表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
111/190

後遺症

「友人、ということかしら?」



 詩穂は考え得る可能性の一つを挙げた。それを聞いて詩穂に見惚れていた零の意識が戻る。



「年齢は近そうだからあり得そうな話だと思う。住んでいる階が同じなのをきっかけに意気投合して……という線もありそうか? いや」



 そこまで考えて零は自身の考えを否定した。何故なら、同じ階であることをきっかけに話すのであれば、玄関前の残留思念に残っているはずだ。しかし、残っていたのは「仲良くなった後」だ。となれば、2人はどこか外部で知り合ったということになる。



「出会ったきっかけはもっと別なんだろうね。まあ、どちらにしてもさっきの女性が小池さんと友人なのであれば、既に警察から事情聴取を受けているはずだ。小池さんの行方を追う上で必要になる人物かもしれないけど、今は置いておこう」


「そうね」



 詩穂はそれだけ答えて空を見上げた。


 時刻は夕飯時を迎えている。気温が下がってきたこともあってか、空には薄っすらと星が見えた。そろそろ本気で帰らなくては詩織……母親が詩穂を心配するだろう。



「今日のところはここまでにしましょう。通勤後から帰宅前の間に行方がわからなくなっていること、小池美苗さんの友人らしき人が同じ階に住んでいるとわかっただけでも、今日の収穫としては十分でしょう」


「そうかな? まあ、そうだね」



 零としては少し不完全燃焼な感じが否めない。今のところ「零でないとわからない」という情報が得られてないからだ。しかしそれでも、そろそろ帰宅しなくてはならないことは共通認識だった。


 2人は元来た道を戻って駅に向かう。今もなお、それぞれ帰路を辿る社会人の群れは途絶えておらず、通りかかるコンビニはクリスマスフェアの広告が派手に貼られている。



「黒山さんはクリスマスって毎年どう過ごすの?」



 少し無神経な質問だったかもしれないが、零はふとそんなことが気になって詩穂に訊ねてみた。詩穂は特に意識したような様子も見せず、位置情報を示しているスマホの画面と前方を交互に見ながら答える。



「……そうね。母はそういうイベントが好きで、毎年パーティをするわ。母の友人……というより大親友かしら。真悠(まゆ)さんという方がいて、真悠さんも含めて3人でパーティして過ごしてる」



 クリスマスパーティについて語る詩穂の声色はいつものクールさより、少し楽しげだった印象を零は受けた。それにしても、両親とはあまり仲良く出来ていないようなのに両親の友人と仲良くできるのは少し不思議だ。



「なんか少し意外だけど、黒山さんにとっても楽しいと思えるイベントがあるようで良かった」


「……楽しい?」



 零の前を歩く詩穂は少し振り返って零に訊ねた。彼女の顔は少しキョトンとしており、零の感想が理解できなかったようだ。



「うん。だって、お母さんやその真悠さんと一緒に過ごすことに楽しさとか嬉しさを感じるんでしょ? 普段の黒山さんからは人生を楽しんでいるような雰囲気を感じないから、楽しい時があるようなら良かったと思ったんだ」


「私って、そんなにつまらなさそうに見えるかしら?」


「うーん。つまらなさそうというよりかは、それすら無い感じだよね。好きや嫌いの対義語が実は無関心なのではないかと言うような感じかな。黒山さんは喜怒哀楽を感じてないように見えるよ」


「それは……そうかもしれないわね」



 詩穂に激情はない。いや、実はあるのだが彼女の持つ能力『漆黒』がそれを許さない。その能力と共にあり続ける以上は詩穂の激情を『漆黒』が『拒絶』する。


 そこまでの説明をする気が起きない詩穂は零の率直な印象をそのまま受け入れることにした。詩穂にとっても強ち間違いではないと感じたということもある。


 ただ、詩穂を詳しく知らない有象無象にとっては、そんな詩穂がクールビューティーに見えている。今のところ変に告白を受けていないのも「クール」の部分が強過ぎて近寄り難いからだ。こうして一緒に歩くことの出来る零を羨む声は少なくない。勿論、妬みの声もある。


