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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
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小池美苗の残留思念

 小池美苗の自宅に向かっている途中、零はずっと違和感を覚えていた。


 それは人通りが多いことだ。殆どが仕事帰りと思しき社会人ではあるが、誘拐にせよ失踪にせよ、絶え間なく人が行き来するのであれば誰かしら目撃者はいるはずだ。既に警察も捜査していることだし、2週間が経った今でも全く情報がないというのは不自然過ぎる。


 となれば、小池美苗の自宅に向かう途中で何処かしら人目に付きにくい場所があるのかもしれない。もしそんな場所があるのだとしたら、そこを重点的に見ていく必要があるだろうと思った零だが、そんなことを考えていた矢先に詩穂の歩みが止まった。



「黒山さん?」


「どうやら、ここのようね」



 詩穂の指差す先はアパートであり、零も一緒になって見上げた。駅から見えた賃貸に比べたら建物の階層は少なく、元は白い壁のはずが薄汚れて少しばかり黒くなっており、綺麗さにも劣る。駅から近いというわけでもないので、恐らくは安い物件なのだろう。



「部屋には入れないだろうけど、せめて入り口くらいは見ておきたいな。黒山さん、どこの部屋かわかる?」


「ええ。一応、書いてあるわ。捜査のためとはいえ、個人情報の保護はどうなのかしら」



 零は至極尤もだと思った。残留思念を読み取るには、出来るだけ本人に近い……プライバシーに近付ければ近付けるほど、情報は読み取りやすい。そこに欲しい情報があるかどうかは別の問題だが、確かにイチ高校生に部屋の番号を教えてしまうというのも見方によっては個人情報の漏洩だ。


 とはいえ、出掛ける時や帰宅する時に必ず通る玄関は、こういった時に欲しい情報を読み取るには確実性の高い場所だ。


 詩穂が先頭を歩き、零はその後に続く。少しばかり古いこともあって、エレベーターはなく階段で上がっていくしかない。


 その階段も決して広くはなく、大人2人がすれ違うのにやっとだ。一度帰宅をしてから着替えて出ていく人とも何とかすれ違いながら階段を登っていくが、ここに高校生が来るのは珍しいのか、すれ違う人は2人の姿を見て驚いた顔をしている。



「僕達ってそんなに珍しいかな? 子育て世帯が住むなら高校生くらい珍しくないと思うけど」



 零がそう感想を述べたので、詩穂は小さく溜息を吐いてから零の感想に言及した。



「配偶者や子と一緒に住むには向いてない場所なのでしょう。恐らく、もっと広い場所へ引っ越すと思うわ」


「は、ハイグウシャ……?」



 零には配偶者という言葉の意味がわからなかった。それもそのはずで、高校生には全く馴染みのない言葉だ。



「妻、もしくは夫のことよ。社会に出ると使うから憶えておくといいわ」


「ああ、成る程。結婚相手ってわけね」



 零には賃貸で暮らした経験がない。その一方で、詩穂は今まで何度か引っ越しを経験しており、母と2人でアパートに暮らした経験もある。今は一軒家の借家を借りているから、部屋数もあってプライバシーが守られているのは詩穂にとってもありがたい状況だ。


 それ故に、アパートの面積と部屋数から想定して世帯で暮らすには不向きであると詩穂は予想していた。母と同じ部屋で過ごさなければならない窮屈さを知らない零を少し羨ましく思った。


 そんなことを話しているうちに5階へと辿り着き、やがて505号室の部屋で詩穂は止まった。



「ここね」


「わかった。じゃあ、ちょっと読み取ってみる」


「ええ、よろしく」



 詩穂は零に背中を向けて周囲の警戒をすることにした。そんな詩穂の行動を見てから、零は扉を凝視して集中する。


 零が視る残留思念とは、場所が持つ記憶。その記憶を視る限り、この部屋に住んだことのある人は少なくないようだ。


 そして写真で見た小池美苗がスーツを着こなして扉を施錠する姿が見えた。そこで零は制服の内ポケットからピンク色のガラケーを取り出して開き、能力を使って対話を試みた。


 施錠を終え、階段の方へ向かおうとした時に零と視線が合う。そして小池美苗は零との対話に応じた。



『えっと、誰……?』


「僕は鷺森零といいます。小池美苗さん、貴女は今、どこへ向かおうとしていますか?」


『えっ? 見ての通り、出勤……』



 名前を知られていることにも驚いている様子だが、どこからどう見ても仕事に行くであろう格好をしているにも関わらず、わかりきった質問をされていることに困惑した。


 このやりとりだけでわかったのは、最後に小池美苗が玄関に触れた瞬間が出勤時だということだ。つまり彼女は、出勤してから一度として帰宅することなく行方がわからなくなったということになる。



