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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
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奈月に言えること

明けましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になりました。本年も変わらぬご厚意を賜りますようよろしくお願いいたします。

 帰りも行きと同じ車で支社を後にした。前回は詩穂がすぐ調査に乗り出そうと提案したので実施したが、今回は言い出さなかった。


 流石に時刻が遅い。夏だったらまだ大丈夫だったかもしれないが、日が短くなっている冬では調査できる時間も限られている。詩穂程の力があればそこまで心配する必要がないかもしれないが、母である詩織はかなり心配する。ヒステリックが始まっても面倒なので、大人しく帰ることにしたのだ。



「詩穂ちゃんの家から寄ってくねー」


「ありがとうございます。えっと、少し離れたところに……」


「あ、うん。そうだね」



 詩穂の懸念は奈月にもわかる。奈月としては詩織とも会っていきたいと思いはするが、地嶋グループの一員となっている以上は詩織とまともに話が出来ないだろう。今の詩織とまともに話できるのは、詩織と幼馴染である真悠だけだ。


 その瞬間だけ気まずい雰囲気があったものの、流石というべきか奈月の繰り出してくる話題は尽きず、奈月の問いに零と詩穂の両方で答えているうちに目的地へと到着した。


 事前に確認した通り、詩穂の家に対して少し遠めに止めて降ろす。



「…………」



 かなり礼儀正しい詩穂が黙って降りていったので零が不思議に思っていると、すぐに運転席の方へ回って窓を軽く3回叩いた。


 奈月はすぐに窓を開けて詩穂の言葉を待った。



「奈月さん、送って下さりありがとうございました」


「こちらこそ、時間を作ってくれてありがと! 残り短い距離だけど、気を付けて帰ってね」


「はい、ありがとうございます。あの……」


「ん?」



 後ろで聞いていて、零は詩穂に注目していた。


 何か言いにくいことを言おうとしているようだ。しかし、上手い言葉が見つからず、結果的に側から見ればモジモジしているように見える。


 そんな詩穂を見るのは零にとって初めてのことだった。だから見てしまっているのだが、幼い頃からずっと見ている奈月にとっては、そんなに珍しくないようだ。


 まるで保育園の先生……或いは慈愛に満ちた母のような落ち着きで詩穂に問う。



「詩穂ちゃんは相変わらず真面目でしっかりしているね。でもボク相手に言葉を選ばなくて大丈夫だから、思っていることをそのまま話してみよ?」


「……では、お言葉に甘えて」



 詩穂は変に遠慮するようなことはしなかった。その代わり「何故、言葉を選んでいたのか」を瞬時に理解させる一言を言い放った。



「これから先の道のり、余計なことを話さないでくださいね」


「余計なこと……? ああ、うん。わかってるよ?」


「お願いしますね」



 詩穂は少しばかり柔和な笑みで奈月にお願いをすると、そこで一礼してから自宅に向かって走り出した。


 辺りはすっかり暗い。彼女の姿はすぐに見えなくなった。


 ルームミラー越しに零の方を見て、奈月は明るく告げる。



「それじゃ、次は零君の家だね!」


「……お願いします」



 奈月の素早い感情の切り替えに零は心底驚いていた。まるで直前のやり取りが全く無かったかのようだった。大人だとはいえ、零が今まで見てきた教師の中でも、ここまで上手く切り替えられた教師はいなかった。



「あの、天利さん」


「ん、何ー?」


「黒山さんから釘刺すような言い方をされたのに、全く気にさせない明るさ、すごいですね」


「え? 明るさ?」


「だって、ああいう言い方をされれば、腹が立ったり悲しかったりするじゃないですか。でも不思議と、天利さんからはそれを感じないんです」


「ああ、確かにそうかもねー」



 零の感心と疑問に対して笑って答える。零からは奈月の表情が見えないので、その笑みが本当のものなのかは判断できないが、ただ逆に演技だというわけでもないと感じた。



「詩穂ちゃん、何だか言い方が沙希ちゃんにそっくりだよね」


「地嶋沙希さんに、ですか?」



 零にはどうも、奈月の言うことが少しわからなかった。何故なら零とっての沙希は「上品そのもの」であり、詩穂は「冷たさ」という印象があったからだ。


 しかし、奈月は首を縦に振る。



「そうだよー。何だか昔の沙希ちゃんを思い出すなぁ。詩穂ちゃんは、沙希ちゃんに一番懐いている気がする」


「ああ、それはわかる気がします」



 懐いているどころか、実のところ詩穂は沙希の上品さに惹かれて憧れている。詩穂本人がそうやって明確に言ったわけではないけれども、沙希に対する接し方や会った時のテンションは零の中でも他に類を見ない。



