君にしか出来ないこと
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零の考察を聞いた伊塚はフッと鼻で笑った。しかしそれは零の考察を馬鹿にするものではない。むしろ納得したかのようなものだった。
右手に握った氷の軍刀を持ち上げ、眺める。そして剣先から柄に向かってゆっくり姿を消した。
『俺はここで夕陽を眺めながら、津田と出会った日のことを思い出していた。その思い出はどんどん時を進め、幸福に思っていた時期を映すと、やがて別れの日へと辿り着いた。そうして幸福な時を思い出すと、今でも幸福な気分を味わえた』
「伊塚さん。貴方はきっと、その思い出を永遠にしたかったんですね」
『そうなんだろうな。だがそれは、むしろ俺を苦しめるだけだった。どれだけ思い出に浸ろうとも、あの日に戻れるというわけではあるまい』
「僕が貴方を救います」
伊塚は深く息を吸って吐き、零に頭を下げた。
『……頼む』
「はい……!」
零は構えて刀を持ち上げると、一気に振り落とした。月明かりのような優しい光を放つ刀による斬撃は伊塚に苦しみを与えなかった。
月明かりのような優しい光は伊塚を包む。先程と打って変わって伊塚の表情は晴れやかだった。
『ありがとな』
「どういたしまして。でも、これが僕の使命ですので」
『そうか』
伊塚がまた笑う。零は残留思念との親和性が高く、フレンドリーに接することが出来るが、しかしながらここまで笑顔を見せる残留思念も珍しかった。
いや、これは最早「場所の記憶」という残留思念の枠には収まらない。この世ならざるものになりかけた地縛霊のような存在だ。もしかしたら、伊塚が見えたのは鷺森露によって植え付けられた霊能力があったからこそなのかもしれない。
そのまま消えゆくと思っていた伊塚だが、最後に何かを思い出したかのように零へ言い残した。
『……まあ、俺には関係のない話ではあるが、地嶋に捨てられたという女も救ってやってくれ。噂通りなら、そいつも俺と同じように苦しんでるだろうからよ』
「はい、わかりました」
伊塚は暗くなっている空を眺めた後、何かを悟ったように安らかな顔で目を瞑り淡く消えていった。
途中から何が起こっているのかわからず、置いてけぼりとなっていた黒山は唖然としていた。
「黒山さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。しかし驚いたな。君にはあんなことができるのか」
「ええ、まあ。僕の家は代々あんな感じだったそうですが、僕は本物じゃないんですよね」
「本物? 偽とかの概念があるのか?」
「鷺森家の当主は代々女性なんです。だから、僕は能力を受け継いでいるというわけじゃなくて。本来の残留思念が見える体質と、重度の中二病による能力を掛け合わせただけなんです」
「ほう」
透夜も詩穂や潤と同じように、能力に目覚めてから、高校時代に《クリフォト》による誘拐事件が解決するまでの間、重度の中二病患者と戦ってきた。しかし、零のような複合能力を会得している人はかつての自分以外だと、自分の娘である詩穂と《クリフォト》の事件を主導していた白河現輝くらいしか見たことがない。
そしていずれにしても、重度の中二病+超能力だ。重度の中二病+霊能力は初めて見たことになる。故に零が自分の能力を卑下するような言い方をしているのが気になった。
「それでも、君のような能力者は他にいないだろう。君の家系的には先祖代々の方が強力だったかもしれない。しかし、重度の中二病を持ち合わせる君だからこそ、君にしか出来ないことがあるはずだ」
「僕にしか、出来ないこと?」
「ほら」
透夜は零が持つ刀を指差す。それに釣られて零が刀を見ると、刀身から冷気が漂っていた。
「これは……!」
零は声に出して驚いたが、起こっている現象そのものは理解している。零の重度の中二病による能力が発動し、伊塚の『凍結』がアドレス帳に登録されただけのこと。しかし、驚くべきは零の意志と関係なく伊塚の『凍結』が登録されたということだ。
「僕は伊塚勇に能力を使っていません。なのに何故……」
零が独り言のように呟く。その一方で、透夜にはその正体がわかっていた。
「伊塚に託されたんだ。さっき、同じように地嶋を恨んでいる女性を救ってほしいと頼まれただろう?」
「成る程、確かにそれなら説明がつくような気がします。でもこんなことが起こるだなんて……」
「それが君にしか出来ないことだ……と俺は思う」
透夜は僅かに笑った。それはどこか懐かしげな儚い笑みだ。きっと何かを思い出しながらそう言っているのだろうが、零はそこまで深い話をしようと思わなかった。
「わかりました。黒山さんがそう言ってくれるなら、僕はその、僕にしか出来ないことをやり遂げようと思います」
透夜が頷く。
「ああ。鷺森家としての責務ではなく、君自身の責務だ。そして……その先に何か手掛かりがあるかもしれない」
「はい」
実のところ、二人ともここに来て伊塚勇に用があったというだけで、今回の失踪事件が「何者かの怨恨によるもの」という予想が一致している。であるならば、伊塚勇によって与えられたヒント……同じように地嶋に恨みを持つ者を探し出すのが道理だろう。
「さて、今日はもう遅い。送っていく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
零としては、このまま一人で帰るつもりだったが、黒山からそう言われてしまえば断るのも気まずい空気になりかねない。大人しく厚意に甘えることにした。
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黒山はどうやら車で来ていたらしい。零が大人しくついていくと、何故か高校の敷地内へと入っていくことになってしまった。
「あれ、黒山さん。ここって瑠璃ヶ丘高校ですよね? 部外者がこんな堂々と入っていいんですか?」
黒山は前を向いたまま頷いて疑問に答える。
「大丈夫だ。ここの校長は君の高校と一緒で重度の中二病に対して理解がある。だからといってここに立ち寄るのは、まあ確かに警察を呼ばれる案件かもしれないな。校長と面識が無ければ……だが」
「驚きました。黒山さんが瑠璃ヶ丘高校の校長と面識があったとは」
「…………」
透夜にとって、ここは母校とも呼べる場所だ。
しかし厳密に言えば、透夜の卒業した高校は通信制の高校であって瑠璃ヶ丘高校ではない。一番思い出が残っている高校という意味では前述の通りだが、透夜は高校在学中に妊娠させてしまったことによって全日制の高校には通えなくなってしまったという過去がある。詩穂が誕生したことそのものは恥じるべきことではないが、高校在学中に妊娠させてしまったこと自体は恥じている。
だから透夜は「面識がある以上のこと」を口にしなかった。
「ああ。挨拶してくるので、少しばかり待っていてくれないか?」
「わかりました」
本当は「寒すぎて勘弁だ」と零は感じていたが、建前としてそう答えた。透夜が校舎の中へ消えていったので、零は外で辺りを見渡す。
透夜は迷うことなく校舎へと入っていった。それはつまり、瑠璃ヶ丘高校の敷地内を把握しているということで、ただならぬ関係がここにはあるということだ。
残留思念とは場所に刻まれた記憶。であるならば、ここに黒山透夜の記憶が残っていても不思議はない。
見たこと、読み取ったことを誰にも言わなければ、それは探っていないことと同義。零は目を凝らし、残留思念を見ることにした。
数多の生徒が通り過ぎていく。そうして探していく中で、気になる女子生徒二人組の姿が見えた。その二人はとても仲良さげであるが、その片方は詩穂によく似ている。
しかし、詩穂とは全く大違いで笑顔を友人に向けていた。零の中では気難しそうな印象があったので、少し意外に感じられた。そしてその友達が、以前詩穂から聞いた真悠という人物に当たるのであろうことが予想できる。
途中で透夜らしき人物の姿が見えた。彼の方は詩穂と同じようにずっと真顔であり、近寄り難い印象が滲み出ている。特に目立った行動はないが、真顔で歩いていく彼の姿を目で追っていった先で、現代の透夜と目が合った。