零と詩穂と奈月の情報共有①
すみません、なかなか執筆の時間が取れずに1日遅れてしまいました!
放課後になって零はいつも通り帰ろうと思っていた。潤は既におらず、相変わらず重度の中二病患者の対応で忙しいらしい。故に零は誰を待つことも無ければ追うこともなく、自分のペースで帰るだけだった。
しかし、上履きから下履きに変えたところで動きが止まる。何故なら、目線を上げた先で詩穂が壁に寄りかかって佇んでいたからだ。
零を見つけて寄る。そして抑揚のない無機質な声で言った。
「少しいいかしら」
「えっと、今日はなんかあったっけ?」
「いいえ。急で申し訳ないのだけれど、奈月さんから呼ばれたのよ。一応、長瀬さんから情報共有を受けたばかりなのだけれど、奈月さんも情報を共有したいんじゃないかしら」
「あー、成る程」
確かに、普通なら小池美苗に続いて池本春香という社員が失踪した情報など手に入らないだろう。沙希を始めとした地嶋グループと警察は協力し合っているわけではないので、長瀬が零に依頼したことも知らない。
幸いにして零の中で奈月の印象は良かった。断る理由もないので、零は縦に首を振って詩穂に同行した。
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奈月は面白いぐらいに前回と同じ場所、同じ車で待っていた。詩穂が運転席側の窓を軽くノックすると、気付いた奈月の表情がパァッと明るくなった。
「学校終わりにごめんね、詩穂ちゃんに零君」
「構いませんよ。それで、どうかしたのですか?」
詩穂がそう尋ねると、奈月は親指を後部座席に向けて「まあ、乗って」と言うので詩穂と零は少しとして遠慮することなく乗り込むと、すぐに車は発進した。
方向的には前回と変わらず地嶋グループの支社に向かってるようだ。仮にそれが本当なのであれば、零にとって少し引っかかることがある。
「あの……」
「ん、どうしたの?」
「これって、また会社に向かってるんですよね?」
「うん、そうだよ?」
「前回の一回だけならともかく、高校生が短期間で二回も来るだなんて怪しまれないですか? この捜査だって、社内で公言しているわけではないですよね?」
「うーん。まあ、そうだね。社会人からすれば、高校生が訪れるだけでもの珍しく感じるからかな。でも気にしなくて大丈夫だよ?」
「気にしますよ」
奈月が当てにならないというわけではない。しかし、いくら詩穂が沙希と知り合いで、社員の黒山透夜の娘だからといっても高校生が何度も来れば不思議に思う社員が多いだろう。
そうなれば零も視線が気になる。調査どころではなくなるのが零には見えていた。
「気にしないっていうのも難しいかもしれない。だけど、みんな大人なんだから何か異変を感じても変に知ろうとは思わないんじゃないかな?」
「どうでしょうね……。噂好きはあることないこと言いふらすじゃないですか」
「うーん」
奈月が唸っているのは「そう思わないから」というわけではない。逆に否定できなかったからだ。
零の言うことはかなりわかる。噂好きというのは下手すると学生より多いかもしれない。学生時代のような刺激的な毎日から外れて久しい社会人達からすれば、大した根拠がなくとも噂話だけで少しばかり退屈を解消できるのだ。
二人の行方不明者と年齢の近い人達は気味悪く感じるだろうが、もっと歳が離れれば離れるだけ危機感は薄くなっているのが現状だ。
それでも零達には来てもらわなくてはならない。零も今更になって「引き返す」とは言わないだろうから、奈月は答えに悩みながらも時折ルームミラーで零の表情を気にしつつ、そのまま進んだ。
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前回と少し違う点があるとすれば、詩穂と零も一緒に駐車場まで来たところだ。前回は沙希と透夜が中心となって説明と情報共有をしたが、一方で今回は奈月が情報を共有しなくてはならない。沙希と透夜はそれぞれ忙しくて同席できない。
地下の駐車場に車を駐め、詩穂と零は奈月に続いて支社へと入っていく。階段を利用して登り、少し重い扉を開けて潜ると受付のあるホールへと着いた。
奈月は真っ直ぐ受付に向かって話をすると、受付の女性は理解したようで笑いながら首を縦に振った。そして奈月は詩穂と零を見て、今回は受付の必要がないということを告げた。
