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正しい行い?

 長瀬は黙って手錠を取り出した。



「殺人の容疑で逮捕する」



 そう言って手首に手錠をはめた直後、同行していた警察官がミアの腕を掴み、階段から降りようとするが、そこでミアの動きがピタリと止まった。



「……トラの後輩君」



 呟いたように呼ばれたのを聞き逃すことなく、零はミアの方を見た。全く整えられていない髪が彼女の表情を隠し感情を読み取れないが、悔しそうに唇を噛んでいる口元だけは辛うじて見えた。



「なんでしょうか?」


「あの人は……苦しんでる?」


「…………」



 被害者である彼の残留思念はこの世ならざるものとなり、握った血塗られた包丁で零を攻撃した。


 そういった意味では負の感情により苦しんでいたと言えるだろう。しかし零が滅した今、残留思念はただの記憶となり、この世に苦しみを残さず消え去っている。


 友香が奪っていった血塗られた包丁も切って壊した。もう、彼を苦しめるものは何もない。



「もう、苦しんでいません。きっとミアさんのことを見守ってることと思います」


「……そう」



 ミアの口元は穏やかさを見せるように口角が少しだけ上がっていた。零の能力を本当に信じたわけではないが、今まで被害者の亡霊に脅かされたことはないので「もしかしたら、そうなのかもしれない」と思うことにしたのだ。


 そしてミアは警察官と一緒に階段を降りて行き、連行されていく。その姿を見た母親は崩れるように座り込んで泣き出し、すぐにシアは下へ降りて行って母に寄り添った。


 そんな姿から目を逸らすように長瀬は零の方を見た。その表情に感情はなく、冷酷さを感じるようだった。



「……今回も協力ありがとう、鷺森君」


「いえ……」



 長瀬の声色はどこか悲しさを含んでいた。零はふと気になって長瀬に問う。



「長瀬さんはこういった現場、慣れているんですか?」


「職業柄、こういった場面とは無縁ではいられないから慣れていないといけない。相手が重度の中二病患者なら逮捕できたことに満足感があるけど、今回ばかりは……」


「…………」



 言葉は続かなかった。


 ミアは確かに殺人事件の容疑者だ。しかし、友香の能力によって事件を起こしているのだから、そういった意味では重度の中二病患者による被害者だとも言える。


 もしも、友香と出会うことがなければ?


 きっと、こんな殺人事件なんて起こしていなかっただろう。そんな「タラレバ」で長瀬は苦しんでいた。


 そんな長瀬の苦しみなど、零にはわからない。長い付き合いではあるものの、今回のようなケースは初めてだ。いつもの逮捕とは違う感情を抱いていることくらいはわかるが、その詳細まではわからなかった。



「それじゃあ、私はいくよ。またね、鷺森君」


「あ、はい。また」



 長瀬は階段を降りて行き、母とシアに対して深く頭を下げてからこの場を後にする。そして長瀬の車が発進して、逮捕劇に幕が降りたのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 少しだけシアや母親と話した零はトラと一緒に家を出た。


 トラの家はすぐ近くだ。普段なら家から離れるように零と歩いていくだろうが、今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。



「ありがとな、鷺森」


「いえ……」



 トラもどこか複雑そうだった。いつものような勝ち気な性格は引っ込んでおり、トラらしくない。しかし、そんなことに気付くことが出来ないほどに零も複雑な心境だった。



「事件を起こした以上、逮捕されて罪を償わなければならない。しかし、今回の逮捕が正しかったのかどうか、僕は少し迷ってます」



 零の迷いを聞いてトラは小さく笑った。零には年不相応な落ち着きがあるのでつい頼ってしまうが、今の零は何だか年相応のようにトラは感じた。



「間違っちゃいねぇよ。お前がどうしてようと、あいつは逮捕されてた。けど、お前がいなきゃ逮捕の様子はもっと酷かっただろうな」



 ミアはシアの言葉で部屋から出てきた。そしてシアは零の言葉で正気を取り戻し行動に出た。もし、これが出来なかったとしたら、警察は部屋の扉を破壊して逮捕したことだろう。そうやって騒ぎが大きくなれば、集まる野次馬も増える。最低限の騒ぎで収まったのは間違いなく零の功績だ。



