二人の目
目的地の河川敷は車で入れる場所ではない。よってその付近で降ろしてもらったわけだが、日が短くなっているせいか辺りは暗くなり始めている。
しかし、不幸中の幸いだったことがあるとすれば、その場所はランニングコースに整備されていたことだ。暗くなった時間でも走る人のことを想定してか、街灯が一定の間隔で立っており夜道を照らしている。
そしてその整備あってか、ランニングやウォーキングをする人、犬の散歩をする人など往来する人がちらほら散見される。
零は特に怯えることもなく、その道へ足を踏み入れた。目の前で真っ直ぐ伸びている道に目を凝らし、残留思念を読み取っていく。
「…………」
読み取りながらゆっくりと歩くが、それらしき残留思念が見当たらない。並んで座り込み、遠くの空を見つめる男女二人。笑いながら歩く男子学生の群れ。色んな残留思念が見えては通り過ぎていく。
「……あれ?」
零は思わず声を上げてしまった。
それもそのはずで、目の前に黒山透夜が見えたからだ。彼は何かを探しているかのような素振りを見せたが、それは残留思念ではなく黒山透夜本人そのものだった。
「黒山さん!」
零が呼ぶとそれに反応した透夜はすぐに零を見た。あまりに勢いがあったものだから、呼んだ零の方が驚いてしまった。そんな零の表情に透夜が小さく笑う。
「すまない、驚かせたか」
「バッと僕の方を見るものですから……。そんなことより、ここで何をされてるんです?」
透夜が目を丸くする。
「俺はあることを調べにここへ来ているが……。鷺森君こそどうしてここに? 藍ヶ崎の人が瑠璃ヶ丘になんて用はないだろう?」
零には透夜の言わんとすることが少しわかる気がした。
確かに瑠璃ヶ丘より藍ヶ崎の方が遥かに都会だ。瑠璃ヶ丘も高校の近くは緑に覆われた地だが、電車に乗って街の方へ行けば少しは栄えている。だがそれでも藍ヶ崎の方が栄えているのだから、瑠璃ヶ丘高校に進学した人間ではない限り、ここへ近寄ることなどないだろう。
それをわかっていても、ここで零は首を縦に振った。
「僕もあることを調べに来たんですよ。例の件に関わることです」
「ん、そうなのか?」
透夜は零の調べごとにかなり関心があるようだ。続きを話してもらえるよう、わかりやすく雰囲気を出して待った。
「はい。ある人の情報によると、ここである幽霊が出るんだとか」
「ある幽霊……か」
透夜は、零から幽霊という単語が出てきて「まさか」と思った。何故なら、透夜も同じように「ある幽霊」を探しに来たからだった。
今度は零が尋ねる番だ。
「黒山さんも例の件に関することですか?」
「……恐らくは君と同じ者を探しているかもしれない」
透夜は包み隠すようなことはせず、正直に自分の狙いを零に教えた。現段階では二人の目的が同じだとは限らないが、どちらにせよ透夜にとっては有益なので、自身の狙いも教えることにした。
しかしここで、零は一つの疑問を抱く。
「それは驚き、ですが……。黒山さんは霊感の類があるんですか?」
零が探しているそれは残留思念なので、当然その存在を察知することができる。しかし、噂の黒山透夜でも流石に霊感までは持ち合わせていないだろう。黒山透夜の名前と能力は有名だが、霊感があるという話を零は聞いたことがない。
その確信があって尋ねることができた。ないとわかっててわざと聞くのも性格の悪い話だが、もしも隠されていただけで霊感を持っているのだとしたら、それはそれで心強い味方となる。しかし、その問いに対し予想通りに透夜は首を横に振った。
「いや、俺にはない」
「うん?」
答えを得られたのはいいが、首を横に振るのであれば零にとって違和感が生まれることになる。霊感がなく、零の探している存在を見ることが出来ないのであれば、どう考えても探しているものは異なるだろう。
しかし、逆に何故、透夜は「同じだ」と確信したのか。
その答えはすぐに本人の口から語られた。
「前に、俺には見ただけで重度の中二病患者かどうかを見ることが出来るという話をしたのは憶えているか?」
「……はい」
「俺が今回探しているのは既にこの世を去った人だ。しかしその人は自身の能力によって、思い出に残る自分の姿をその場所に凍結させた」
「えっと、その人は重度の中二病患者だったということですか?」
「ああ、そうだ。重度の中二病によって保存されている姿だから俺には見える。……といっても、俺が通っていた高校のとある部屋では、開かずの間になってしまうくらいに姿を見せていたようだが」
死して尚、この世に残ろうとする存在。それはまるで、零にとっての残留思念だ。能力発動者がいなくても発動し続ける能力など珍しい。少なくとも、零は初めて聞いた。
透夜による今の説明であれば零にも納得できる。確かにそれはある意味で心霊現象にも思える現象だ。
しかし、だからといって探しているものが同じとは限らない。ただ、別行動する理由もないので取り敢えず零はそのまま透夜と行動することにした。
「取り敢えず、僕も目を凝らして探します」
「ああ」
零は目を凝らして残留思念を読み取り、透夜は見逃すことがないように周囲を警戒する。お互いに何も言わずに歩き出すが、それだけ集中している証だ。
「ん……?」
歩いているうちに零は気になる残留思念を見つけた。たった一人で川の方をみて座っているのに、どこか幸せそうな雰囲気を感じた。それはまるで、誰かが隣に座っているような、そんな錯覚をさせる光景だった。