おっさん彼氏
Twitterお題「鳥飼泰さんはおっさんと美少女と花の出てくるハピエン小説を書いてください。」から書いたお話です。
診断メーカー「おっさんをハピエンヒーローに」
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「メルル…………」
夕食を終え、ソファでお酒を飲みながらゆったりと会話していたところで、隣に座るタザが肩に腕を回してきた。
意味ありげに撫でる手に、くいっとメルルの体は引き寄せられ、そのままタザの胸に押しつけられた。酔いのせいでほのかに熱くなっているその体にメルルが顔を擦りつけると、タザの体がぴくりと震える。それだけで楽しい気分になるのだから、自分も少し酔っているのかなとメルルはおかしくなった。
「ふふっ」
「………………」
ちょいちょいっと首筋をくすぐられて顔を上げれば、至近距離にあるタザの顔が笑みを浮かべて近づいてくる。
メルルは期待を込めてそっと目を閉じ、触れるぬくもりを受け入れた。
「ん、」
「メルル、」
はじめは触れるだけ。
それから、何度かちゅっ、ちゅっ、と啄むようにされて。
ぐっと深く口づけられる。
「……ふ、」
「んぅ、」
唇に触れるぬくもりはそのままに、タザはさらにメルルを抱え込み、その手を肩から下へと撫で下ろした。
腰まで下りた手が、何度もそこを往復する。
その触れ方に、明確な意図を感じた。
「……タザ、まだ机を片づけていないわ」
「んー? まあ、後でいいんじゃないか」
ちらりと机の上に出したままのお酒の瓶やグラスに視線をやるが、タザはもう止める気はないらしく、その手はますます大胆になっていく。
ついに服の裾から侵入しようとしたところで、メルルはきっぱりと言った。
「そういうだらしないのは、駄目よ」
ここで甘い顔をすれば、今後もずるずるとそうなるのは目に見えている。
ぺしりと額をたたけば、タザが悲しそうに顔を上げた。
「メルル…………、おっさんはもう待てないんだけど」
「はいはい。やればすぐ片づくわ」
乱れかけた服を直しながらさっさとその腕から逃れて立ち上がったメルルに、タザはますます悲しそうに顔をゆがめた。その顔があんまりだったので少しだけかわいそうかなと思ったメルルは、タザの頬にちゅっと口づけて囁く。
「手早く片づけられたら、一緒にお風呂に入ってあげる」
するとタザは、たちまち嬉しそうに笑って立ち上がる。
「よし、さっさと片づけよう」
張り切って机の上を片づけ始めたタザの現金さに、メルルはくすくすと笑った。
タザはよく、自分のことをおっさんと呼ぶ。メルルよりも年上であることを気にしているのかどうなのか。それなりにいい年なのだが、こういう少年のような行動をするところは可愛いと言えなくもない。
だがその後、調子にのったタザにとてもしつこく愛されて、やはりおっさんなのだなとメルルは熱に浮かされた頭で思った。
メルルは、王宮の薬物研究所で働いている若手の職員だ。
タザも同じ職場の先輩だが、今は籍を残したまま医務室へ出向し、普段の仕事はまったく別になってしまった。
そのまま会えなくなることに耐えられず、メルルは事あるごとに医務室を訪れて猛烈にアピールした。そこでようやく観念したタザに告白され、少し前から付き合うようになったのだ。
付き合うようになってからも、メルルは休憩時間や会議終わりなどにタザのもとを訪れている。
「タザ、ここに居たのね」
「メルルか。悪い、探させたか?」
医務室に白衣だけを置いて本人が不在だったので、おそらくここだろうとメルルがやって来た中庭で、タザは薬草畑の手入れをしていた。
しゃがんでいたタザが振り返るのに、メルルは大丈夫よと微笑んだ。
「この畑、タザが勝手に作ったのよね……」
「ああ。しこたま怒られたが、新鮮な薬草をすぐに入手できるってことで、今は黙認されてるな」
