思い切った誘い
とりあえず投稿。
小池美苗の調査をしてから1日が経ち、放課後になっても詩穂からの連絡はなかった。
零が得た情報に対しての回答であれば多少なりとも時間が掛かるであろうことを零は予想していたが「部署内を調べる」と言っていた透夜から情報共有がないのは少し意外に思えた。
伝説の英雄ともなれば、事件解決に向けて迅速に行動する。そういったイメージがあったからだ。零本人は明確に自覚しているわけではないが、心の奥底では仕事が遅いことに少しばかり失望していた。
詩穂や透夜から連絡がこないのであれば仕方がない。今日のところは大人しく帰って、夜にあるかもしれない鷺森家の責務に備えることにした。
帰り支度を整えて教室から出ようとする。その瞬間、零のスマホが振動した。
「ん?」
画面を見て思わず声を出す。そこには亜梨沙から『まだ教室にいる?』というメッセージが入っていたからだ。少しばかりドキッとした零はロックを解除して「いる」という返信を打ち込む。
するとすぐに既読がついて『玄関に集合』と返ってきた。随分とぶっきらぼうにも思えるが、文章が淡々としているだけであって、亜梨沙自身の性格は親しみやすいとわかっている。なので零は全く不快に思うことなく『了解』とだけ打って昇降口に向かった。
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思えば具体的に「玄関のどこ」とは記載していない。零は亜梨沙が所属しているクラスの下駄箱の様子を見てまだ来てないことを確認してから自分の下駄箱へと向かい、上履きからスニーカーに履き替えた。
亜梨沙が下駄箱に来てもわかるように見える位置で待つ。外はすっかり寒いので、トレンチコートのポケットに両手を突っ込んで震えながら待った。
程なくして亜梨沙がパタパタ足音をたてながら走ってやってくる。零がいないかキョロキョロ見渡したが、出入り口付近で待っているのに気が付いてにっこり笑った。
「ごめん、お待たせ!」
「いや、大丈夫だよ」
零も笑顔で返す。亜梨沙は見てわかる程に慌てながら靴を履き替え、零の前に立った。零は苦笑いで亜梨沙に警告する。
「走ると転んじゃうかもしれないから危ないよ。先生や風紀委員に注意されるかもしれないしね」
「はーい」
藍ヶ崎高校では廊下を走ってはいけないとされている。ただ、どれだけ注意しようとも急いでいる生徒は走る。中には運悪く教師や上級生の風紀委員に見つかって注意された生徒も少なからずいる。
零と亜梨沙はどちらもその現場を見たことはある。ただあまり強く叱られるというわけでもないので、亜梨沙は零に注意されてもあまり反省する様子はなかった。
「いつか先生に見つかるよ?」
「大丈夫だよ! ……うん、まあ、そうだね」
強く叱られないとはいえ、貴重な時間が奪われるのは確か。亜梨沙は素直に聞くふりをした。
「ところで、今日は何かあったかな?」
本題に入ろうと零が問う。亜梨沙は少し長めの髪を手で撫でながら気恥ずかしそうに答える。
「いやその、一緒に帰ろうと思って」
「ああ、なるほど」
零と亜梨沙は家が近いというわけではない。乗っていく電車の方向こそ一緒だが、亜梨沙の言う「一緒に帰ろう」とは同じ電車に乗るだけではなく「何処かに寄り道してから帰ろう」という意味である。
零にはそれがわかる。だから「なるほど」と言ったのだ。
2人は駅に向かって歩き出す。こうして2人で歩くのも少し久しぶりな気がした。
「亜梨沙さんと一緒に帰るのは何だかんだで久しぶりかな?」
「そうだねぇ。確かにこうやってゆっくり一緒に帰るのは久しぶりかも」
零は亜梨沙とコンビを組んでいるというわけではないが、亜梨沙の母との約束を果たすためにミラクル⭐︎アリサの活動を手伝うことがある。
とはいえ、基本的には詩穂や潤ほどのことはさせられない。余程亜梨沙が対応しなくてはならない場合のみ一緒に対応しているという形だ。
