地を這う少年
というわけで、続編を書くことにしました。
出来るだけ毎週3000文字ベースで頑張りたいと思いますが、書けない時もあるかもしれません。
今後ともよろしくお願いします。
雨が強く降っている。
ぼうっとしていると、いつも最初に思い出す光景がそれだった。追憶は続き、少年である自分は暗闇の中で倒れている。どうにか這って辺りを見ると、そこには動かなくなった男女が血を流して倒れていた。
近くには1台の車。たった1つの鉄の塊で、地を這う少年にとって大切だった父と母の命が奪われてしまったのだ。
しかし、少年の心には怒りも悲しみもない。何を思ったのか、少年は母が持っていた鞄から出てきた携帯電話を手に取って立ち上がる。そして電話をかけていないのにも関わらず、スピーカーに耳を当てた。
「もしもし」
『──────』
そこから聞こえてきたのは、今はもう、目の前で死んでしまって聞けなくなったはずの母の声。しかし───。
「何を言っていたのか」までは、どうしても思い出せない。
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もう少しで夏休みを迎える時だというのに、藍ヶ崎高校1年生の男子、鷺森零は制服の上にコートを羽織って厚着をしていた。
その姿は異様そのものであるが、これは彼が単なる中二病だということが起因しているわけではない。むしろ、彼が患う「重度の中二病」という心の病によって使用できる能力が課した副作用……所謂「代償」の効果だった。
鷺森零という男は、季節や気温に関係なく寒さを感じてしまう代償をずっと受け続けている。
そんな彼は校長室に呼ばれていた。用件に見当が付いている零は、特に緊張などをすることなく、一連の動作をして校長室に入室していった。
「失礼します」
奥に校長が仕事をするデスクがあり、入口とデスクのちょうど中間に応接用のテーブルとソファが用意されている。校長と零に用があるであろう長瀬という中年の男は向かい合わせに座っていた。
零にとってこの光景はそこまで珍しいものではない。しかし、一点だけいつもと違う点があるとすれば、そこに同じ制服を着た女子が座っていたことであるが、彼女に見覚えはない。
校長が少し申し訳なさそうな顔で零に話しかけた。
「いつもすまないね、鷺森君。君もこっちにきて座るといい」
「……はい」
零はほんの少し眉間に皺を寄せながら、勧められた通り校長の横に座った。そして彼の方から、今回の用件を聞くために話を振った。
「こんにちは、長瀬さん。今回はどういった案件ですか?」
零が「用件」ではなく「案件」と言ったのには少し理由がある。
長瀬は刑事であり、重度の中二病患者が関わってくるような事件を担当することが多い。15年程前までは警察がこのような事件に対応することはあまり無かったが、5人の女子高生が重度の中二病患者グループに誘拐された事件をきっかけに、警察も対応せざるを得なくなってしまった。
長瀬が零を頼ってくる時は、大体が「常識ではとてもじゃなく解決に導けない事件」があった場合である。むしろ、それ以外の用件で話したことがなかった為、零は「案件」という言葉を選んだのだった。
「いやぁ、本当にいつも申し訳ない! 今回は自殺者の案件なんだが、ちょっとこれまた厄介でね」
「自殺……」
正直言って、このような話を高校1年生の子どもに話すのは倫理的に間違っているだろう。対象が相手だろうが、自分だろうが「人を殺める」ということに変わりはない。
そういった意味では零の感覚も麻痺していた。最早彼は、どういった形であろうと人が死んだことに大きな反応を示さなくなってしまっている。
校長としても止めるべきなのだろうが、零がこういった案件で能力を生かして貢献出来ることを知っている。それをわざわざ当校の誇りとして天狗になるつもりはないが、それでも社会に貢献出来る能力があるのであれば、それは生かすべきだと考えている。
長瀬は話を続けた。
「今回の案件、どう見ても自殺にしか見えないんだけれど、ちょっと不可解なことがあってね」
「不可解なこと?」
「ああ。遺書が遺されていたんだけど、ナンバリングされていて1通だけではないようなんだ」
「……1通だけではないとはいえ、自殺ならそれまでなんじゃないですか?」
「いや、そうなんだけどね。他の遺書が見つかった時、内容によっては誰かが自殺を教唆した可能性も出てくる。実際、最初に見つかっている遺書にはかなり思い悩んでいたことがわかる」
「拝見しても?」
「ああ」
長瀬はいつも持っている鞄の中から1枚の紙を取り出した。遺書というにはあまりに小さい、ノートの切れ端だった。
『No.1 俺は長男として生まれ、育った。でもその役割に疲れてしまった。それが始まりだ』
零は文を読んだ後に目を瞑った。
「…………」
光景が思い浮かぶ。1人の青年が丸かった背中を見せ、机に向かって何かを書いている。
部屋は暗く、机に備え付けられたライトだけを頼りに文字を書いていた。不思議とその様子は落ち着いており、とてもこの後に自害するとは思えない。
光景は見えなくなった。
「情報が足りませんね。この人は意図的に情報を分散させているように見えます」
「遺書にナンバリングされているくらいだからな。やっぱりそうなんだろう」
「……というか、この人は学生じゃない。社会人ですよね? こう言っては何ですが、僕が役に立てるのでしょうか?」
零が心配しているのは、この先にある結末ではない。むしろ結末に至るまでの道のりで、普通の学生では踏み込めない場所まで踏み込まないといけない場合、流石にそれ以上は捜査が困難なのではないか、というところだ。
これまで対応してきた案件のなかで社会人が被害者となるケースもあったが、加害者であるケースはない。昨今では高校を卒業する前に重度の中二病患者を見つけ、治療させることを徹底しているからである。
当然、社会人になってからも発症する可能性については議論がされている。しかしながら現状、社会人で重度の中二病患者だった場合、学生時代から発症していたケースしか確認されていない。15年前から卒業前の治療を徹底させる仕組み作りがされていたお陰で、零は社会人が加害者であるケースに遭遇したことがなかったのだった。
だからこそ、加害者の学生を特定するのは零の能力上、朝飯前なのだが企業にまで乗り込まないといけない可能性を考えれば安請け合いは出来ない。
「いや、流石に真犯人の特定までやってもらうつもりはないさ。ただ、残りの遺書を見つける手助けをして欲しいだけなんだ」
「成る程、わかりました」
その程度なら多分、どうにかなるだろう。今回の依頼についてはこれでいいとして、零はようやく違和感について話すことにした。
「ところで、そちらの方は? 今回の案件に関係しているのですか?」
「ん、ああ。その話もこれからしようと思ってた。彼女は───」
「黒山詩穂です。鷺森零君、貴方の能力が如何程のものなのかを見に来ました」
長瀬が紹介する前に、詩穂が自己紹介をした。そしてその目的まで話してくれたわけだが、零にとっては逆に謎が深まってしまった。
「僕の能力を? 何のために?」
「それは……」
自己紹介の時とは打って変わって答えに困ってしまっている様子だ。彼女は確かに生者なのだが、そう言ってしまうにはどうも正気が足りていない。
人が人らしく生きていくために必要である色んな事柄を『拒絶』しているようにさえ思える。
「……話せない事情があるなら仕方がありません。無理しないでも大丈夫ですよ。───長瀬さん、今回僕は黒山さんと一緒に行動すればいいんですか?」
「ああ、そう……だね。多分、鷺森君はいつも通りにしているだけでいいと思うよ」
「───? わかりました」
いまいち要領を得ない話だ。長瀬の答え方からして、彼も詳細を把握していないのだろう。或いは把握させてもらえていないか、だが。
取り敢えず疑問点は置いておくことにして、零はさっそく調査を始めることにした。
「長瀬さん、彼がこの世を去った場所を教えて貰えますか?」
読んで下さりありがとうございます。夏風陽向です。
実はこの作品、思い付きで下書きをしていた時は「能力対策委員会」というタイトルでもっと仲間がいる状態のものを考えていました。
書いてみると思いの外つまらなかったので、こちらの形に。前作より主人公の戦闘能力があまり高くないですが、極めて特殊な能力を持たせていますので今後をお楽しみに!
それではまた次回。改めてよろしくお願いします!