からりと笑うタザは、上司に注意されたことなど露ほども気にしていない。それよりも、有用な薬草が手に入ることの方が大事なのだ。
薬草畑には、常備薬草の他にもタザの趣味で珍しいものがいくつか混ざっている。それが分かるのは薬物研究所職員のような薬草に詳しい者だけなので、今のところは問題になっていない。
薬草畑の手入れをしているタザの邪魔をしないように横で見ていれば、しばらくして作業を終えたタザが立ち上がった。
「医務室でお茶でも飲んでいくだろ?」
「そのつもり」
ごく自然にメルルへ手を差し出したタザは、自分の手が畑の手入れで泥だらけになっていることに気づいたらしく、しまったという顔をして引っ込めようとする。
だがそれより先に、メルルは躊躇いなくその手を握った。
「メルル、手が汚れるぞっ」
「畑の手入れをしていたのだから当たり前よ。これくらい、洗えば落ちるわ」
慌てるタザにメルルがにっこり微笑めば、一瞬きょとんとした後、タザは嬉しそうに笑い返してくれた。
「そうだな。ふたりで手を洗うか」
「ええ」
医務室に入る前にしっかりと手を洗った後、タザはいつものようにお茶を入れてくれた。ふたりで湯飲みを片手にお喋りをしているところへ、訪問者があった。
「すみませーん、先生いらっしゃいますか?」
それは片腕を押さえた若い騎士で、出血しているようには見えないので打ち身か何かだろう。いずれにしろ、医務室の患者だ。
タザの仕事を邪魔したくはないので、それなら研究所へ戻ろうかとメルルはお茶をくいっと飲み干す。
立ち上がろうとしたメルルは、だが騎士の言葉に動きを止めた。
「あれっ、おっさんの先生しかいないはずの医務室に、美人の女性がいる!」
えっと思っている間に、横から腕を伸ばしたタザがメルルの肩を抱いた。
「おー、彼女はメルルといって、俺の可愛い恋人だ。美人だろう? だが手を出したらどうなるか…………、分かってるな?」
「…………っはい!」
「よしよし、メルルとは末永くよろしくする予定だから、お前らもよろしくしてやってくれ」
「分かりました! 他の騎士たちにも伝えておきます!」
目の前で行われるやり取りに、メルルはぽかんとしたまま口を挟めなかった。
さらにその騎士は、みんなに知らせないとと叫んで医務室を出て行ってしまった。怪我を治療しに来たのではなかったのだろうか。
「え、…………あの、よかったのかしら?」
「ん? なにも問題ないぞ」
治療を施す騎士たちからタザが慕われているのは知っていたが、ここまで砕けた関係だとは思わなかった。
そしてそれ以来、メルルは王宮内で騎士に会うとやたら親切にしてもらえるようになったのだった。
その日も、メルルが大量の資料を持って会議室へ向かっている途中で騎士に出会い、それなら会議室まで荷物を運びましょうと言われ、連れ立って歩いていた。
「すみません、わざわざ……」
「はは、これくらい気にしないでください。先生にはお世話になっていますから。それに美しい方と一緒に歩けるなんて光栄です」
資料を持って隣を歩く騎士は、気負いなく笑った。
恋人はいつの間にか騎士たちを掌握していたらしい。
(タザの人望って、すごいのね……)
「それにしても、先生にメルルさんのような恋人がいるとは、俺たち全く知りませんでした。やっぱりあの噂はデマだったんですね」
「噂?」
どんな噂だろうかとメルルが首を傾げると、騎士は悪戯っぽく笑って告げた。
「あのですね。先生は……未成熟の女性が好きらしい、と」
「は?」
「見たやつがいるらしいんですよ。先生が中庭で、美しい少女と密会しているところを」
「え、…………」
中庭といえば、タザの薬草畑があるところだ。
そこへタザが行くのはおかしいことではないが、美しい少女とは。
メルルが眉を寄せたのを見て、さすがに失言だったかと騎士は慌てたように言い足した。
「あ、もちろん単なる噂です。ただ、先生は女性が好きだという雰囲気を出すのに、実際には周囲に女性の影がまったくなかったので、みんな面白がって。メルルさんみたいな方がいるなら、やっぱりデマでしたね!」
騎士は、あははと笑ってごまかそうとしているようだ。
なんとなく、メルルは自分の体を見下ろしてみる。
「………………」
年相応の成人女性の体で、未成熟だとはとても言えない。
もしやこの体は、タザにとっては満足できないものなのだろうかと、少しだけ心配になった。
今はメルルと付き合っているとはいえ、タザの本当の好みはもっと幼い女性なのかもしれない。だがもしそうだとしても、どうしようもできない。
ぐるぐると考え込んでしまったが、そこで会議室へと着いたため騎士にお礼を言って別れ、メルルは会議へと頭を切り替えることにした。
その夜、タザの部屋を訪れたメルルが騎士に会議室まで送ってもらった話をすると、恋人は上機嫌で笑った。
「そうかそうか、見せびらかしておいた甲斐があったな。あいつら、意外といいやつらだろ?」
「ええ。とても紳士的だし、騎士たちが人気があるの、分かる気がするわ」
さすがに、騎士から聞いた噂については黙っておいた。
見た人がいると言っていたので不安がないわけではないが、噂というのはいい加減なものだ。今、メルルはタザに愛されていると思う。ならば、そんな噂よりも目の前の恋人を信じるべきだろうと、会議が終わった後に改めて考えたのだ。
微笑むメルルに、タザがぐぐっと体を寄せてきた。
「……ちなみに、俺も紳士的なつもりだが?」
「…………紳士的なひとは、いきなり女性の腰に手を回したりはしないと思う」
「恋人に触れたいという紳士的な欲求だ」
「………………」
「なあ、俺の愛しいひと?」
「…………ずるいわ」
その言葉を了承と取ったタザによって、メルルはそのまま寝室に連れ込まれた。
タザの愛し方は、しつこい。そいうところがおっさんなのだろう。
だが今日はそのしつこさがメルルへの愛情を示しているように思えて嬉しくもあった。やはり噂はデマだったのだなと、メルルはこっそり安堵した。
メルルよりも年長のタザは年齢を重ねただけ処世術に長けていて、さらに研究所に籍を置きながら医務室勤務をこなせるだけの実力もある。
それに最近は騎士たちに親切にされるようになって、タザが周りから好かれていることが改めてよく分かり、メルルはそんな恋人を誇らしく思っていた。
(…………でも、これは、)
メルルが見つめる先は、王宮の中庭。
薬草畑の前で、白衣を着たタザと少女が見つめ合っていた。
この距離からでは顔はよく見えないが、少女は透き通るような金の髪を持つ華奢な人物だった。
少女が薬草畑を指さして何かを言い、タザがそれに頷いた。
タザは薬草畑に咲いていた花を摘むと、少女の髪に手ずから挿した。
薬草畑にあるものは、医務室で使うために栽培している。花でも葉でも、治療に使うものだ。そんなふうに、女性に贈るためのものではない。
(というか、私にだってあんなのしてくれたことないわ…………!)
タザから花を贈られた少女は、きっと嬉しかったのだろう。タザに思いきり抱きついていた。
「………………」
ふと、騎士が言っていた噂がメルルの頭をよぎる。タザが未成熟の女性を好きだという噂が。
少女は、どう見積もっても成人しているようには見えない。
それに、タザが白衣を着ているということは、畑の手入れをするために来たのではないということだ。つまり、偶然に薬草畑で出会ったのではなく、少女に会うことを目的としてここに来たのだろうか。
「………………」
目の前の光景に、メルルはだんだん腹が立ってきた。
タザは現在、メルルと付き合っているのだ。
事あるごとに医務室へ押しかけてアピールしていたのはメルルだが、告白してくれたのはタザだ。それからは一緒に過ごす時間でも、お互いの気持ちは通じ合っていると思っていた。
(それなのに、自分好みの子とこんなところで会っているって、どういうことなの……!)