そういった時は今日のように待ち合わせしているというわけではない。その都度、何処かで合流して肩を並べるという形だ。亜梨沙の言う通り、ミラクル⭐︎アリサの活動に関係なく2人でゆっくり歩くのは久しぶりだった。
「それで今日はどうしようか?」
零が問う。こういった時は大体亜梨沙から誘いがやってきて、何処に行くかは亜梨沙の中で決まっている。
「ケーキを食べに行こうと思ってる。期間限定のケーキがあるんだって!」
「うん、わかった」
たまに亜梨沙と一緒に行く喫茶店が今回の目的地となった。その喫茶店は期間限定をやるだけあって、そこそこ有名なチェーン店だ。今の時間帯ならそこまで混んでいるということもないだろう。
そして喫茶店に誘うということは何か「話したいことがある」ということだ。零は今から少し気を引き締めた。
駅や電車内には同じように高校生が多くいた。当然のように席には座れず、席の横にある手摺りに亜梨沙を寄りかからせ、零は吊り革を持って立っていた。
亜梨沙と一緒に乗っている時は詩穂と違って話をする。亜梨沙は話題の提供が上手で、零からしたら全く知らない話ではあるが、同学年の中で起きてるごく小さな事件などを教えてくれる。
やがて目的の駅に到着して降りると、同じように降りていく学生は少なくなかった。皆が同じ目的地に向かっているわけではないのだろうが、期間限定のケーキとあらば同じように食べようと考えている人もいるのではないかと零は思った。
喫茶店に辿り着き、店員に案内されて席に座る。零が思っていたよりも店内のお客さんは多く、色んな人の話す声が入り混じって零の耳に届いた。
メニュー表を見て何を頼むか決める。といっても、ケーキは期間限定のものを食べると決めているし、飲み物だって今までと変えることなく決まっている。それでもメニュー表を見るのは、今日はいつもと違う何か別の飲み物を頼む可能性を無意識のうちに考えているからだ。
店員に注文をし、ケーキと飲み物が届くまで待つ。その間に零は本題を振った。
「それで亜梨沙さん、話って何かな?」
「えっ、話? 私、話があるって言ったっけ?」
「いや、言ってないと思う。でも亜梨沙さんが僕をこういう場所に誘う時は何か話をしたい時でしょ?」
「そんなことは……。ああ、でもそうだね」
「うん」
零は今日の亜梨沙に違和感を覚えた。いつもより反応にキレがない。まるで緊張しているようではあるが、本気で何か悩んでいるのかもしれないと零は心配になった。
亜梨沙は深く息を吸ってから吐き、意を決したような顔で零に言った。
「零君」
「うん」
「クリスマスって空いてる?」
「うん。……ん!?」
零は目を丸くして驚いた。女の子にクリスマスの予定を聞かれたことについてもそうだが、それよりクリスマスまで1ヶ月以上もあるのに話題として出てきたことが原因だ。
「いやまあ、そりゃ空いてるけど……。どうして?」
「ほら、文化祭は一緒に回らなかったでしょ? クリスマスくらいなら……ってさ」
「あ、ああ、うん」
《ラグナロク》と《ドラゴンソウル》の衝突事件が終わってからまもなく、藍ヶ崎高校では文化祭が行われた。
結論から言えば、零は小さな事件の対応に追われていたのだが、亜梨沙の中では「零と回る時間を作る」ということも考えていた。
しかし、零と亜梨沙は恋人関係ではない。零が亜梨沙としか行動しないというのであればともかく、詩穂と行動することもある。明確に「どちらかと付き合っている」という状態にならない限りは、一緒に行動し過ぎると周りの誤解を生んで厄介なことになると亜梨沙は考えていた。
だから文化祭は「一緒に回らなかった。」亜梨沙としては少し後悔の残る結果だったが、校外となれば話は別。クリスマスくらいは一緒に過ごそうと提案したのだった。
零が再び口を開こうと瞬間、店員が注文したものを運んできた。亜梨沙の目と意識はすぐに期間限定のケーキへと向いた。