意外な思惑
翌朝、零の携帯端末にメッセージが届いていた。差出人は詩穂であり、内容は「早速、話をする段取りができた」というものだった。
いつも通り学校へ行く準備をして家を出る。往来する人たちはクールビズを意識したワイシャツ姿だったり、この夏を出来るだけ涼しく過ごそうとするだけの努力が見える。
その一方で、相変わらず零はコートを羽織って厚着をしている。朝の一滴も流すことなく、むしろ体を震わせ凍えながら駅に向かって歩いた。
家から最寄りの駅に着くと、沢山の学生とサラリーマンが列車の到着を待っていた。そしてその中に潤が見えたので、零はそこに向かって歩き出す。
「おはよ、潤!」
「ああ、おはよう、零」
潤の反応はいつも通りにクールだ。真面目で堅物な応対しか出来ない潤は「いつも怒っている」と誤解されやすい。零よりかはクラスに馴染んでいるが、それでもお互いに特別仲の良い他のクラスメイトはいない。
もっとも、2人ともそんなことを気にしたことはないが。
「……あれ? 潤、寝不足?」
「何でそう思う?」
「心なしか、態度と表情に元気が足りていない気がするから」
「なるほどな……」
潤は後頭部を右手で軽く掻きながら零の推測に頷いた。あくびこそしないが、眠そうに見えなくはない。
「何か事件があっても追うのが大変だ。お前達が追っているものに比べたら範囲が狭いからいいが、それでも探索特化の仲間がいないと苦戦を強いられるのが現実だ」
「……ごめん」
潤が犯人探しで苦戦しているのであれば、零が手伝ってあげられれば良い。だが、今は恋悟を追う必要があるので手伝うことは出来ない。それを考えると、零は潤の手伝いが出来ないことに申し訳なく思い、謝罪したのだった。
しかし、潤は少しばかり困ったような表情をしながら首を横に振った。
「零が謝る必要はどこにもない。むしろ、恋悟を探すことに力をつかってくれていることに、こちらから礼を言いたいくらいだ。引き続き、危険がない程度に恋悟の調査を頼むぞ」
「……うん!」
2人はお互いの拳をぶつけ合って友情を示した。一緒で無ければ追っているものが違っていても、互いに果たすべき使命を果たそうという約束の現れでもあった。
零は何だかそれが誇らしく感じたのだった。
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教室以外で授業を行なう場合、どうしてもその教室は向かわなくてはならない。零は今まで気にしたことが無かったが、その道中で詩穂とすれ違ったりする回数が多いので、今はどうしても目が合う瞬間がある。
丁度、零は音楽室に向かっている最中、1年6組の教室から出てきた詩穂と遭遇した。目が合ったので零は詩穂に話しかけた。
「やあ、黒山さん。朝のメッセージを見たよ。まさか、昨日の今日で約束してくるだなんて、一体どんな手を使ったのかな?」
「…………」
すぐには答えが帰ってこない。答えに迷っているというよりかは、答えるかどうかに悩んでいるようだった。
結果、詩穂は零の方に向き直して答えた。
「別に恋悟の確保を望んでいるのは私だけじゃない。当然、そこには大人達も関係していて、そういった人達が段取りを整えてくれているの」
「ああ、納得したよ」
零には詩穂が誰と繋がり、何を目的に行動しているのかはわからない。潤のように、暴走した重度の中二病患者を無力化するような役割を担っていないはずなのに治療せず過ごしている。
彼女がどの程度「特別」で、どういう立ち位置なのかもわからない。だが、それを聞いたところでどうしようもないのは零もよくわかっていた。よって、他に気になるところを話題に出した。
「ところで、黒山さんはクラスメイトと話をしないの?」
「…………」
零があまり言えたことではないが、詩穂がクラスに馴染めているような雰囲気を感じられなかった。むしろ、休み時間という時間においては1年6組が詩穂の存在がなくとも機能しているように見える。
「クラスメイトだなんて、ただ同じクラスに振り分けられた人に過ぎない。だから、必要最低限の会話しか必要ない」
「えっ……」
詩穂があまりに閉鎖的なことを真顔で言うものだから零は引いた。本当にそう思っているのだろうが、そうなれば黒山詩穂という女子はかなりイタい女子である。
