唯一、親しみやすい知人
「オーバーなリアクションね」
詩穂が呆れたように言う。そして何事もなかったかのように食事を再開した。
「いやいやいや。確かにまた会いましょう的なことを言われた気がするけど、どうして急に? 僕には呼ばれる理由がまったくわからないよ!」
ごく普通の家庭に呼ばれるくらいならここまでの反応はしないだろう。しかし、沙希は地嶋グループ社長の娘。つまり大金持ちだ。そんな人に呼ばれるとならば緊張するのも無理はない。
零がパニックになっていても、詩穂の態度は全く変わらない。口の中にある食べ物を全て飲み込んだ後、零の疑問に答える。
「何かお願い事があると言っていたわ。私と鷺森君の両方に用があるということは、きっと只事ではないということね」
「えっ、ああ、なるほど。でも黒山さんは沙希さんに鷺森家の話はしていないよね?」
「していないわ。でもそれなりに、鷺森君の活躍を知っていると思うわ」
「活躍……ねぇ」
零はここ最近の自分がやってきたことを軽く振り返った。思えば、重度の中二病患者関連が殆どだ。亜梨沙に聞くまで知らなかったが、恋悟や友香のような愛の伝道師は15年前に大きな事件を起こした《クリフォト》と並んで警戒されている。
そんな愛の伝道師を二人も捕まえたとなれば、確かに評価されていてもおかしくはない。出来ればあまり関わりたくないばかりに、零の両肩が少しばかり下がってしまった。
しかし、よくよく考えてみれば引っ掛かる点もある。
「仮に重度の中二病患者関連だとして、どうして沙希さんが重度の中二病について知ってるんだ? 昔に比べてマシになったらしいとはいえ、普通の人からすれば非現実的な現象なんて信じないでしょ」
沙希は見た目からして優秀な人だ。常に現実を生きているような人が重度の中二病を理解できるとは思えなかった。
だが、詩穂から帰ってきた答えは正直なところ零が予想にもしないものだった。
「沙希さんも学生時代は重度の中二病患者だったから」
「……え?」
「人の心を読む能力があったらしいわ。今はもう、そんなものがなくても大抵の人が考えていることならわかるらしいけれど」
「そ、そうなんだ……」
零は心の底から沙希という女性が「恐い」と思った。
重度の中二病患者の能力はその人が「何を望んだか」で決まる。しかし厄介なことに、能力の内容は自分が望んだものとは違う形で発現する。つまり沙希も何かしら相手の心中を把握するようなことを望んだということだ。
能力を失った今でも人心掌握術に長けているというのなら、恐れる理由としては十分過ぎる。
長い付き合いだということもあるのか、詩穂は世間話でもするかのように話していた。零が一人で恐れている間にも昼食を食べ続ける。
「そ、それで。いつお呼ばれなのかな?」
「沙希さんも忙しいから、候補日を出してきたわ。この中で鷺森君の都合が合えば、という感じね」
「ん?」
詩穂が自分のスマートフォンを取り出してスケジュールアプリを立ち上げる。そこにはわかりやすく「沙希さん候補日」という名前が書いてあった。
零も自分のスマートフォンを取り出し、自分のスケジュールと照らし合わせる。
「明日なら都合が良さそうだね。明日で連絡してもらえるかな?」
「ありがとう、わかったわ」
詩穂は一度箸を置いてスマートフォンを持ち上げて操作する。沙希には電話で伝えるだろうが、スケジュールアプリに翌日で確定だという旨をわかりやすいように設定した。
その後、昼食を食べながら「沙希さんの素晴らしさ」を延々と聞かされた零は意外性に驚きつつもうんざりしたのだった。
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教室へ戻って自分の席に座ると、あまりの暖かさに天にも昇る心地だった。教室内は暖房が効いている。零は机に突っ伏した。
「どうだ、大丈夫だったか?」
潤が零に寄ってきて尋ねる。零は突っ伏したまま顔だけ横に向け、潤を見た。
「ただの人助けだよ。僕とパートナーになるのを今も諦めてないようだけど」
「そうか。人助けはともかく、相棒になることは断ったんだろう?」
「勿論だよ。僕としても出来れば、重度の中二病患者関連には関わりたくないんだけどね」
「と言いつつ引き受ける。お前の性格はわかっているからな、そこに関してはもう何も言わん」
困っている人間を放っておかないのは零の長所だと潤は思っている。だが一方で危険な場面でも首を突っ込むので呆れてもいた。
