黒山詩穂の価値観
授業の内容が殆ど頭に入ってこなかった午前中を過ごした零は、いつも通り教室で潤と一緒に昼食を食べようとした。
しかし、零が机の上で昼食の弁当を広げるより早く来客があった。来客の存在感にクラスメイト達がざわつき、クラスメイトの1人が零に来客を教えたので、零は弁当を置いたまま教室の出入り口へと向かう。
「……黒山さん?」
そこに立っていたのは黒山詩穂だった。彼女は性格に似合わず可愛い手提げの弁当袋を持ち、零が来るのを待っていたのだ。
零が話しかけると、驚くこともなくゆっくり零の方を見た。相変わらず彼女の顔には表情がない。
「鷺森君」
詩穂がぼそっと呟く。その声色は比較的明るめなところが少しばかり気になるが、そんなことよりも零は要件が何なのか訊ねることを優先した。
「どうしたの、黒山さん。僕に何か用?」
「ええ。色々と話したいことがあるし、お昼一緒にどうかと思って」
「え?」
詩穂が零を昼食に誘うなど、周りのクラスメイトは勿論のこと、零も目を丸くして驚いた。
「どうしてまた唐突に? 話くらいなら放課後でも出来ると思うけど……」
驚きのあまり断るような言葉になってしまう。しかし、零は別に詩穂と昼食を食べるのが嫌だというわけではない。だから自分が断っているような言葉を選んでしまったことを自覚出来た。
「いや。せっかく誘ってくれたんだし、一緒に食べようか」
「ええ」
詩穂はそう返事して頷いた。
しかし、せっかくだからと誘いに乗ったものの、二人だけだというのは目立つだろう。零は別に気にしないが、有名人故に何かあれば噂になりやすい詩穂が気にするという可能性は十分に考えられる。
「ちょっと、弁当を取りに行ってくるよ。潤にも言ってくる」
「ええ」
零はすぐに潤の元へと行き、広げかけてた弁当を戻しながら潤に話す。既に昼食を食べ始めていた潤の表情は、怒りというより訝しげだった。
「潤、そういうわけだから黒山さんと弁当を食べる。……ただ、僕達だけだと変な噂になりかねないかなと思うから、潤にも来て欲しいんだけど」
「俺が行かなくても大丈夫だろ。むしろそこは俺よりも魔法少女の方が適任かもしれないな。……それにしても、急にこんなことをして黒山はどういうつもりだ?」
潤は零以上に詩穂を信頼していない。当然、能力の強さや対重度の中二病患者という面では頼りになると思っているが、零のことが関わってくると信頼できない。
かつて、零の相棒だった女のように裏切る可能性があるからだ。
潤の提案に零は目を丸くした。
「成る程、その手があったか。ちょっと亜梨沙さんにも確認してみるよ。ありがとう、潤」
「ああ。また後でな」
潤はそう言って、早く行くよう顎で促した。片付け終わった零は弁当を持ってすぐに詩穂の方へと向かった。
「…………」
潤の鋭い眼差しは釘を刺すかのように、零と話す詩穂へと向けられていた。
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教室の外で詩穂と合流した零はすぐにスマートフォンを取り出してSNSアプリを開く。操作しながら、今やろうとしていることを詩穂に話した。
「亜梨沙さんを呼んでみようと思うんだ」
「古戸さんを? どうして?」
「うん。───え?」
詩穂は少しばかり頭を横に傾けていた。本当に理解出来ない様子で零も困惑した。
「いや……だって、僕達二人だけだと変な噂が立たないかなと思って。僕はともかく、黒山さんは気にするでしょ?」
「私も別に気にしないけれど。古戸さんは古戸さんでお友達と食べるだろうし」
「あ、ああ。それもそうか……」
実際、亜梨沙に連絡すれば来てくれるだろう。だが一方で詩穂の言う通り、亜梨沙はいつも仲良くしている友達と昼食を取っているだろう。彼女は彼女で時に友達を優先する。
それに噂になることを詩穂が気にしないと言うのであれば、問題ないだろう。零はスマートフォンをズボンのポケットに突っ込んだ。
「それで、僕達はどこで食べる?」
「外。いい場所がある」
「外……。わかった」