 そんな話をしているうちに駅へ辿り着く。そのまま改札を通って電車に乗り、人が殆どいない車内で2人は並んで座った。そして特に会話をすることもなく、最寄りの駅に到着すればありふれた別れの言葉を口にするだけで特別なことは何もなかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日を迎えたからといって「いざ今日も調査」というわけにはいかない。小池美苗宅の玄関前で調査を行ったものの、今のところ他に調べるべき場所が何処なのか見当もついていないからだ。


 とりあえず、透夜からの依頼をなるべく早く終わらせたいと思っている詩穂はきっと父親に調査結果を報告しただろう。零はそう思って、詩穂からのアクションを待つことにした。


 事件の内容を言いふらすわけにはいかないが、零は昼食を食べながら潤に「今取り組んでいる案件」について話をする。重度の中二病患者が関わっていれば、潤の助言が役に立つこともある。今回はかの有名な「黒山透夜からの依頼」だということをメインに話をしたいと思ったのだ。



「ほう、あの黒山透夜から……」



 流石に潤も驚いたようだ。羨ましいとは思っていなさそうだが、目を丸くして反応した。


 黒山透夜は重度の中二病患者関係において有名な英雄だ。その娘である詩穂も強さという面で有名ではあるが、近くに有名人がいる環境に慣れてきてしまっているのか、零の感覚も少し鈍っていた。



「公園へ寄っていくと、たまに会うサラリーマンがまさか黒山透夜だとは思わなかったよ。ただ、何となくだけど語り継がれている印象より、もっと人間らしい印象だった」


「人間らしい?」



 零の表現があまり理解できなかったのか、潤は聞き返した。それに対して零はゆっくり頷く。



「ほら、女子高生5人を救出した英雄って聞くと、もっと無敵なスーパーヒーローみたいな感じがするでしょ? でもこうして面と向かってやり取りすると、そんな感じがしなくてさ」


「なるほどな」



 ようやく零の言いたいことがわかった潤は頷きつつも、補足をしていく。



「いくら伝説で有名だからといえど、本人はもう重度の中二病患者ではない。噂によれば後遺症があるらしいがな」


「後遺症?」


「ああ。重度の中二病を治療しても、治療しきれずに能力の一部が使えてしまう現象だ。機能縮小版みたいなイメージで、効果の大きさはあまりないらしいが」



 零は重度の中二病を治療しても後遺症が残った人を見たことがない。そもそも、零の場合は能力を使えば刀で刺した相手の能力を奪うことができるので後遺症の存在すら知らなかった。



「……脱線したな。伝説の英雄から依頼を受けたのはいいが、解決できる目処がありそうなのか? 昨日はあまり収穫が無かったんだろう?」


「まあね。少なくとも家から出て行方不明になっていることは確認しているわけだから、家から職場までの道も見ておきたいんだけど……難しそうだね」



 食べながら話しているものの、既にお互い弁当箱の中身はない。零は立ち上がって自販機を見にいくか、寒いので教室に篭るか悩んだ。


 潤も食べ終わった弁当箱を片付ける。何かしら考えているようだが、その内容をわざわざ口にしない。零が詩穂と関わるたびに言っている言葉だ。気を許して相棒となることだけはやはり避けて欲しい。


 そんなことを心の中に留めた直後、潤はふと気になったことがあったので、それは口にした。



「そういえば、黒山透夜はどこで働いているんだ?」


「地嶋グループの会社だよ。そこは有名じゃないの?」


「地嶋グループは有名だ。しかし、黒山透夜が《クリフォト》以来どうなったのかは特に語り継がれていないからな。しかしあの大企業とは、成る程。被害者も同じ会社だというのなら、道中でトラブルに巻き込まれた可能性も否定できないが、まずは社内の様子を探った方が良さそうだ」


「だよね、やはり黒山さんの報告待ちか」



 零はそう言って結局自販機の方へ向かうことをせず、机に突っ伏しただけだった。

読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。


最近、ようやく「ヴァン・ダインの二十則」というのを知りました。

今後書く上では、ぜひ参考にしたいと思います。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