「だから俺はお前の行いを正しいって思うぜ」


「…………」



 トラの言うことは確かにそうなのかもしれない。


 だが、零はそれ以前に一つ失敗をしてしまっている。



「でも、僕が警察に手がかりはSNSにあると言わなければ、ミアさんが自首する前に警察が来なかったかもしれません。トラ先輩、本当にすみませんでした」



 零が頭を下げる。それはある意味、衝撃の事実ではあるものの、トラは驚く様子を見せることなく笑ってみせた。



「頭、下げんなよ。事件が一個解決したんだぜ? ……俺はシアが心配だから、いつでも支えられるよう、一旦家に帰るわ」


「わかりました。では僕はここで」


「ああ、気を付けて帰れよ」



 零は再びトラに頭を下げてから踵を返し、家に向かって歩き出した。


 いつのまにか日が沈んで暗くなっていた空を見上げ、星がわずかに輝いていたのに気付いてトラは溜息を吐いた。


 ミアを説得する前に警察が来てしまったのは零の落ち度だ。それだけを考えればトラの頭に血が上る。しかし、それでもその場で落ち込んで縮こまるのではなく自分の仕事を果たした。そんな零を責めることなどトラには出来なかったし、そんなことは間違っていると思ったので瞬間的な怒りを溜息と一緒に吐き出したのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後すぐ、全国的に「友香が関わっていると思しき殺人事件」の内容が全国で報道された。友香が関わっている事件には一個人の怨恨しか見えてこなかったので別の場所で起こった殺人事件と関連性がないと思われていたが、実は殺人教唆をしていたのが同一人物であり、その奇妙な背景が世の中に反響を呼んだ。


 自分には無関係だと零が振舞う中、いち早く情報を得ていた潤は席に座る零に話し掛けた。



「友香の事件が解決に向かっているそうだな」


「うん。SNSを漁ってみると、かなり色んなところで能力を使っていたみたいだね。彼女と対峙した時、負の感情を孕んだ武器があまりに多かったから気になってはいたけど、想像以上だったよ」


「そうか。ともあれ、今回もお手柄だな」


「どうだろうね」



 ミアが逮捕される瞬間、それが今も零の脳裏に焼き付いている。各地で同じように逮捕される人が続出しているようだが、SNSを通じた殺人教唆だけでなく、他も疑われている。最早、友香が関わっていない事件でさえ、友香が疑われる始末だ。


 友香はいまだに警察へは黙秘を続けている。また零が呼び出されるのも時間の問題だろう。


 今回は素直に手柄を誇れる気分ではなかった。そんな零の感情を潤は何となく察知した。



「俺達に出来るのは、重度の中二病患者によって不幸に遭う人がこれ以上増えないように重度の中二病患者と戦い続けることだ。やはり、愛の伝道師は早いところ捕まえないとだな」



 愛の伝道師による被害はまだ全てが明るみになっているわけではない。それは今回の友香が証明してくれた。そこでふと、零は気になったことを口にする。



「愛の伝道師って、能力の中身がわかっているくせにその脅威度がわかりにくいよね。実際に彼らがどう危険なのかわからないのは何故?」


「うん?」



 潤は零の素朴な疑問を受けて考え込んだ。確かに全て噂話程度に流れているだけであって、実際の事件がどうあるのかはわかっていない。



「恋悟はわかりやすかったが、今回の友香に対しては確かにわかりにくかったな。殺人教唆をしていたのが今回判明しただけであって、友香の危険性は別の形で聞いている」


「どういうこと?」


「重度の中二病による能力は、能力を手にする瞬間に夢の中でもう一人の自分が使い方と能力の内容を教えてくれる。だが、どう使えば効果的なのかは使って練習してみないとわからない」


「それはつまり、友香さんには殺人教唆以外の容疑があるってこと?」


「ああ」



 潤は詳細を零に教えなかった。それが意図してのものなのか、それとも授業の時間が迫ったからなのかはわからないが、それだけ言って潤は席に戻った。


 零も授業の準備をし、ポケットに入っているピンク色の携帯電話を軽く握った。

読んでくださりありがとうございます。夏風陽向です。


明日は静岡へ出張です。ちょっと気が重いです。


話は変わりますが、皆様がお住まいの地域ではお祭りの具合はどうでしょうか?

私の住まう地域も少しずつ勢いを取り戻してきており、久々に花火を見上げることができました。

花火って本当にいいですよね。でも誰かと見られるから楽しめるのであって、一人では楽しめないだろうなというのが個人的な感想です。


話も大詰めですが、せめて再来週くらいにはこの章も終わりにしたいのが本音です。

途中で書いてて「あれ?どうしてたっけ?」って思うこともあるので、自分の作品を読み返すことも必要だなと常々思います。


それではまた次回。来週もよろしくお願いいたします。

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