時期的には秋になったとはいえ、残暑はまだ残る。純粋に能力による代償を受けていた時なら年中寒さを感じるのでありがたかったが、普通に暑さを感じる今では外に出ることを少し躊躇われる。
だが不思議と詩穂は何も気にしないようだ。流石に殆ど無表情でいるだけのことはあるが、気温すらも感じないようである。
零は黙ってついていき、植物に囲まれた校庭へと向かった。そこには生徒同士でコミュニケーションが取れるように椅子や机が用意されている。公園でよく見るような机と椅子は何も違和感がなく馴染んでいる。
「……へえ」
机と椅子達には屋根が設置されている。恐らくは雨を凌ぐ為のものだと思われるが、今では日陰にもなっている。そこに詩穂と零は座った。
座ってみると、思っていたより暑くない。太陽の光が当たらないようになっていることもあるが、入ってくる風がなかなかに心地が良い。1年生である詩穂や零がここを使用出来ているのが奇跡のように感じる。
詩穂は零の反応を確認するようなこともしなければ、何も言わずに弁当を広げ始める。零も焦ってすぐに弁当を広げた。
「上級生はあまりここを使わないのかな? 結構心地良いから人気じゃないのが不思議だ」
当然、ここいるのは二人だけではない。他のテーブルや椅子にも人はいる。しかし、全て埋まっているというわけでもない。
「何だかんだで教室の方が涼しいもの。飲み物を買いに行くにしても、ここはあまり都合良くないから」
「成る程」
「使ってみれば、こんなに心地良い場所なのにね。私はここが気に入ってるわ」
「……へえ、そうなんだ」
詩穂が何かを好きだと言うのは珍しい。普段、あまり自分のことを話さない人柄だから零はとても新鮮に感じた。
心地よく吹く風が相まって、ここにきた目的を失いそうになる。それはまるで、小学校時代の遠足を思い出すかのようだ。
しかし、それでただ過ごすというわけにもいかない。零はどう話を切り出そうか悩んでいたが、やはりそこはイメージ通りに詩穂から話を切り出した。
「友香の案件、かなり進んでいるようね」
「ん? ああ、やっぱりその話か」
詩穂が友香の話をしたいと思っているであろうことは予想していた。恐らくは零が友香の事情聴取したという話も知っているだろう。
「どうして、実行犯の家がわかったの?」
「ん? たまたまトラ先輩の幼馴染みが実行犯の妹さんだったという、まさかと思うようなことがあったというだけだよ。トラ先輩と僕で説得して自首に持ってくつもりだったんたけど……」
「…………?」
どうやら詩穂はその先を知らないようだ。むしろ、実行犯逮捕の場で何が起こっていたのかすらわかっていない様子である。
零はそこに違和感を覚えた。
「黒山さん。逆にどこまで知ってる?」
「あの夜以降のことは知らない。友香さえ警察に捕まれば、あとは時間の問題だと思っていたから」
「あー、成る程」
確かに、詩穂の役割は友香を捕まえるまでだ。重度の中二病患者を捕まえる為に存在していても、事件を解決する為に存在しているというわけではない。
犯人逮捕と事件解決が詩穂の中ではイコールで結ばれない。
「まあ、僕は僕で今回の実行犯……ミアさんには自首して欲しかったんだけど、僕が友香さんと話した時につかんだ情報、SNSのやり取りが見つかったことによって警察の捜査も動いた。その結果、ミアさんの家でトラ先輩と僕は長瀬さんに会ったんだよ」
「まさに逮捕の瞬間だったと?」
「まあ、そんな感じだね」
零がここまで素直に答えたのには理由があった。何だかんだで詩穂を嫌いになれないということもあるが、それはやはりあの夜で遅れて到着しながら独断専行したことを問い詰めるためだ。
「黒山さん。何故、僕の前から友香さんを無理やり連れて行ったのか、話してもらえるかな?」
そう聞かれた詩穂は少しばかり困惑した表情で、僅かに首を横へ傾けた。
読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。
また投稿前に寝落ちてしまいました。
それではまた次回。来週もお願いします!