もっとも、真夏にコートを羽織ってる零も他人から見れば頭がおかしいように見えるが。
「……それとも鷺森君はそれでもクラスメイトと話をする明確なメリットがあると言うの? ぜひ教えていただきたいところだけど」
「何で怒っているのかな……?」
詩穂が若干怒り気味で返してきたので、零はただ冷静に優しく突っ込みを入れた。「ハッ」と我に帰った詩穂は少しばかり居心地が悪そうに教室へ引っ込んで行った。
詩穂の様子を見届けてから零も移動を再開させたのだった。
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学校帰り。零と詩穂は前回と同様に玄関で集合した。
向かう先は例のビル。この世を去った青年が可愛がったという女性から話を聞くためだ。
相変わらず詩穂が少し遅れてやってくる。相手と約束した時間に間に合えばどうということはないので、零は細かくガミガミ言うことはない。
例のビル付近に辿り着くと、そこには零が見た残留思念と同じ女性が立っていた。近付いて詩穂が声を掛ける。
「こんにちは。黒山詩穂です」
「ああ……!」
青年の恋人だった女性と対照的にこの女性はそこまで精神的にダメージを受けていないようだった。人の好みというのはブレないもので、雰囲気だけは恋人だった女性と近いお淑やかさを感じさせる。
だが、この女性はどこか冷たい。零は直感的にそんな気がした。
ビルの近くには喫茶店がある。ただ、前回とは異なってそこはチェーン店だ。3人とも特に拘りはないので、そこに入って話をすることにした。
店内は照明が明るく周囲が見やすい。店員の案内に従って4人席へ移動する。零と詩穂が隣り合って座り、その正面に女性が座った。
「……何か?」
零は女性にジッと見られているのが気になったので問う。
「いや、この時期なのにコートを着てるんだと思って」
「ああ、極度の寒がりでして。お気になさらず」
「ええ!? いくら寒がりだと言っても真夏にコートは流石に……」
「…………」
零は正直「面倒くさい」と思った。それ以上返せば無駄な問答が続くだけなので、そこは引き下がって何も返さない。
詩穂がわざとらしく咳払いをして本題に入ろうとする。幸いなことに相手もその空気を察してくれたようだ。
「お忙しい中、お時間を下さりありがとうございます。この前、亡くなられてしまった方のお話をお伺いしたいのですが」
「はぁ。警察の方も私には話を聞きにきたけど、私は仲良くして貰ってただけだよ? 私にも特に理由はわからないけど」
「仲良くして貰った理由がわからない?」
淡々と話て答える女子2人に対し、零は少し食い付き気味に話を聞いた。青年が彼女に対し、どういう感情を抱いていたのかは少し想像が出来る。だが、露骨な好意を示したわけではないのは少し意外だった。
「なんか、度々話しかけてくれたりしたけど、食事とかに誘ってはこないし、よくわからない人ってイメージだったかな」
抱いている感想が冷たい気がした。興味ない相手に対する対応なんてこういうものなのかもしれないが。
「失礼ですが、貴女は彼のことをどう思っていたんですか?」
零が気にしたことを質問にする。もし、これが彼なりに好意を抱いていた行動なら、あまりに報われなさ過ぎる。
「面白い先輩だなぁって。でも少し、その好意が重荷に感じたことも……あるかな」
「好意を抱いていたのは間違いないと思います。彼からの好意について、貴女はどうしていたんですか?」
「……笑って誤魔化してたけど、私もあの人もちゃんと向くべき方向があったから、それは直したつもり」
「向くべき方向?」
「あの人は彼女さんの方に。私はもっと違う人に。それを手助けしてくれる人がいたから、手伝ってもらったけど」
「え……?」
零はこの瞬間、なんとなく先が予想できて鼓動が速くなったのを感じた。それは嫌な予感に近い気がする。
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
何度も寝落ちしながら、これを書いています。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!