心配掛けているからこそ
翌日を迎えて零が学校へ向かうと、昇降口で詩穂が佇んでいる詩穂を見て、驚きで目を見開いた。
そもそも朝の忙しい時間にわざわざ待っていることなど普通に考えてない話だろう。それだけで十分に驚く話ではあるが、冷たい風に髪をそよがせ、白い息を吐き出す姿がとても美しく見える。その空間だけが異次元で、平凡な有象無象の生徒では話し掛けるどころか一緒の空間にいることさえ困難だと思わせるくらいだ。
とはいえ、見なかったことにして通り過ぎることなど零には出来ない。零を見つけた詩穂はじっと零を見ている。自分がその空間に合わぬ有象無象の一部だと理解しつつも、恐る恐る詩穂に話しかけた。
「あ、黒山さん。おはよう……」
「おはよう、鷺森君。ちょっと時間を貰えるかしら?」
やはり零に用があったようだ。零はスマートフォンで現在の時刻を確認して唸る。
「んー、でも授業が……」
「本当に少しだから、来なさい」
「えっ、ああ、うん」
いつになく強引だったので圧倒されてしまったが、断る理由もなかったので大人しくついていくことにした。詩穂もまだリュックを背負っており(当校では指定の通学鞄が存在しない)教室に顔を出していないのがわかる。
詩穂が向かった先は園芸部が所有しているビニールハウスのすぐ横だった。誰かに目撃される可能性が大いにある場所ではあるものの、ここに意図して近付くのは園芸部くらいだ。今は各々授業の準備で忙しくしているだろうから、この時間に限って言えば、不特定多数に目撃される可能性は低いだろう。
「………….」
「…………?」
詩穂は黙り込んで零をじっと見ている。
「えっと……それで、どうかした?」
詩穂がなかなか話を切り出さないので、零が自分から話を振って用件を聞き出すことにした。どうやら詩穂は出だしに躓いていたようで、零から振ってみれば普通に話を始めた。
「私が去った後、奈月さんは何か言ってなかったかしら?」
「あー……」
睨みながらそう尋ねる詩穂は、どうやら「余計なことを話していないか」を気にしているらしい。それを一刻も早く確認したいから、わざわざ零を待ってここへ連れてきたのだ。
零にはそれがわかった。
「心配しているようなことは聞いてないよ。天利さんもそこはわかっているようだった」
「そう? それで、何を聞いたのかしら?」
「天利さん自身が黒山さんやご両親についてどう思っているか、くらいだよ。あくまでも天利さんに関することだけだった」
「……ならいいわ」
詩穂の事情に対する詳細は話されていない。それがわかって安心したのだろう。詩穂は校舎の方へ向かおうとした。
「天利さんが信用できない?」
零はふと気になったことを詩穂の背中に問い掛ける。振り返った彼女の表情は驚きや怒りのものではない。どこか複雑そうで申し訳なさそうな、少し困った表情をしていた。
「そういうわけじゃない。むしろ、私達のことをとても心配してくれて何とかしようとしてくれるからこそ、無理に行動しようとしないか心配なだけよ」
零には詩穂の言わんとすることがわかる気がした。奈月はあまりに良い人過ぎる。黒山親子の状況など当事者達に何とかしてもらって、自分はそんなことなど気にしなければ良いのだ。今も黒山透夜に好意を抱くのなら、詩織から奪うくらいにアタックすればいい。
それでも、天利奈月という女性は詩穂の幸せも願っている。そんな彼女を心配してしまうのも無理はない。
だが、少しだけ零が違和感を覚えるのだとしたら、詩穂の言葉は100%が語られているというわけではないことだ。梨々香の時もそうだったが、詩穂は自身の事情に零が介入することを拒んでいる。
零が介入することを避けるための確認でもあるのだろう。意地悪するかのようにその本音を詩穂に問いただすようなことはしないが、内心ではそう思いつつも言葉では共感を示しておくことにした。
「うん、わかる気がするよ」
「わかってくれたなら幸いね。話をしてくれてありがとう。引き続き、協力をよろしく」
「うん」
