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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
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残された影の聲

 零はズボンのポケットに手を入れると、そこからピンク色のガラケーを取り出そうとした。


 するとその瞬間、隣にいる透夜がボソッと気になることを囁く。



「……君にも見えたのか」


「え?」



 思わず零は透夜を見る。零の驚愕を受け止めた透夜は深く頷き、探し人の方へ目を向けた。



「俺もアレを探していたんだ。もう全て消えたものだと思っていたんだがな……。まさか、噂は本当だったとは」


「黒山さんは、彼をご存知なんですか?」


「勿論。……と言っても、俺が奴と戦った時には故人だったがな。生前の奴は地嶋家を恨んでいた。今回も何かしら関係があると考えた」


「なるほど……」



 零の中で友香の言っていたことと、透夜の言っていることが繋がった。かつて友香が話を聞いた相手というのは、目の前で幸せそうに座っている男だったのだ。


 しかし、妙だと思える点もある。零は目の前の男を残留思念として目視しているが、透夜は重度の中二病患者による能力だと認識している。


 認識の仕方が違うのに同じものが見えている、というのはどうにも不可解だ。


 透夜は零のような違和感を感じていないようで、そのまま前に出て話しかけた。



伊塚(いづか)(いさむ)!」


『あ……?』



 黄昏ていたところを邪魔された伊塚は怒ったような顔をして透夜の顔を見た。実際に機嫌を損ねたのだろう。透夜を睨んでいた。


 しかし、零には伊塚の声が聞こえない。急いで電話を掛けて伊塚の声を聞けるようにした。


 その瞬間、伊塚は零の存在も認識したようで一瞬だけ怪訝そうな顔を向けた。



『お前ら、誰だよ?』


「俺は黒山透夜。地嶋家について聞きたいことがある」


『はぁ……』



 伊塚は深いため息を吐いた。二人から目を離し、遠くの空を見上げて心情を言葉にする。



『胸糞悪い名前を聞いてしまったな。言っておくが、俺は何も知らんぞ』



 冷たくあしらうような言い方。きっと生前の彼にそんなことを言われてしまえば、少しばかり怖く感じたかもしれない。しかし、透夜は逆に小さな笑みを浮かべた。



「いや、あんたでも知ってるはずだ、伊塚。何故なら、あんたは地嶋家に嫁入りした女性と恋仲だったからな」


『……そんな話をしにきたのか?』



 伊塚は立ち上がって二人に体を向ける。しかし、怒りが露わとなってしまったのか顔は赤くなり体が震えている。憎悪に塗れた表情はまるで鬼のようだ。



『愛した女に裏切られ、惰性で生きているような俺を笑いに来たのか? お前ら……覚悟しろ!』



 伊塚は能力を発動して右手に氷の軍刀を発現させて握った。その剣先を透夜に向けた。


 透夜はため息を吐いてから右手を前に出して身構える。しかし、この急展開についていけない零は慌てて伊塚に声を掛けた。



「ちょっと待ってください、伊塚さん! 僕はそんな話をしに来たわけではないんです」


『そんな話、だと? お前みたいな何も知らぬ若造に何がわかるというのだ!』


「これは……」



 伊塚の怒りによって、更なる驚愕が零を襲った。それは先程まで何でもない残留思念だった伊塚がこの一瞬でこの世ならざるものと存在を変えたことだ。氷の軍刀からは冷気が出ており、威力の高さを物語っている。



「…………」



 零は覚悟を決めた。自分と同じように、愛した女性から裏切られた苦しみからこの男を解放してあげるには戦うしかない。


 零もガラケーを刀へ姿を変えて構えた。



『はっ!』



 伊塚が氷の軍刀を横に振った。すると無数の氷の刃が二人を襲う。


 貫かれればひとたまりもなさそうだ。剣技で切り払おうと零は構えるが、透夜の右手から出てきた『拒絶』のオーラが氷の刃を全て吹き飛ばした。



「くっ! やはり以前のようにはいかないな! 鷺森君!」


「はい!」



 既に駆け出していた零は刀を薄く光らせ、三日月のような斬撃を伊塚に向けて放つ。伊塚は氷の軍刀で打ち合いに応じて刃同士が激しくぶつかった。



『何だ、この感じは。お前は何者だ……!?』



 伊塚の中に零が発する親和性がながれこんでくる。零はこの世ならざるものと戦うが、決して残留思念の敵だというわけではない。むしろ残留思念との親和性を持ち合わせることで、いきなり腹を割って話せるような仲になる。


 そして自覚させられた。自分は既にこの世から去っており、ここにいる自分の存在は伊塚勇から溢れ落ちた記憶の残滓なのだと。



「僕の名前は鷺森零。貴方と同様、愛した女に裏切られた男だ!」


『ぐっ!』



 激しい撃ち合いが止まり、鍔迫り合いで両者の顔を確認し合う。


 そして伊塚は少しずつその力を抜いていった。



『そうか……。やはり、俺は……』



 零と接触した死人の残留思念は、接触した場所と本人の状態次第で自分の死因を悟る。つまり、伊塚勇はこの場所で夕陽を見て黄昏ながら、自分の最期をどうするか考えていたということになる。



「僕は貴方に聞きたいことがあります。貴方の他にも、地嶋家を恨んでいる人はいるのでしょうか」


『当然だろう。俺が津田を愛し、共に生きる将来を夢見ていたように、地嶋を愛した女もいるはずだ』


「地嶋を愛した女……?」


『噂には聞いていた。地嶋もまた、かつて愛した女を裏切る形で津田と結婚したのだと。……いずれにせよ、俺は裏切り者の津田を許さない』



 零は何かヒントを得たような気がした。しかし、まずは目の前で苦しむ伊塚を何とかしなくてはならない。



『だが、俺は無力だからな。ここでずっと、あの日の幻影を追いかけることしか出来ない』


「貴方にとって、ここは津田さんとの思い出の場所なんですか?」


『そうだ。俺はここで、初めてあいつと話した。まさか、こんな思いをすることになろうとは思わなかった』


「…………」


『こんな未来だと知っていたのなら、俺はあいつを愛することなどなかった』


「黒山さんは、伊塚さんがどうなったのか知ってるんですよね?」



 零と伊塚は透夜に注目する。そして透夜は首を縦に振った。



「ああ。お前をここに縛りつけた伊塚の影は、お前が津田と呼ぶ女性と和解した」


『なんだと……?』


「彼女はお前のことをずっと気にしていた。お前との別れ際、全てを語らなかったようだが、親同士が決めた結婚に逆らうことが出来なかったと言っていた」


『そうか、そうなんだな。……だとしても俺は、津田を許さない。本当のことを言って、相談してくれれば良かったろうに』


「お前の影も同じことを言っていた。そして満たされた顔をして消えた。成仏……と言っていいんだろうか。何も悔いがなかったようだから、伊塚勇の憎悪は終わったものだと思っていたんだがな」



 透夜にとって目の前に立つ伊塚勇の存在は理解し難いものだった。確かに彼は自分の思い出を凍結させて閉じ込めることで永遠を作ろうと企んでいたし、それを《クリフォト》の一員に利用されて憎悪を増幅させて地嶋家を襲撃した。


 だがそれも、地嶋家襲撃の際、透夜が戦って止めたことによって全てが終わったはずだった。では伊塚はここにも自身の思い出を凍結させたというのだろうか。しかしそれにしては妙だ。思い出を凍結させたいのなら、無力さに打ちのめされる大人の彼より、津田とここで語り合った日を凍結させれば良いのだから。



「僕は……」



 黒山が考え込んでいると、零が自身の考察……というより、目の前に見える光景をありのまま語った。



「僕は、伊塚さん本人がここでご自身の最期を決めた場所だから残留思念が残ったのだと思います。黒山さんは重度の中二病による能力だと認識しているようですが、伊塚さんの残留思念が能力を使って、自身をこの場所に凍結させたのではないでしょうか」



 零の発言に透夜は目を丸くする。自分の考えにない思考がそこにあるからだ。しかし、それもあり得ない話ではないと透夜は思った。

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