いの発生源である芳香剤に注目していたら、透夜が思い出したかのように話の続きを始めた。
「それで、さっきの話だが……。正直なところ、俺は最終的に自分の能力をいらないと思っていた。そしてそれは今も変わらない」
「…………」
「だが不思議なことに、俺が手放したはずの能力を詩穂が受け継いでいた。使い方も教えていないのに、あの子は能力を自分のモノにしている。あれには今も驚かされている」
「驚きました。まさか、娘が父の能力を受け継ぐことがあるだなんて」
「そうだな。重度の中二病という新種の病気が発見されて秘密裏に研究され始めて久しいが、親子で能力を引き継ぐ例は聞いたことがなかった。しかしどうも、俺にはあれが何かしら仕組まれたものであるようにしか思えなくてな」
「仕組まれたもの?」
零にとってはとても興味深い話だと思った。他人の都合に介入することなど普段なら避けているところだが、黒山家の闇に触れる部分はつい聞き入ってしまう。
しかし、透夜は首を横に振った。
「いや、すまない。今の話は忘れてくれ」
「それは無理でしょう……」
考えすぎだろうし、それは陰謀論に近い。大体の人間なら透夜が陰謀論に現実逃避しているだけに聞こえて黒山透夜という男を軽蔑するだろう。
そう、はつの存在さえ知らなければ。
零は正直なところ、透夜の考え過ぎだとは思えなかった。今までは「そういうもの」と受け入れかけていたが、どう考えても詩穂に付き纏う『はつ』の存在が異質だ。そして詩穂に『漆黒』と超能力の使い方を教えたのは、同じ能力を持っていた透夜ではなく、何故かはつだった。
そしてはつには、詩穂の能力を利用した何かしらの企みがある。それを踏まえて考えるのであれば、透夜の「仕組まれたもののようにしか思えない」という発言に納得できる。
しかし、零がそれを言ったところで透夜には伝わらないだろう。何故なら彼には霊感がない。はつが見えないのであれば、存在を知ることも出来ないのだから話にすらならない。
零は黒山家に積極的な干渉をするつもりはないが、詩穂を取り巻く環境に巻き込まれる可能性は十分にある。透夜の話について深掘りはしないものの、心に留めておくことにした。
「衝撃的な話ですから忘れるのはちょっと難しそうですけど、心の中で留めておくくらいにします」
「……助かる」
透夜もそれで良いようだ。高校一年生に対してこんな話をした自分を恥じているが、一方で透夜は零のことを信頼していた。
「それにしても───」
話題を変えたいという狙いはなかったが、透夜は純粋に気になったことを世間話感覚で零に質問をした。零も前だけを向いたまま透夜の質問に耳を傾ける。
「それにしても、よく伊塚勇のことを知っていたな。どこで知った?」
「あー、友香さんから聞きました。愛の伝道師『友愛』の友香さんです」
「ん? 彼女は捕まっているんじゃなかったか?」
「ええ。ただ、友香さんは余罪について警察の取り調べには答えず、僕のみに話すということで捜査協力を依頼されているんです」
本当ならこんな話を他人にすべきではない。しかし、黒山透夜は高校時代に比べて少し柔和になったものの、まだ近寄りがたい印象があるし口調も堅い。ましてや様々な事件解決に関わってきた透夜なら話しても口外しないだろうという信頼が零にはあった。
無論、透夜も『友愛』の友香について存在は知っている。だが、今は一線を退いているが故に友香の詳細までは知らず、零の説明では疑問が晴れなかった。
「ということは、友香が伊塚勇のことを知っていたというのか?」
「伊塚勇という名前を知っていたかどうかはわからないです。忘れていただけかもしれません。でも、友香さんも霊能力を持つ方なので、地嶋家を恨んでいた霊の心当たりがあるということで教えてくれました」
「成る程、そうか。友香も複合能力者だったのか」
透夜はようやく納得できたようだ。そして今度は零の出番だった。
「僕としては黒山さんがあの場にいたことの方が驚きです。伊塚勇さんについて詳しくご存知のようでしたが」
「ああ……」
相槌の声色から少し過去を遡っているような雰囲気が感じられた。実際に透夜は伊塚勇との出会いに際し、詩織とその親友である真悠が一緒だったことも思い出して懐かしく感じていた。
「俺は昔、瑠璃ヶ丘高校に通っていた。あそこには七不思議というものがあって、その一つに開かずの間となった教室に現れる幽霊の噂があった。当時本当に開かずの間となっていて霊感の有無を問わず目撃されるものだから閉鎖したという背景があったようだ。ある時、その検証をしに行くことになったんだが、俺はそこで重度の中二病による能力の痕跡を察知した。教師に行って開けてもらい、中を確認したらそこに伊塚勇の過去が『凍結』されて残っていたんだ」
「それは、今回と同じようにってことですか?」
零の解釈に透夜が頷く。
「伊塚はずっとそこで恋人を待っていたようだが、それももう遥か昔。伊塚の恋人だった津田は最終的に地嶋家へ嫁入りし、裏切られたと思った伊塚は自身の能力で思い出を『凍結』させてこの世を去ったんだが、そこを《クリフォト》の『貪欲』につけ込まれて地嶋家に復讐を果たさんとする亡霊となってしまったので、俺が伊塚と戦ったんだ。後はさっき話した通りのことになる」
「ほー……」
零は自分が想像していたより壮大なことが起きていて素直に驚いた。しかし、むしろ疑問に思うこともある。
「何故、恋人は伊塚さんを裏切ったんでしょうか? 何か喧嘩別れになったような雰囲気もなかったと思いますが」
「まあ、疑問に思っても無理はないだろうな。確かに二人は恋仲だったが、だからといって結婚できるかどうかと問われれば別だ。今では考えられないだろうが、当時は親が結婚相手を決めていたんだ」
「ああ、成る程。確かに僕の祖父母もそうですね」
「そうなのか? なら話が早いな。駆け落ちという選択肢もなかったわけではないと思うが、津田……つまり、沙希の祖母は実家のためを思って運命を受け入れることにした。伊塚にはただ一方的に別れを告げてな」
「それで裏切られたと感じたんですね」
伊塚勇が生前にかつての恋人と和解することは出来なかったが、それでも魂にはきっと和解という救済があったと透夜は今も思っている。
その後は重度の中二病患者と対峙した時の対処や戦い方などで話が盛り上がり、気付けば目的地である零の家に到着していた。