メルルの勤める薬物研究所は、王族の命にも関わる案件を扱うため非常に狭き門となっている。
そこへメルルは、高等学校を卒業してすぐに迎え入れられた。そうするともちろん、その若さと優秀さを妬まれることもあったのだ。
そのときに支えてくれたのがタザだったのだが、それだけでなく、メルルには簡単に折れない不屈の精神があった。
ずっと好きだったタザを、簡単に諦めたりはしない。
決意を固めて中庭へ足を踏み入れたメルルに、気づいたタザが驚いた顔を向けた。
何か言われる前にと、メルルは先制攻撃をしかける。
「……タザは、成人した女性よりも少女が好きなの?」
「は?」
ぽかんと口を開けたタザには、髪に花を挿した少女が抱きついたままでいる。きょとんとした少女の顔は、まさに美少女と呼ぶにふさわしく整っていた。世間ずれした感じがないのは、もしかすると良家の子女なのかもしれない。
「そういう噂があるって、聞いたの」
「っ、誰だ! そんなデマを言いふらすやつは!」
「…………デマなの?」
「当たり前だ!」
本当にそうだろうかと注意深くその表情を観察するメルルに、タザは困惑したように言った。
「お、おいメルル。お前、その噂を信じてるとか言うなよ?」
「……だって、その子、」
ちらりと視線を向けると、タザは悲鳴を上げて少女を引きはがした。
「待て待て待て! これは違う!」
「……なにが違うの?」
「こいつは、土の精だっ!」
「え?」
思いがけない名前が出て、今度はメルルがぽかんとタザを見た。
するとタザは少女の肩を掴んでメルルの方へ押し出した。
「よく見ろ、この顔。これだけ容姿が整っているのは人間じゃないからだ」
近づいたその顔をまじまじと見れば、少女はにっこりと笑った。
「ふふ、なんだ。わたしの顔は美しいだろう? 人間の男はこういう姿が好みだと思って化けてやったのだ」
可憐な少女が発する声は、老人なのか若者なのか、男性なのか女性なのか判断のつかない不思議なものだった。
たしかにこれは、普通の人間ではなさそうだ。
「こいつは、俺の育てている薬草の花を欲しがるんだ。摘みたての生気に満ちた花が美味いらしい。土の精はそういったものを糧とするからな。その代わり、あの畑の土に加護をもらっている」
「うん。お前の育てる花は美味い」
「はいはい、ありがとうございます」
きらきらと輝く少女の微笑みに、タザはぞんざいに相づちを打った。
どう見ても、噂にあったような好みの相手にとる態度ではない。
「……で、土の精に決まった形はない。それがこの姿をしているのは、一応は善意のつもりらしいが……」
「そうだ、嬉しいだろう? わたしは恩には報いるからな」
「わかったから、俺に抱きつくなっ。メルルに誤解されるだろうが! 捨てられたらどうしてくれる……!」
「む。人間は、こうして喜びを表現するのではないのか」
「俺にはしなくていいっ」
ふたりのやり取りを見て、メルルはようやく理解した。
本当にこの少女は人間ではなく、噂は真実ではなかったのだと。
「…………よかった、タザが犯罪者にならなくて」
「おいおいー。メルルにそんなこと言われたら、おっさん泣くぞ」
「だって、その年齢の子と恋愛だなんて、ちょっと問題あると思うわ」
「まあ、たしかにな……」
メルルとタザの視線を受けて、土の精は首を傾げた。透き通るような金の髪が揺れて、その仕草でさえも美しい。人外の美貌もあるのだろうが、未熟な少女ならではの危うい美しさがある。
そんな少女と、おっさんを自称するタザとでは、あまり褒められた関係とはいえない。
「なんだ? ああ、お前は女だから、こちらの姿の方がいいか?」
人間ふたりの複雑な思いを込めた視線をどう取ったのか、土の精は目を閉じて深呼吸をした。
すると次の瞬間には先ほどまでの少女は消え、そこには素晴らしく美麗な金の髪の青年が立っていた。おそらく、メルルと同年代くらいの青年だ。
「え、」
突然のことに声を上げたメルルに、青年は艶やかに微笑んだ。先ほどまでの無垢さはどこへやら、今度は女性の心を惑わすような妖艶さがあった。
「ほら、こういった姿が好ましいのだろう?」