「貴女は出勤した後、行方がわからなくなります。誰かに会う予定とか、どこかに行く予定とかありますか?」


『え? 私、行方不明になるの? 意味わかんない』



 小池美苗の残留思念は零に対して警戒をしない。小林美苗の残留思念は自分が過去の姿だということを認識しており、零のことも残留思念を読み取ることの出来る特殊な人間なのだということもわかっている。


 しかし、彼女(或いはこの場所)が持っている記憶はあくまでもこの時点までのことしかない。ここから先に何があるのかは、何かあった先の場所に残っているであろう残留思念と対話するしかない。


 だから小池美苗の残留思念は自分が行方不明になるという未来を告げられて驚愕したのだ。そしてそれは、行方不明になる可能性のある事情にも心当たりがないということでもある。


 もしも心当たりがあるのであれば……本人がその可能性を危惧していたのであれば、小池美苗の残留思念がそれを語るはずだ。



『と、とにかく私、急いでいるから……。もういい?』


「あっ、えっと最後に、最近誰かとトラブルがあったりしませんか?」


『ないけど、そんなの……』



 小池美苗の残留思念はそれだけ答えて零の横を通り過ぎていく。彼女が去って見えなくなった直後、零が見ている世界が現在に戻った。


 ピンク色のガラケーを閉じて胸ポケットに仕舞い、詩穂に話しかける。



「黒山さん!」


「……どうだった?」



 急に話しかけられたので詩穂は驚いたが、表情に出すことなく反応を少し遅らせただけだった。すぐに意識を切り替えて、零の返答を待つ。



「いや、残念ながら収穫はあまりない。少なくともわかったのは、小池さんが行方不明になったのは出勤より後で、帰宅より前ということ。そして心当たりはないらしい」


「そう」



 収穫はあまりなくとも、詩穂はあまり落ち込んでいない様子だった。実はここで得られる情報にあまり期待していなかったのかもしれない。


 次なる一手を考えようとした瞬間、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。スニーカーというよりも、コンクリートの階段をパンプスで踏みつけた音だ。それだけで近づいてくるのが男性ではなく女性であることがわかったが、二人としては警戒せずにいられなかった。


 登ってきた女性と目が合う。沙希や奈月と年齢が近そうな髪の長い女性だった。


 その女性は6階へ上がることなく、二人のいる場所へ歩いてくる。そのまま通り過ぎて自分の部屋へと向かうのだと思いきや、二人の前でピタリと止まった。


 女性は訝しげな顔で二人に問い掛ける。



「高校生がここに何か用?」


「あ、いや、えっと……」



 零はどう誤魔化そうか考えて挙動不審になる。すかさず詩穂が零の前に立ち、女性へと一礼した。



「すみません。小さい頃に遊んでもらったお姉さんの家がここでして。今も住んでいるのかわからなかったから、一か八かでここを訪ねたのですが、誰も出ないんです」



 女性は少しばかり詩穂の言っていることがわからなくて首を傾げたが、ようやく探している人が小池美苗よりも前にここへ住んでいた人なのだと考えが至って申し訳なさそうな顔をした。



「ごめんなさい。今ここに住んでいる人は別の人だと思うわ。下の階にある郵便受けは見た?」


「ああ、見落としていました。他の方が住まれているのであれば迷惑になるだけですよね。私達は失礼します」



 詩穂が女子高校生とは思えないほどに礼儀正しく、お辞儀をする角度も完璧なので現代社会人である相手の女性は目を丸くした。そうしているうちに、詩穂は零を連れて女性の横を通り過ぎて階段を降りて行った。


 我に返った女性もそのまま自分の住む部屋へと歩みを進める。そんな彼女の姿を、零はこっそり見ていた。


 階段を降りてからすぐ、零がピタリと止まる。そして降りてきたばかりの階段をじっと見つめた。



「どうかしたかしら? 鷺森君?」


「ああ、うん。さっき小池美苗さんの残留思念を探る中で、あの女性を見たんだよね。扉を開けていたからてっきり前の住人かと思っていたけど、まさか別の部屋に住む女性だったとは」



 零の情報に驚きつつも思考を巡らせるため、詩穂は自身の顎に右手を当てる。そんな彼女の姿を見て、場違いにも「絵になるな」と零は思ってしまった。

読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。


最近は気温も低く、夜になって毛布にくるまってると、ついうっかり寝てしまうんですよね。

つまり寝落ちというわけで、今回も更新予約する前に寝てしまったという次第です。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします!

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