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思念と漆黒の組み合わせ  作者: 夏風陽向
二人の英雄
109/190

自分勝手さ

「奈月さん……父の話は」



 あまりして欲しくない。詩穂が透夜の話題を嫌うのは、学生時代に透夜と交流のある者なら誰もが知っていることだ。


 だがそれでも、奈月はこの場で話をしなくてはならないと意思を持って話を続ける。



「詩穂ちゃんが透夜の話をして欲しくないって思ってるのはわかってる。でも、言葉や態度で示していなくても、ボクや沙希ちゃん。唯香ちゃんも詩穂ちゃんと透夜の関係性を心配してるんだよ?」



 唯香はかつて、零と詩穂が重度の中二病患者を無力化し、回収を依頼した時に車で来てくれた女性だが、零は名前を聞いただけでは誰のことか思い出せなかった。


 そんなことを考えていなければ、この気まずい空気をやり過ごすことなど出来ない。


 詩穂は少しバツの悪そうな顔で口を開く。



「私としてもご心配をお掛けしてしまっていることを申し訳なく思っています。ただ、父が今の状況のままでいる以上、私は父を許せません」


「詩穂ちゃん……」



 零は目の前で起こっている状況に目を丸くした。責める方、責められる方が逆転したからだ。詩穂が抱えていることは、どうやら透夜の周辺にいる大人にとって「弱み」のようだ。



「奈月さん、お願いです。鷺森君には私の事情を話していませんし、今後も話して巻き込むつもりはありません。私だけならともかく、鷺森君がいるところで私の話はやめてください」


「う、うん……ごめんね」



 奈月の謝罪は本当に申し訳なさそうだった。詩穂も含め、詩穂の周りは言動がからして気の強い人が多い。だが、奈月は少し違う。どこか人に気を使いすぎてしまう人のように零は思えた。


 気まずくなってしまった空気が改善されることはなく、ただ静かに目的地へ到着するのを待つ時間となった。向かっている先がわからない零はどこに向かっているのか気になったが、零や詩穂の家に送っていくわけではなく、学校から最寄りの駅に降ろされることになっていた。


 季節はもう冬。空はすっかり暗くなっていて、駅に到着しても奈月は心配そうな顔をして2人に訊ねる。



「もうこんなに暗いし、やっぱり家まで送って行った方が……」


「いえ、大丈夫です」



 詩穂が即答した。以前、沙希に送ってもらうことになった時も、零に意思を確認することなく即答していた。



(またか……)



 零には呆れることしかできない。無理強い出来ない奈月はそのまま会社へ戻ることにした。



「わかったよ。2人とも気を付けて帰ってね。……無理しないでね」


「はい。ありがとうございました」



 詩穂が深々と頭を下げてお礼を言ったので、零もそれに倣って頭を下げる。すぐに奈月は出発したが、最後に言っていた「無理しないで」という言葉が零の中で引っ掛かった。


 しかし、その違和感も詩穂の一言で掻き消される。



「行きましょう、鷺森君」


「あ、ああ……うん。って何処へ?」



 ここまで来たら後は帰るだけだろう。そこで一緒に行動する必要など零には感じられなかった。



「小池さんの自宅付近よ」


「え? 今から?」



 時間的には少しばかり余裕があるものの、辺りはすっかり暗いし、太陽の温もりもないので気温も冷え切っている。零としては一刻も早く帰りたかった。


 そんな零の意思など知らず、詩穂は首を縦に振る。



「だったら、奈月さんに小池さんの自宅付近で降ろして貰えば良かったじゃないか。逆戻りするだなんて、そんな無駄なことを何故?」


「仮に私達が奈月さんにお願いしたところで、奈月さんは反対するわ。さっき心配してくれていたのを見たでしょう?」


「それは奈月さんの判断が正しいと僕は思うよ。時間的には少し余裕があるし、どんな相手が現れても黒山さんは危険なく撃退出来るだろうけど、この暗い中で行動するのは誰もが危険だと思うさ」


「問題ないわ。鷺森君もわかっている通り、私は強いもの。何も問題ない」


「黒山さん、何か焦ってない?」



 零は今の詩穂が「いつも通りではない」と感じていた。普段の冷静な詩穂であれば、自分だけではなく零にも降り掛かるかもしれない危険だって予測できるだろう。それなのに今回はどこか視野が狭くなっているようだった。