エレベーターによる昇降の認証は奈月の社員証で終わる。そのエレベーターに乗り、三人は前回と同じミーティングルームに入った。
奈月に促され、二人は椅子に座ってホワイトボードを見た。前回より情報が加えられているのを確認すると、やはり長瀬から予め共有されていた池本春香のことのようだ。説明してもらった後に「実は知っていました」なんて話をすると、コントのようなツッコミ「知っていたのかよ」なんて返ってくる可能性が十分にある。
故に零は先に手を挙げて発言を試みた。
「ん? どうしたの、零君?」
「天利さん。実は今日、僕達が懇意にしていただいてる刑事から、池本春香さんも行方不明の疑いがあるというお話しと今回の件に対する調査依頼を受けました」
場の雰囲気が一瞬固まる。……というより、奈月にとって予想もしていなかったことなので、奈月の思考や動作がフリーズしてしまった。
僅かな時間が流れ、少しずつ奈月の思考が動き出した。まるで絞り出すかのように言葉が少しずつ紡がれていく。
「ちょっと待って。えっと……零君は警察と何か関係があって、池本さんの話を聞いた……ってことかな?」
「その通りです。僕は捜査に行き詰まった警察に能力を使って協力することが頻繁にあります。しかし、それは黒山さんも同じことなので重度の中二病患者と関わる以上、珍しくないのでは?」
今でこそ、警察も重度の中二病患者が起こす事件についても対応してくれるようになったが、奈月が「重度の中二病患者と戦ったいた時期」には警察との協力関係などあり得なかった。
それこそ有名な《クリフォト》による女子高生の拉致・監禁事件で透夜が警察と協力した時くらいなものだろう。
「うーん……うーん」
奈月の中では十分に珍しく感じることだ。しかし、現代ではそれが当たり前なのかもしれない。答えに困って唸ることしかできなかった。
そこで零の横にいた詩穂が助け舟を出した。
「鷺森君。奈月さんは約15年程前に沙希さんと組んで重度の中二病患者と戦っていたわ。言ってしまえば、神田川君の先輩に当たる立ち位置ね。しかし当時は今よりもっと重度の中二病が秘匿されていたものだから、警察との協力関係だなんて奈月さんの時代には滅多にないことなの」
「えっ? あっ、そうなんだ」
奈月が何かしら重度の中二病患者と関わりがあるだろうというのはわかっていたが、まさか潤のように戦っていた人だとは思わなかった。或いは、どこかで話をしてもらっていて、零の脳内から抜け落ちてしまっていたのかもしれない。いずれにせよ、潤のことを考えてみれば、警察と密にやりとりするだなんてあまりない事なのだろう。
少なくとも、長瀬と零の関係は珍しいものだ。どちらかといえば少し現実離れした「高校生探偵」のような立ち位置が近いだろう。
「すみません。要約してしまえば、今回の件についても警察から調査協力を依頼されているというだけなんです。怪しくない重要参考人の話なども聞いていますが、地嶋グループが持っている情報も教えてくれると助かります。黒山さんのお父さんにも内部の調査をお願いしてますし」
「あっ、そうだね! うん、透夜から受けている報告内容についてもお話しするね!」
今更、事件の発覚については話をしない。あくまでも前回はわからなかったが、今回新しくわかった情報だけを共有することにした。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
今年ももう終わってしまいますね。
昨年に引き続き、公募を目標にしたはずが達成できませんでした。
本作を執筆しながら、新作で公募にかけるというのがなかなか難しくてですね……。
夏風陽向(旧・池田陽太)として活動を始めた時は、今よりずっと自由な立場でした。今では立場が大きく変わってしまい、世間から求められる私の姿は小説家というよりも把握・企画・管理なのではないかと思う毎日です。
自分が求める姿と、他者から求められる姿。
そのギャップに悩むのが今の私です。
公募に出さないのなら、小説家としての活動は惰性になってしまいかねないので来年は見極めの年に出来ればと考えています。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!