すいっと手を伸ばしてメルルの顎を捉えた青年が、顔を寄せてくる。
「っ、」
驚きに固まったまま抵抗できずにいたメルルを、隣に立つタザが慌てたように抱き込んで青年から離してくれた。ぎゅむっと白衣の胸に顔を押しつけられて、視界が塞がれる。
「おい、ひとの恋人を誘惑するな! もう花はやらないぞ!」
「それは困るな……」
「だいたい、なんで俺のときはあんな年端もいかない少女だったくせに、メルルには青年なんだ!」
「人間とはそういうものだと聞いた」
再びのふたりのやり取りを聞きながら、違う意味で仲が良さそうだなと、メルルは馬鹿らしくなって安堵の息を吐いた。噂に踊らされかけたが、とりあえずタザのことは諦めなくていいようだ。
そっと息を吸い込めば、白衣に染みついた薬草の香りと、すっかり馴染んだタザの匂いがした。
「あー、話がややこしくなる。お前、とりあえず帰ってくれ。また花が咲いたらやるから」
「仕方がないな。次も忘れるなよ」
ひゅうっと風が吹いて、辺りが静かになる。どうやら土の精は帰ったらしい。
もぞもぞとメルルが動けば、タザは腕を解いてくれた。
「……不思議な存在なのね、土の精って」
「まあ、人間じゃないってのは、あんなものだろう」
土の精の立っていた場所をなんとなく見つめていると、気を引くようにタザが大きめの声を上げた。
「それより、だ。俺はちょっと傷ついたぞ。まさかあんなのと浮気疑惑を持たれるとは。俺のメルルへの愛はそんなに信用ないのか……」
確かに、でたらめな噂を信じてしまったのは悪かったが、だがタザが少女と中庭で親しげにしていたのは本当なのだ。
それを直接見てしまったメルルにも、それなりに言い分はある。
「でも、タザに他に好きなひとがいると聞いた私も、けっこうショックだったわ。実際、さっきも抱きつかれていたわけだし」
「…………まあ、それは悪かった。中庭は誰に見られてもおかしくないんだから、俺の考えが足りなかったな。しかしまさかそんな噂があったとは……。だがメルル、頼むから俺の気持ちを疑うなよ。俺の想いは年季が違うんだ」
「え?」
体を寄せたタザが、するりと腰に腕を回してくる。
少し動けば触れそうな距離に、タザの顔がある。
「俺は研究所にいるころからメルルのことが好きだったぞ。……ずっと前からな」
「なにそれ、聞いてないっ!」
てっきり、タザは医務室に配属された後、メルルが押しに押したので想いを返してくれたのだと思っていた。
タザの言うことが本当なら、ずいぶんと長い間片思いをしていたことになる。メルルと同じように。
「まあ、おっさんは臆病だからな。若いメルルに想いを打ち明けるには相当な勇気が必要なの。そんなときに医務室への配属を打診されたから、いっそ諦めようかと思ったのに、」
「諦めないでよ!」
回された腕を、メルルが抗議を込めてぎゅうっと掴めば、タザが笑った。
「そうだなー。諦めようとしたところで、お前が何度も医務室まで会いに来るのが可愛くてしょうがなくて、まあ無理だったな」
「かわ…………」
でろりと溶けそうなくらい甘い表情で見つめられ、メルルはたまらず顔を伏せてタザの胸に押しつけた。
「分かったか? 俺は、メルルがすごく好きなの」
「………………私も、好き」
顔を隠したままで呟いた言葉は、それでもちゃんとタザへ届いたらしい。回された腕に力がこもった。
しばらく、そのまま無言でお互いのぬくもりを堪能し合う。
「………………悪かった」
「………………うん、私もごめんね」
お互いに謝って、それで仲直りとなるのかと思えば。
タザはまだ言葉を続けた。
「だがさっきも言ったが、おっさんは傷ついた」
打って変わっての不穏な響きにメルルが顔を上げると、にやりと意地悪げな笑みが向けられる。
「メルル、今夜はうちに泊まりだな。仕事が終わったら迎えに行くから、研究所で待ってろ。俺の想いをしっかりと教えてやる。…………逃げるなよ」
「……………………」
その夜のタザは、いつもより更にしつこかった。
もう無理と訴えても、おっさんは耳が遠いから聞こえないなあと嘯いて好き放題された。
それだけ体力があってどこがおっさんなのかと、何度も襲う熱に翻弄されながらメルルは思った。