「天利さん相手にも結構心を許している印象ですが、不思議と御両親に対してはむしろ負の感情を抱いているように見えます。何故なんでしょうか」


「…………」



 奈月は詩穂に口止めをされている。その現場は零も後ろから見ていた。詩穂は自分のことを知られたがらない。むしろ零相手に隠している節があるのだから、奈月は尚更話すことが出来なかった。


 それは零もよく知っている。だから奈月からの解答にはあまり期待していなかった。(逆を言えば少し期待していた)



「……多分、零君も気付いていると思うけど、詩穂ちゃんに関することは口止めされてるんだよね」


「そうですね。黒山さんは事情を知られることに抵抗があるようですね」


「うん。だからもし、あの子達の事情に踏み入るつもりなら透夜に話してみるといいと思う」


「黒山さんのお父さんに、ですか?」


「当事者の中心だからね。あの子達の不仲は、早過ぎる出産にあるから……」


「ああ、成る程」



 詩穂の母である詩織が透夜達よりも歳が上だというのならともかく、詩織と透夜は同い年だ。妊娠の発覚、そして出産が高校在学中となったのは想像に難くない。


 そこに生じる責任。今の透夜こそ、その責任を果たせる立場にいるが当時のことを考えれば家族の気持ちがバラバラになっている状況にも頷ける。


 しかし、引っかかる点があるとすれば───



「黒山さんのお父さんが、その……早まるタイプとは思えないんですが。お母さんがそういうタイプなんですか?」


「ううん、どちらもちゃんとリスクを考える人だよ。ただ、その時だけ透夜の様子が少しおかしいらしくて」


「様子が? どのように?」


「うーん、ボク達にもよくわからないんだけど、あんなぶっきらぼうで朴念仁の透夜が、しおりんに求めたんだって。不思議じゃない?」



 冷静に考えてみれば、まだ会って2回目の高校生相手に話している内容があまりにも悪趣味過ぎる。しかし、この奈月と零の間では噂話のような軽い認識ではない。詩穂が抱えるものの一端に触れる大事な話だ。



「確かに不思議な話ですね。まあ、黒山さんのお父さんが朴念仁なのかどうかは僕にはわかりませんが……」


「だよね。……ボクから話せるのはこれくらいかな。透夜が今手に入れている立場は家族で一緒に暮らすことを選べない代わりに得たものだから、今の状態がベストなのかもしれないけど」



 実を言うと、今の状態で一番都合が良いのは沙希だ。沙希と奈月は同じく透夜に恋をし、青春時代を経た後に一度は諦めている。


 しかし、詩織と籍を入れたわけではなく『実質独身』だ。となれば、法的に縛るものなど何もない。透夜の気持ちがずっと詩織の方を向いていたとしても、奪うことはできる。


 そして今一番透夜の近くにいるのは沙希。沙希にも良心の呵責というものはあるので、自身の立場を利用して透夜を独占しているが、心の中ではそんな自分を激しく自己嫌悪している。


 それは今の彼女らを取り巻く人間関係だが、奈月は全てを知っていてもそこまでは話さなかった。とてもじゃなく、大人のそんな弱い部分を見せるようなことなど出来なかった。



「そうこう話しているうちに……この辺で合ってたかな?」



 既に零の家と近い場所へと来ていた。もう余裕で歩いて帰れる範囲だ。少し止めやすそうな場所を指差し、そこで降ろしてもらうことにした。


 零も到着してすぐに降りようと動きながらお礼を言う。



「すみません、色々とありがとうございました」


「あ、零君」


「……はい?」



 呼び止められたので降りる直前で動きが止まる。すると、奈月は振り返り───



「ボクが話したことは秘密だよ? 事件の調査も引き続きお願いしたいけど、何よりも詩穂ちゃんのことをよろしくね」


「……はい、わかりました!」



 零は軽く右手を頭に持っていって「敬礼のポーズ」をした。そして車を降りると、奈月が笑顔で手を振ってから去っていった。


 そんな奈月に零は高校生らしく会釈で挨拶を返した。

読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。


え? 一日遅くないかって?


はい。

実はこの休みで書くタイミングを整えようと思った矢先、インフルエンザになりまして。

実に10年振りとなります。この年越しのタイミングで病に伏せるという……。


なんかもう「新年も頑張ろう」という気持ちにはなれなさそうです。


それはともかくとして。


今作の最終的な着地点は、零と詩穂、両者のトラウマ克服だと思っています。

零は少しずつ、詩穂の事情を知っていくことになりますが、皆様もお楽しみに。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします!

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