「また困ったら相談するよ。……それにしても、暖房って本当にいいよねぇ」
「そうだな」
零の緩み切った顔を注意してやりたいと思った潤だが、それはやめた。つい昨年までの零だったら、教室内が暖房で暖かくなっていても能力による代償で震え続けていただろう。それがこうして人並みに暖かさを感じることが出来るのだから、潤としても自分のことのように嬉しかった。
とはいえ、いつまでもダラダラしているわけにはいかない。
「零、授業の準備しないと。先生が来てからだと変な目で見られるぞ」
「うーん、わかった」
潤はそのまま踵を返して自分の席に戻る。零がしっかり準備しているところを見ながら、自分も準備した。
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翌日の放課後、零は教室で詩穂が現れるのを待った。普段なら昇降口で待つだろうが、寒い中で待つのを嫌った零は来てもらうことにしたのだ。
しばらく待っていると、ようやく詩穂が教室の出入り口から顔を覗かせた。もしも昇降口で待ち合わせしていたのなら、長らく凍えていないといけなかっただろう。教室に来てもらうことにして良かったと零は心の底から思った。
立ち上がって詩穂と合流する。二人で廊下を歩き、昇降口へ向かって靴を履き替えた。
「そういえば、どこに向かえばいいんだ?」
「迎えに来てくれる手筈となっているわ。電車で行くには少し遠いし」
「そうなんだ」
校門を出ると、すぐ近くにハザードを点滅させて駐まっている車が見えた。詩穂が迷うことなくその車に近付く。零には車の価値がイマイチわからないが、その車は地嶋グループ会社の一つである「チシマ自動車」の高級車だ。何となく高級だというくらいなら知っている零は近寄りがたいと感じた。
詩穂が運転席の窓へ顔を近づける。そこに座っていたのは短髪の女性だった。
短髪の女性は右手の親指で後ろに乗れと詩穂に合図する。頷いた詩穂は零を先に乗せてから自分も乗った。
直後、車がすぐに動き出す。そして詩穂が口を開いた。
「お久しぶりです、奈月さん。まさか奈月さんが迎えに来てくれるだなんて」
「へへっ。仕事とは違うから、流石に会社の人にはお願い出来なかったみたい」
奈月と呼ばれた短髪の女性は明るかった。今まで出会った詩穂の知り合いで唯一「話しやすい」と零は感じた。零の感想が裏切られることはなく、奈月は親しみやすい明るさで話を続ける。
「隣の彼が噂の鷺森君?」
「あ、はい。鷺森零です。よろしくお願いします」
「あ、ボクは天利奈月です。詩穂ちゃんの両親とはお友達で、沙希ちゃんは大親友なんだ!」
「そうなんですか」
零は奈月の一人称に驚いた。何かで「ボクっ娘」という存在を読んだ記憶があるが、あくまでもフィクションの中でしか存在しないものだと思っていたのが、目の前に現れたので驚かずにはいられなかった。
しかし、その「ボク」には不思議と違和感がない。むしろ「私」と呼ぶ方がおかしいようにも感じられる。
「ところで、零君は透夜やしおりん……詩穂ちゃんの両親とは会ったことがあるの?」
いきなり下の名前で呼ばれたことに少し驚いたが、そこまで気にはならなかった。それが当たり前かのような親しみやすさが奈月にはあるからだ。
「いえ。黒山さんのお知り合いでお会いしたことがあるのは沙希さんと梨々香さんだけです」
「あ! そういえば、梨々香ちゃんを助け出したのも零君なんだよね? 今回頼られる理由がわかる気がする」
「えっと、その件は黒山さんや亜梨沙さんという同学年の女の子も一緒だったからなんですが……。それと今回にどんな関係が?」
「んー、ボクも沙希ちゃんから少しだけ話を聞いたくらいだから概要しかわかんないや。現地で聞くのが一番いいかも」
正直なところ、奈月が梨々香の事件について知っているのは驚きだった。現代では大人で重度の中二病患者な人は殆どいない。それはつまり、治療後は被害者にならない限り、重度の中二病患者と接点がないということである。
それにも関わらず、梨々香の事件について詳しく知っているということに零はどこか怪しさを感じた。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
気温が落ち着いた来ましたね。しばらく忘れ去られていた秋が訪れたようで嬉しいです。
とはいえ、この寒暖差は体調に影響します。
皆様もお気を付けてお過ごしください。
それではまた次回。来週もよろしくお願いします!