 そして零の指摘はまさに図星だ。詩穂は驚愕した顔を零に向けた。



「焦っている……? 確かに私は焦っているのかもしれない」



 ムキになって返すのではなく、指摘されて戻ってくる冷静さ。だが、詩穂には焦ってしまう理由があった。



「出来れば父が関わっているこの件を早く終わらせたい、私はそう思ってる。だから鷺森君、力を貸して。私に協力して欲しい」


「…………」



 何も事情を話さないくせに、自分にとって都合の悪い状況になるとそこから脱しようと協力を求める。奈月の心配に対する回答だって、零に意思を確認することなく勝手に答えた。


 滅多なことでは怒らない零でさえ、流石に詩穂の自分勝手さに少しばかり苛ついていた。



「黒山さん。何故いつも僕の意思を確認してくれない?」


「え?」


「いつだったか、沙希さんに送っていってもらった時や今日の奈月さんに対する答えもそう。僕の意思を確認することなく答えたよね。どうして?」


「それは───」



 詩穂が言葉に詰まる。当然、そこには詩穂なりの考えがあってのもので、出来る限り自身の事情を零に知られたくないからだ。透夜の関係者と零が長くいれば、知られたくない事情を知られかねない。


 奈月に対してはそうなのだが、沙希に関しては珍しく感情が先走ってしまったからだ。それを交えて説明するのは詩穂にとって至難の業だったし、零に指摘されて「自分勝手さが目立ってしまっていた」ということに気付かされてショックを受けたので余計に思考が回らない。


 言葉に詰まって回答できない詩穂の姿を見て、零は少しばかり落胆した。事情を話してくれるとは思っていなかったが、それでも何かしらの答えが返ってくると期待していたからだ。


 とはいえ、落胆したからといって協力しないわけではない。このまま詩穂を見捨てれば、それは透夜との約束を破ることになる。



「……黒山さん、行こう。ホワイトボードで見た情報だけでは場所がわからないから、案内よろしく」


「え、ええ……」



 追及から逃れ、それどころか零から進んで現場へ向かおうと言われたことに詩穂は驚愕した。だがその驚きもすぐに消し去り、現場へ向かうため零と一緒に電車へ乗った。


 電車の中は学校帰りの学生や仕事を終えた社会人で溢れかえっている。殆どがスマートフォンに目をやっているが、中には疲れからか寝落ちしている者もいる。いずれにしても、電車内ではあまり会話がない。零と詩穂の2人が会話せず乗っていたとしても、何一つとして違和感がない。


 それが零にとって救いだった。


 詩穂の案内で降りた駅は6つ程の駅を越えた先だ。到着すると意外なことに多くの社会人が降りて行く。2人も混ざって降りた後、駅から出てようやく零が口を開いた。



「あまり気にしたことはなかったけど、ここで降りる人は結構多いんだね」


「一人暮らしするには向いている立地だもの。ここは住宅よりもマンションやアパートのような賃貸の方が多いわ」


「ああ、なるほど」



 周囲を見渡すと、駅近くはどちらかというと飲食店の方が多い。独り身の社会人であれば、わざわざ食材を買い込んで調理するよりも飲食店で食事したり、惣菜を買った方が安く済む場合がある。特に仕事で疲れているのであれば、飲食店の匂いと商品の写真には惹かれるだろう。


 とはいえ、零と詩穂は飲食店に用がない。零が「なるほど」と相槌を打ったのは、駅から離れた場所に高く建っている賃貸物件が見えたからだ。



「こっちよ」



 詩穂はスマートフォンの位置情報を頼りに進む。零はただそんな彼女の後をついて行った。

読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。


零の問いを書きながら、ふと自分の高校時代を思い出しました。


私も恋人に対して、理解できないことは「〇〇な時も、今回もそうだったよね、どうして?」みたいな問い方をした記憶があります。

さて、その時に納得いく答えが返ってきたかどうか。

こんな感じの問答は何も一回だけというわけではなく、何回もあるので納得いくときは「なるほど、そういうことか」という感じではあったし、納得できない時は「うん? どういうこと?」ってな感じで深く追及しました。

今回の詩穂は言葉が詰まって答えられなかったわけですが、私と恋人の間にもそういうことだってありました。

零は透夜との約束を守るために保留としたようですが、私の場合はこういう時「もういいわ」という諦めだった気がします。

そこから「言い方が怖い」とか色々言われたなぁっと懐かしくなります。私としてはかなり言い方に気をつけた方なのですが、難しいですね。


ただ、相手の理解できないところを追求するというのは「相手に関心があって」というのが前提だと思います。相手のことを知りたいから問うのであって、無関心ならこういう問いかけはありません。


現在の私はどちらかというと、無関心寄りに近いのかも。何か気になったことがあったとしても、気にしないようにする、というのが大人の選択なのかもしれませんね。

そういう我慢にも限界はありますので、上手く分別する必要がありそうですが。


それではまた次回。来週もよろしくお願いします!

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