二人は黙って各々の教室へ向かう。零は詩穂を信用しきれていない部分があるが、美しき冷たい女王からの呼び出しも悪い気がしない。少しだけ得したような気分で授業の準備を始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼休みになって、零はいつも通り教室内で机を合わせて潤と弁当を広げて食べていた。他愛のない話をする中で、ふと思い出したように潤が話題に出す。
「そういえば、例の件。調子はどうなんだ?」
「正直なところ、残留思念を読み取ってもわからないことが多いよ。何か予定されていた出来事の中で巻き込まれたというわけではなさそうだということはわかるんだけど」
「通り魔的な、ということか?」
「いや違うと思う。どうやらもう一人行方不明が出てしまったようだからね。他でも同様なことがあれば偶然にも同じ会社の社員が行方不明になったというわけだけど、今のところは地嶋グループ社員しか被害の報告は聞いてない」
「誰かに意図されているというわけか」
「僕はそう思ってる。勿論、ストレスによる失踪も可能性としては捨てていないけど……。今回行方不明になった社員の自宅付近で残留思念を視てみて、かな」
「そうか」
零が自身の能力で事件解決に貢献出来ることは潤にとっても素晴らしいことだと思っている。だが、その一方で心配していることもあった。
「零」
「ん?」
「事件解決まで導けるのが理想ではあるが、お前の役割はあくまでも残留思念で読み取ることが出来る情報を伝えることだ。無理に解決に向けて調査することはないと思うぞ」
零は責任感が高くお人好しだ。自分に出来ることの範疇ギリギリまで頑張ろうとする傾向があることを潤は知っていた。今回も無理しようとしていないか心配だったのだ。
「ありがとう。わかってるよ、潤。僕には僕の出来ることをやるつもり」
「お前のそれは、大体が無理を含んでる。現実、友香の聴取に今も巻き込まれているんだろう?」
「まあね。今日もその予定」
零はそこまで気にしていないようだが『友愛』の友香に対する聴取は本来なら零が無理に付き合う必要などない。友香は「零に話すこと」を条件に果たしない犯行を白状しているが、そんな条件を飲まなくても友香に話させるのが警察の役割だ。
この件に関しても、零が無理に付き合っているのではないか心配だった。
「わかっているとは思うが、お前には断る権利もあるんだぞ?」
「友香さんに関して言えば、僕自身も楽しませてもらってる部分もあるよ。事件に関する話は残忍な話もあるけれど、大半は面白いよ? やったことは許されないけど、純粋な悪人ではないからさ」
「能力で共感させることはあいつの十八番だ。お前もそれに乗せられないよう、気をつけろ」
「勿論、わかってるよ」
潤の言い方には僅かばかり威圧的な部分がある。それでも零は潤が心配しているからこそそう言った話をしてくるのだと理解しているので笑顔で答えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
放課後を迎えると、潤ほどではないが零も早めに学校を後にした。まずは警察署へ向かって、その後車で移動し、友香と話すことになる。
警察署は到着すると。今回もやはり担当は長瀬だった。
「やあ、鷺森君。いつもどころか、地嶋グループの件もあるのにすまないね」
「いえ。僕も何だかんだ友香さんと話すのが楽しみなので」
「こう言っては何だけど、君は変わってるよ」
友香の余罪はつつけばつつくほど出てくる。何も殺人教唆だけではない。傷害事件でも関わっている部分がある。それだけ罪を重ねた相手に対して楽しく会話している零の様子は、実のところ警察内部だと「若干引いている」。
すぐに長瀬と零は車に乗り込み、移動を開始した。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
今回は1時間遅れでの更新となりましたが、少しずつ戻れている感じです。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします。